北京清華大学都市計画設計研究院公共安全研究所所長


神戸大学都市安全研究センター 客員教授
顧 林生氏


“壊滅的な沿岸部に学校が残っていた”

3月11日、中国北京清華大学の顧林生・(こりんせい)教授は、神戸大学都市安全研究センター3の客員教授として神戸に滞在していた。顧教授は1997年に名古屋大学大学院で博士号を取得し、日本の防災事情をよく知る中国人学者として知られる。  

震災当日の夜7時頃、顧教授は「日中の架け橋」というテーマで北京の中国国際放送(CRI:震China Radio International)からインタビューを受け、日本政府の災害緊急救援の対応状況と市民の様子を伝えるとともに、「四川大地震で日本から多大なる支援を受けた中国にとって、いま、日本を支援するときが来た」「日本が必要ならば、中国は緊急援助隊を出すべきだ」、と中国政府に訴えた。震災の翌日12日夕方には、北京市の最大の地方新聞『新京報』の特集記事に協力し、日本政府の迅速な危機対応、災害情報伝達などを高く評価した。  

2008年の四川大地震では、清華大学都市計画設計院の仲間と、中国政府の依頼を受けて被災地に赴き被害調査を実施。その後の仮設住宅のゾーニング、復興計画の作成に協力した。東日本大震災では「日本の対応を自らの目で見て、自らの体で実感したい」と、直後の3月末、4月、5月、6月と南は宮城県亘理町から、北は岩手県宮古市まで、何度も被災地を訪れている。おそらく最も被災地を歩いた外国人学者の一人だ。震災の日本政府、企業の対応をいかに見ているのか、顧教授に話をうかがった。

 

■政府・自治体の対応の早さ
東日本大震災は、死者1万5270名、行方不明者8499名(5月30日時点)という明治以降では、関東大震災に次ぐ極めて深刻な被害をもたらした災害です。防災先進国と言われる日本でこのような状況が発生したことに対して、私は、悲観的・消極的な評価はしてはならいと考えています。日本の防災の歴史を全体的に見て総合的に評価すべきです。まず、東日本大震災への政府や自治体、企業の対応を見ると、評価できる点はいくつもあります。

1つは、政府や自治体の対応が阪神淡路大震災と比べて大幅に改善されたこと。被災直後4分以内で、首相官邸の危機管理センターには官邸対策室が設置されるとともに、関係省庁の緊急参集チームが直ちに集まりました。発災から28分以内(=15時14分)で、管総理大臣は日本の災害史上初となる緊急災害対策本部を立ち上げ、15時37分に第一回緊急災害対策本部会議を開催し、災害応急対策に関する基本方針を出しました。それと同時に、緊急消防援助隊、警察広域緊急援助隊、自衛隊の災害派遣部隊、災害派遣医療チーム(DMAT)が、全国から混乱なしに、続々と派遣されました。阪神淡路大震災で指摘された国の初動の遅れや自治体の支援要請の遅れ、自衛隊出動の遅さも、今回の大震災では見られませんでした。阪神淡路大震災の後、日本の初動体制、危機対応に関する制度改正などにより、実際の行動が改善されたと評価することができます。

被災が深刻だった3県の知事は、すぐ対策本部を立ち上げ、自衛隊の救援を要請しました。これにより、非常に早い段階からの緊急救援活動が開始されたのです。これらは世界の目から見ても高い評価を得られていると思います。

ちょうど全国人民代表会を開催していた中国では、法に沿ってきちんとした手順により対応を進めていた日本政府の初動体制と危機対応を高く評価しました。

■民間技術の高さ
もう1つは、防災や危機管理に関する日本の技術の高さです。緊急地震速報は確率にまだ課題があるにしろ、世界的には画期的な技術で、さらに地震発生後3分足らずで大津波警報が発令され、NHKや民報各局が津波の様子を生中継しました。映像は国内にとどまらず世界各国でも流れました。

おそらく世界でも、これほどの大災害の様子を生中継で見た例はないでしょう。防災の歴史における大革命と言ってもいいくらいです。NHKで放送された緊急地震速報と大津波警報が出た時の映像は、四川大地震3周年国家行事として、5月10日に中国の国家減災委員会が主催した「総合防災減災と持続可能な発展シンポジウム」で流され、中国の防災関係者を感服させました。

新幹線の安全技術も高いです。JR東日本管内では88本の新幹線が走行中だったとのことですが、すべて安全にストップして人身災害はありませんでした。被災直後に現地を視察し、高架線上に止まっていた新幹線を見ましたが、高架線や橋脚が耐震補強されているのが分かりました。

建物全体の耐震レベルの高さも誇るべき技術です。もちろん、今回の地震は、直下型地震とは揺れの種類が異なり阪神淡路大震災などとそのまま比較するわけにはいきません。しかし、あれほどの揺れが数分間も続いたにも関わらず、ほとんど建物が壊れていないし、仙台市など都市部の地下街も無事でした。世界4番目の規模を記録した地震で、これほど被害が少なかったことは高く評価されるはずです。日本建築学会の先生からも、日本の建築技術が今回の大震災で十分検証されたと教えられました。丈夫な建物を造るのは、地震対策で最も重要な基本です。帰国後、北京で東日本大震災について講演をするたび、政府関係者に「強い建物を造らないと、地震対策には限界がある」と強調しています。

