第2回 遠距離介護の現実 〜東京と長野の間で〜
年間54万円の移動コスト

八重澤 晴信
医療機器製造メーカーで39年の実務経験を持つ危機管理のプロフェッショナル。光学機器の製造から品質管理、開発技術を経て内部統制危機管理まで経営と現場の「翻訳者」として活躍。防災士として国連グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパンDRR分科会幹事も務める。
2025/04/10
忍び寄る親の介護リスク
八重澤 晴信
医療機器製造メーカーで39年の実務経験を持つ危機管理のプロフェッショナル。光学機器の製造から品質管理、開発技術を経て内部統制危機管理まで経営と現場の「翻訳者」として活躍。防災士として国連グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパンDRR分科会幹事も務める。
前回お伝えした母の認知症診断から特養入所に至るまでの道のりは、決して平坦なものではありませんでした。その最大の要因の一つが、私が東京、母が長野という「遠距離介護」の現実です。今回は、東京と長野を行き来しながら直面した様々な課題と、その対応策についてお伝えします。
東京から長野の実家まで、自家用車で約3時間、電車利用で約3時間。距離にして200km以上のこの隔たりは、介護においてどのような影響をもたらすのでしょうか。
物理的距離の課題 | 直面した現実 | 対応策 |
緊急時の駆けつけ | 深夜の徘徊通報に即応できない | セキュリティ会社の緊急対応サービス活用 |
状態変化の把握 | 週1回の電話では変化を見逃す | リモートカメラ・センサー活用、介護専門職からの定期報告 |
医療機関との連携 | 診察に同席できず、医師の説明を直接聞けない | 受診日をあらかじめ確認し計画的な同席、オンライン診療の活用 |
心理的な距離感 | 「何かあったら…」という不安の常態化 | 見守りシステムの活用、地域包括支援センターとの信頼関係構築 |
私の場合、夜間の緊急呼び出しがあると、東京からすぐに駆けつけることはできません。そのジレンマと葛藤は、遠距離介護をしている方にしか分からないかもしれません。現実的には「いま出発しても朝になる」という状況で、その夜はリモートカメラで確認しながら、セキュリティ会社や緊急時対応サービスに頼るしかなかったのです。
特に痛感したのは、コロナ禍以降、母の知人や近隣住民との交流が激減したことです。週に2〜3回訪れていた知人も一切立ち寄らなくなり、いざという時に頼れる人的ネットワークが失われてしまいました。これにより、専門職やセキュリティサービスへの依存度がさらに高まってしまったのです。
遠距離介護において「移動」は大きな負担となります。私の体験から、その実態をお伝えします。
交通手段 | 所要時間 | 概算費用(片道) |
メリット |
デメリット |
電車(特急・在来線) | 約3時間 | 約5,650円 | 時間が読める、仕事ができる | 駅から実家までの足 |
高速バス+在来線 | 約4時間 | 約4,500円 | コスト抑制、終電後も移動可 | 時間が長い、予約必要 |
自家用車 | 約3時間 | 約8,090円(高速道路4,490円+往復燃料3,600円) | 現地での機動力、荷物運搬 | 疲労、悪天候リスク |
私は状況に応じて移動手段を使い分けていました。仕事の都合で夕方に出発する場合は電車、荷物が多い時や現地での移動が必要な場合は自家用車というように、その時々の状況に合わせた選択をしていました。特に母の状態が悪化してからは、介護用品や生活必需品を大量に運ぶ必要があり、車の機動力が不可欠でした。
宿泊については、実家が空き家となっていたため宿泊費はかかりませんでしたが、光熱費などの維持費は継続して支払っていました。「いつでも泊まれる拠点」があることは、遠距離介護の大きな助けとなりました。
年 | 訪問頻度 | 年訪問回数 | 交通費(概算) | 実家維持費 | 合計コスト |
2022年 | 月1-2回 | 18回 | 約180,000円 | 約120,000円 | 約300,000円 |
2023年 | 月2-3回 | 30回 | 約300,000円 | 約120,000円 | 約420,000円 |
2024年 | 月3-4回 | 42回 | 約420,000円 | 約120,000円 | 約540,000円 |
さらに、介護状態が悪化するにつれて訪問頻度は増加し、2024年には月に3-4回のペースで長野に通っていました。これは年間540,000円という、決して無視できない経済的負担となりました。会社の休暇取得や、複数日にわたる不在の調整も必要で、仕事との両立は年々厳しくなっていったのです。
忍び寄る親の介護リスクの他の記事
おすすめ記事
備蓄燃料のシェアリングサービスを本格化
飲料水や食料は備蓄が進み、災害時に比較的早く支援の手が入るようになりました。しかし電気はどうでしょうか。特に中堅・中小企業はコストや場所の制約から、非常用電源・燃料の備蓄が難しい状況にあります。防災・BCPトータル支援のレジリエンスラボは2025年度、非常用発電機の燃料を企業間で補い合う備蓄シェアリングサービスを本格化します。
2025/04/27
自社の危機管理の進捗管理表を公開
食品スーパーの西友では、危機管理の進捗を独自に制作したテンプレートで管理している。人事総務本部 リスク・コンプライアンス部リスクマネジメントダイレクターの村上邦彦氏らが中心となってつくったもので、現状の危機管理上の課題に対して、いつまでに誰が何をするのか、どこまで進んだのかが一目で確認できる。
2025/04/24
常識をくつがえす山火事世界各地で増える森林火災
2025年、日本各地で発生した大規模な山火事は、これまでの常識をくつがえした。山火事に詳しい日本大学の串田圭司教授は「かつてないほどの面積が燃え、被害が拡大した」と語る。なぜ、山火事は広がったのだろうか。
2025/04/23
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/04/22
帰宅困難者へ寄り添い安心を提供する
BCPを「非常時だけの取り組み」ととらえると、対策もコストも必要最小限になりがち。しかし「企業価値向上の取り組み」ととらえると、可能性は大きく広がります。西武鉄道は2025年度、災害直後に帰宅困難者・滞留者に駅のスペースを開放。立ち寄りサービスや一時待機場所を提供する「駅まちレジリエンス」プロジェクトを本格化します。
2025/04/21
大阪・関西万博 多難なスタート会場外のリスクにも注視
4月13日、大阪・関西万博が開幕した。約14万1000人が訪れた初日は、通信障害により入場チケットであるQRコード表示に手間取り、入場のために長蛇の列が続いた。インドなど5カ国のパビリオンは工事の遅れで未完成のまま。雨にも見舞われる、多難なスタートとなった。東京オリンピックに続くこの大規模イベントは、開催期間が半年間にもおよぶ。大阪・関西万博のリスクについて、テロ対策や危機管理が専門の板橋功氏に聞いた。
2025/04/15
BCMSで社会的供給責任を果たせる体制づくり能登半島地震を機に見直し図り新規訓練を導入
日本精工(東京都品川区、市井明俊代表執行役社長・CEO)は、2024年元日に発生した能登半島地震で、直接的な被害を受けたわけではない。しかし、増加した製品ニーズに応え、社会的供給責任を果たした。また、被害がなくとも明らかになった課題を直視し、対策を進めている。
2025/04/15
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方