中国の危機管理市場が急拡大している。経済成長に伴い、危機管理に対する政府、企業、市民の意識が高まったことに加え、四川大地震、青海省地震など相次ぐ巨大災害に、国を挙げて防災力を高める動きが市場を牽引(けんいん)する。重慶市では国家レベルのプロジェクトとして、先進的な防災・危機管理製品を生産する工場団地が誕生した。

危機管理産業の育成に巨大工業団地

中国の内陸部で急成長を続ける重慶市で、危機管理に関する最先端の製品、人材を生み出す国家レベルの工業団地「中国西部安全(応急)産業基地」を建設するプロジェクトが始まっている。国内外の企業や専門家などから高い知識や技術を集結し、それをもとにさまざまな製品を開発。同時にその製品が国内全域に普及するよう市や国が支援する。製品開発のための費用は必要に応じて投資グループが出資する。

長江上流の四川盆地の東に位置する重慶市は、1997年に北京、上海、天津に次ぐ直轄地に昇格した。人口は3200万人で、北京、上海、天津、広州と並ぶ中国5大中心都市の1つで、重工業が盛んな地域として知られる。 

市の総面積は8.24万平方キロメートルで北海道を一回り上回るほどの広さ。土地の70%は山、20%が河川や湖、残り10%が平らな土地であることから、中国では「山城」(山の都市)とも呼ばれている。市の中心部では、嘉陵江と長江が合流し、古くから水運が発達し、現在は、高速道路網や鉄道、空港も整備され、陸上、水上、航空それぞれの物流が市の産業を支える。 

2010年6月には、中国内陸部で唯一の国家級の開発新区となる「両江開発新区」(54ページ図表参照)が、上海の浦東新区、天津の浜海新区に次いで国務院から認可を受けた。両江新区内には日本企業向けの「日本産業団地」の設置も予定されている。 

中国西部安全(応急)産業基地は、この両江開発新区と隣接する形で建設される。2008年に重慶市が、国務院から「国家安全緊急対応産業」のモデル地域として指定されたことを受け開発が始まった。同モデルは、国家として安全(危機管理)産業を育成することで、事故や自然災害による被害を軽減し危機に強い国を目指すというもの。国内では初の試みとなる。 

実際、重慶市では、安全産業の育成によりここ10年ほどで大規模な事故などを激減させることに成功した。モデルの発案者で、プロジェクトの統括責任者である重慶市安全生産監督管理局の肖健康局長は「重慶は私が安全局長に就任した2003年当時は、中国で最も安全性が低い都市と言われていたが、昨年は中国で最も安全で安定した地域として評価された」と話す。過去の重大事故を振り返れば、2003年には油田から天然ガスが吹き出し約240人が命を落とす事故が発生。その他、山間部の道から崖下へ車やバスが転落したり、重化学工場での火災や爆発事故なども多かったという。 

図1は、重慶市における10人以上が命を落とした重大事故の推移を表したものだ。1998年に19件とピークだったものが、2010年にはゼロになっている。 肖局長によれば、安全性が飛躍的に高まった理由は、安全産業都市を目指すという政策理念が市民に広がった成果だとする。 

市では、基地の開発に先駆け、2007年に安全産業の育成モデルとして、20億元(約240億円)を投じてガードレールを市内の主要道路すべて、総延長にして1万キロメートルに設置した。四川省全体では10年をかけて総延長5万キロメートルにガードレールを設置する計画を進めていたが、重慶市では1年ですべて取り付けたことになる。その結果、2007年からの4年間は、道路からの車の転落事故はゼロ件になったとする。このように市の施策が目に見える形で効果を上げたことから、市民の安全に対する意識が高まったと肖局長は説明する。

■安全産業基地の全貌
中国西部安全(応急)産業基地は、1万畝(※中国の面積)、約6.67平方キロメートルと広大な土地から成り、最終的に4つの機能をもたせる計画だ。 

1つは、研究開発センターとしての機能。安全性の確保や、緊急時に役立つ様々な製品を開発するための孵化的な施設を建設する。センターは中央政府から4億元(48億円)の資金援助を受けて既に着工されており年内にも完成する。今後は、安全技術や危機管理技術の専門家、エンジニアなどを集め、ここで製品の研究開発を行う。 