今回の震災では、津波避難施設に指定されていた建物でも予想外の高さの津波に飲み込まれてしまったものもありましたが、多くは機能したといえます。日本では当然のことかもしれませんが、手抜き工事などがなく、1つ1つの施設がしっかりと造られていることが安全を支えているのです。特に感動したのは、壊滅的な被害を受けた沿岸部でも小学校や中学校が残っていたこと。

警察庁の発表では、亡くなられた方の65%が60歳以上の高齢者で、20歳未満の子どもが6.5%にとどまりました。犠牲になられた方には本当に気の毒ですが、将来の日本を担う若い命が救えたことは重要なことだと思います。これとは正反対に、四川大地震では子どもの犠牲が20%を超えました。

■東京の対応
首都圏での対応は、次に来るかもしれない大地震の大きな試練になったと見ています。帰宅困難に対しては、ここ約10年間にわたり準備を進めてきたことを私は評価していますし、今回の震災では、多少混乱も生じたようですが、それでも事前訓練や準備の成果は出たと思います。特に民間企業の対応では、自らが帰宅困難者支援のパンフレットを配ったり、備蓄食品を配布するなどすばらしい対応をしたことは、都市部としての震災対応の自信になったのではないでしょうか。そして、政府や東京都は、駅周辺の公共施設を最大限活用し、首都圏に所在する公共の施設を一時、滞在施設として開放するような帰宅困難者対策を講じました。このような官民協力、帰宅困難者の冷静な行動などにより、11日の帰宅困難者の問題はうまく解決されたと評価できます。もし北京で地震が発生したら、帰宅困難者対策が大きな問題になることは間違いありません。従って、今回の東京首都圏の帰宅困難者対策は、北京の地震対策および地震防災条例の改正に参考になると思います。

成熟社会としての防災のあり方
■安全が当たり前に

一方、今回の大震災では、成熟社会の防災に限界が見られたことも否めません。本来、日本は、高い堤防、迅速な警報、過去の津波の教訓、避難訓練などを組み合わせ、十分な災害対応力を持っていると思われます。しかし、予想以上の高い津波が来たという直接の原因の他に、成熟社会としての人々の考え方に問題があったように思うのです。「堤防があるから津波は来ない」というような気持ちがどこかにあったのではないでしょうか。 

地域的にも、過去の津波の教訓を生かせた地域と、生かせなかった地域の差が出たように思います。大船渡市や宮古市の、「ここより下に家を建てるな」という明治三陸津波の教訓を刻んだ石碑がある場所を訪れましたが、日本には、他にもさまざまな教訓が伝えられていたことを知りました。成熟社会の中で、こうした教訓がどこか軽視されてしまっていた感じがします。今後、新たな教訓をどのように生かしていくのか、後世に伝えていくのかを改めて考えなくてはいけません。

■原発対応
原発問題では、海外の視点から見ると、情報統制のあり方に問題があったように思います。日本のマスコミ、政府、東電からの情報は、統一されていないというのは問題です。原発の問題とその危険性に関する情報は、科学的、厳粛的なもので、一般自然災害や事故としての取り扱いとは違っています。危機管理においては、情報の早さだけが求められるわけではありません。特に外国への情報発信は国全体の信頼に関わることなので慎重さが求められます。そして、日本政府の公式情報より、ネットから非公式の情報や、米国などの外国情報を信じたという事態が起きたのは、おそらく、日本では初めてのことでしょう。

本来は、日本の原発に対する対外的な情報窓口を一本化し、マスコミと外務省が合同チームを作るなどの対応が必要だったのではないでしょうか。米国の2001年の同時多発テロでも、政府主動で情報統制はされています。 

個人的な意見ではありますが、日本は国内だけで問題を解決しようとしすぎているように思えてなりません。国際原子力機関(IAEA)ともっと連携して情報統制したり、あるいは福島第一原発の開発元のGEにも解説を求めることをするべきです。もし、GEに問題があったとなればアメリカ、ヨーロッパ、そして世界中の原子力発電が大問題になります。ですから米国としてはGEを出したくない思惑はあるのでしょう。逆に、日本としては根本原因の究明に向け、GEも含めた議論をすべきです。多くの機関と連携を強めた方がリスクは分散されます。戦略的なクライシスコミュニケーションのあり方を、もっと考えていくべきではないでしょうか。

■日本の今後の防災と減災への期待
日本は、阪神大震災で近代都市の震災問題、中越地震では中山間地域の問題にそれぞれ直面しました。今回の東日本大震災では、大地震、大津波、原発など被害を受けて大変な経験をしました。しかし、全体的に災害史から見れば、日本は、多難を1つ1つ乗り越えていて、世界の中で、依然として災害に強い国であります。今回の大震災で亡くなられた方にご冥福をお祈りし、震災における日本の教訓と経験がさらに人類の防災・減災能力を向上させるよう願います。日本には、引き続き世界の防災・減災の先頭を走っていただきたい。

 (6月2日、都内ホテルにて)