2つ目は、研究した成果を、製品化するための機能。基地全体の広大な土地の大半が製品製造のための工業団地となる。 

3つ目は、人材の育成。具体的には安全産業に関わる人材を育成するための大学や、特殊技術を持つエンジニアを育成する専門学校、また中学校を卒業して入れる工業高校なども設立することを計画している。中央政府では、今後、各企業や地方政府が、安全知識を身に付けた人材を採用することを推進していく方針で、安全産業基地は、北京清華大学や南京理工大学とも提携した人材育成プログラムを構築していくことを考えている。

4つ目は、緊急対応拠点としての機能。危機発生時に必要な資機材をここから中国全土に送り出す。例えば、化学工場の事故などが起きた場合、特殊防護装置が備わった機材を被災地に送り込むなどのイメージだ。 

このほか、展示会の機能なども持たせ、毎年、安全・危機管理に関する最先端技術を国内外に情報発信していくという。

■投資グループが支援
これらの機能を維持していくため、中国西部安全(応急)産業基地が投的な資グループをつくり、資金支援をする。例えば、研究開発費や、生産施設の整備費用については、低金利での融資を行う。投資の原資は、中国国内および海外の資金から成る。海外から調達した資金を、金融機関より高い金利で安定運用することで、投資者にも十分なメリットが出るのだという。 

投資グループは、開発した製品を購入する地方政府や企業に対しても融資を行い、購入しやすい環境を整える。1基あたり数千万円するような高額な製品なら、超低金利で10年間に分けて支払うことができるとする。

先進技術の普及を支援

■1 万 8000 品目を開発
中国西部安全(応急)産業基地は、重慶市の北西 部と南東部の2カ所に分けて建設をする計画で、す でに北西部の 5000 畝(3.35 平方キロメートル)に ついては着工されている。  

研究開発する製品は、危険性を測定する製品や関 知する製品、避難に関する製品、そのほか安全装置 や防護具など。緊急対応に役立つ製品を 49 カテゴ リー、安全性の向上に役立つ製品を 58 カテゴリー に分類し、計1万 8000 項目について最先端技術の 製品を開発していきたいとしている。すでに実用化 されている製品でも、世界トップレベルの機能を有 するものについては開発メーカーを誘致し、その製 品の国内普及を支援していくとしている。

■製品開発までの流れ
製品開発までの具体的な流れは以下の通り。  

まず、基地に入ることを希望する企業は、開発を 予定する技術・製品について、審査を受ける。審査 担当者は政府機関によって認められた専門家で、技 術の先端性と市場の需要などを評価する。技術的な 基準は、 国内の既存規格を上回ることが条件となる。  この審査によって開発が認められ た 企 業 は、 基 地 の「孵化器」とも 呼べる研究開発セ ンターでテスト生 産を行う。テスト 生産がクリアでき ない場合は、基地 での生産は許可さ れず、逆にテスト 生産のプロセスま でを無事に終えれ ば、その製品に関 する企業の技術基準が重慶市政府によって、市の新たな技術基準とし て採用されるという。  

テスト生産を終えた企業は、基地内の工業生産エ リアに移り、工場を構えて量産体制に入る。基地で 生産した製品は、まず重慶市内で販売され、さらに 製品に関する安全基準、市場の反応、社会的貢献度 が認められた場合は、その製品技術が、今度は基地 や重慶市政府の推薦によって国家基準となるように 申請される。最終的に国家基準になった製品は、全 国の地方政府や企業への普及がより一層しやすくな るという仕組みだ。  

開発企業にとっての魅力は、基地や市、投資グル ープから政策や資金面による支援が受けられること だ。また、人件費、物流、土地代、電気・水道など に関するコストが安いことも好材料になる。肖局長 によれば、 「安全産業基地は、国内で最も安いコス トを約束する」としている。逆に、問題点として は、基地との技術共有や資金融資の際の技術資料の 公開、経営収益の配分などの面で、制限を受けるこ となどが考えられる。

安全スクールバスや 移動コンテナ式焼却炉


■すでに始まったモデルプロジェクト

安全産業基地では、すでに3つのモデルプロジェ クトが動き出している。1つは、ガードレールの製 造だ。2007 年に市内道路へ優先的に設置したこと を受け、ガードレールの製造会社を誘致。近く生産 工場を建設し、国内全体への販売を見込む。  2つ目が、安全性に優れたスクールバスの製造。 安全性の高いスクールバスを開発し、全国内の学校 へ導入させる計画を進めている。  バスには、GPS 機能がついていて常に走行位置 が把握でき、走行記録はデータで管理される。タイ ヤはパンクしにくいものを採用し ABS 機能を備え ている。  

これまでも中国国内にはスクールバスの安全基準はあったが、このバスの開発により、来年にも、 GPS 機能やタイヤの ABS 機能などが新たに中国の スクールバスの安全基準に加えられることになると いう。仮に、私立、国立、公立すべての学校がこの バスを購入したとすると、中国全土では 4000 億元 (4兆 8000 億円)の市場が見込めることになる。  

3つ目は、移動可能な多機能コンテナ式の焼却炉 の製造。トラックやヘリコプターで被災地まで運ぶ ことができ、その場で瓦礫やごみ、動物の死体など を高温焼却できるという。ダイオキシンなど有害物 質が外に出ないよう、煙突部には高性能のフィルタ ーが設置されており、性能と値段のバランスにも優 れているとする。開発した北京奥朗徳応急環保装備 科技有限公司の曹国強理事長は、 「東日本大震災の 瓦礫処理などにも有効になることを確信している。 この技術を世界に広めていきたい」と話す。  安全応急産業基地には、ほかにもイギリス、ロシ ア、カナダの企業らの誘致が内定しており、日本企 業に対する期待も大きい。  

重慶市安全生産監督管理局の肖健康局長は「重慶 市が中国で一番安全な地域として発展し、安全や緊 急対応の最も重要な産業基地になるというのは国家 の命令であり、重慶の責任である。日本は防災の先 進国として知られる。高い技術の製品を、ここ(重 慶)から世界に発信してほしい」と話す。

世界一の安全性を目指して年間1万台を生産・出荷


安全産業基地で、すでに量産体制に入っているのが商用車製造大手の深セン五洲龍汽車有限公司が100%出資する「重慶五洲龍新能源汽車有限公司」。世界で最も安全性の高いハイテク・スクールバスを量産し、全国の学校へ導入させる計画を進めている。 

同社が開発したスクールバスは、30人乗り、50人乗り、70人乗りの3タイプがあり、30人乗りは30万元(360万円)、50人乗りが50万元(600万円)、70人乗りは70万元(840万円)で販売していく。 

バスは、衝突防止センサーがついていて、人や他の車とぶつからない技術が取り入れられているという。また、GPS機能により、常に走行位置が把握でき、走行記録はデータで管理される。タイヤはパンクしにくいものを採用しABS機能を備える。さらに、座席などに使われている素材は難燃性で燃焼しにくく、ガソリンタンクは衝突などの衝撃を受けても爆発しないよう設計されているという。バスが転倒して炎上したり、衝突事故で爆発して多くの子供が犠牲になる事故が起きていることから、こうした安全対策が盛り込まれた。 

一方、仮に事故にあった際など緊急時用の装備として、窓ガラスから脱出できるように、ボタンを押すとガラスが粉砕される仕組みになっているほか、バスの後部や、天井に安全ドアが取り付けられ、内部、外部からそれぞれ開けることができる。 

このほか、バスに載っている児童の数は、センサーで自動管理され、室内の温度も一定の温度を上回ると警報がなる仕組みになっている。「子供を乗せたままバス運転手が気付かずに車を放置し、熱中症で死んでしまった事故があったことから採用した技術」(重慶五洲龍新能源汽車有限公司総経理の解国林氏)。停車時には、バスの左側面に折りたたむ形で収納されているストップ標識が、道路側(右側通行のため左側)に伸び、追い越しをさせないよう設計されている。これも、バス停車時にバスから降りた子供が追い越し車両にひかれる事故が後を断たないため、取り入れられた工夫だ。同時に重慶の道路規則も改訂し、バスの追い越しを禁止することにしているという。「多くの安全技術は、過去の事故を教訓にして開発したもの」(同)。研究には約5カ月の月日をかけた。 

産業基地内に建設されている工場は、1年前から工事が始まり、年内に完成する。生産能力は1日8時間で、年間1万台を見込む。中西部では最も大きなバスの生産工場になる。解国林総経理によると、総工費は8億元(96億円)で50万平方メートルの用地の上に建設される。