2017/03/10
誌面情報 vol27

阪神淡路大震災と比べ大幅に向上した災害対応の1つに消防機関の活動が挙げられる。平成7年度に創設された緊急消防援助隊には平成22年4月時点で全国4264隊が登録されており、東日本大震災では、発災直後から全国の緊急消防援助隊が迅速に被災地に入り、人命救助活動などに当たった。東京消防庁では、都内の災害対応や、千葉・静岡などへの応援部隊の派遣に追われる中、緊急消防援助隊を東北方面に出動させ、さらに福島第一原発の冷却作業にもあたるなど大きな任務を果たした。緊急消防援助隊の東京都隊総隊長を務め、3月31日に東京消防庁を退職した佐藤康雄前警防部長に東日本大震災発生後の東京消防庁の対応と、総隊長としての任務について振り返っていただいた。
編集部注:「リスク対策.com」本誌2011年9月25日号(Vol.27)掲載の記事を、Web記事として再掲したものです(2017年3月10日)。役職などは当時のままです。
東京消防庁の震災対応は2月22日のニュージーランドで発生したクライストチャーチ地震の時から始まっていた。東京消防庁では、国際緊急援助隊を第3次隊まで派遣し、3月12日にはその最後の部隊が日本へ帰ってくることになっていた。
3月11日、佐藤氏は、庁舎の自室で、クライストチャーチ地震以降、慌ただしく仕事に追われた2週間を振り返りながら、派遣隊の帰国を迎える準備をしていた。その矢先、東日本大震災が発生した。
庁舎の3階にある佐藤氏のいた警防部長室も大きく揺れた。初期の情報では、マグニチュードが7.9ということだったが、それが時間を追うごとに引き上げられ、正確な情報がつかみ難い状況が続いた。確実に分かっていたことは宮城県で震度7の被害があったということ。佐藤氏は「東北がかなりやられたという認識だけは発災直後から持っていた」と振り返る。
発災から50分後、総務省消防庁長官から東京消防庁に対し、緊急消防援助隊を東北に派遣するよう要請があった。 しかし、東京もかなりの被害を受けていて、すぐに応援を派遣できるような状況ではなかった。
都内では地震による火災が34件発生。119番通報も急激に増えた。平日なら1日で2800件程度の119番通報があるのが、この日は1日に1万件を超えた。都内では千代田区の九段会館で天井が落下し、町田市小山ヶ丘では大型駐車場のスロープが崩壊し老夫婦の車が挟まれるなど、5件の救助出動があった。このほか、緊急確認が必要なものが42件あり、最終的に7人が命を落とした。
これほどの被害の中で、応援部隊を派遣してしまっていいのか、佐藤氏は、「判断は難しかった」と打ち明ける。 それでも、発災から2時間弱の午後4時30分の時点で、宮城県の陸前高田市や気仙沼市に向け、一次派遣隊14隊63名を送り出した。その後、同日夜8時には25隊104名、翌朝3時には60隊280名を送り、発災から半日以内で合計101隊、459名を派遣した。
■訓練の成果
迅速に緊急消防援助隊を派遣できた理由は、訓練の積み重ねにより早期に被害状況を把握できる体制ができていたことが大きいと佐藤氏は強調する。
前年の11月20、21日の2日間、東京都および関東9県では、緊急消防援助隊関東ブロックの合同訓練を実施した。全国の各ブロックが毎年1回行っているもので、昨年は東京が幹事だった。東京消防庁の職員1万8000人と周辺地域から2000人の計2万人が参加した大規模な実動訓練となった。
普通、これほどの規模になると、綿密な打ち合わせのもと、シナリオに基づいて各隊が正しく行動できるかを確認する訓練になるが、この時は、より実践的な内容とするため、シナリオを一切公表せずにブラインド型で行った。また、従来こうした訓練は半日で終えていたが、この時は24時間連続で行うことを試みた。
徹底した訓練を行った理由は、それまでの体制では大規模災害には対応できないという危機感が消防総監はじめ東京消防庁幹部の頭の中にあったからだ。
「私が昨年4月に警防部長になった翌月に訓練を行った時には十全な対応ができませんでした。何がダメかというと、本当に大切な情報が何か、情報のトリアージができてなかったのです」。
東京全域の各部隊から多くの情報が寄せられてくるが、その寄せられてきた情報の中で、今、どこが燃えているのか、どこで救助が必要なのか、どこで部隊が足りているのか、不足しているのかが即座に把握できる状態になっていなかったと佐藤氏は指摘する。
これを改善するため、東京消防庁では、毎週1回、訓練を行い、他の9県にも協力してもらい、各県の指揮隊を含めた小規模な合同訓練も実施した。その結果、11月の大規模訓練では迅速な状況把握ができ、訓練は見事成功した。
「東日本大震災で2時間弱で派遣できたということは、その間に東京消防庁圏内の災害状況と部隊の出動状況がすべで把握できたということ。これは訓練の成果です」(佐藤氏)。
■石油コンビナート火災への対応

緊急消防援助隊の派遣後も東京消防庁の震災対応は厳しい状態が続いた。
夕方には、千葉県でコンビナート火災が発生した。東京消防庁では、毎分2万リットルの放水能力を持つ消防艇「みやこどり」を千葉県へ派遣した。応援要請があったわけではないが、もしこのまま放っておいて原油が海に流れ出てしまうと東京湾一体が火災になるとの判断で、応援協定に基づく派遣の決断をし、その後に緊急消防援助隊に切り替えられたという。
千葉からも大型船が1艇来て、海上保安庁の船と合わせて3艇で延焼防止にあたった。数日後、佐藤氏が千葉市消防本部から聞いた話では、今回はガスタンクの爆発であり、原油タンクの直前で火災は食い止められていたとのこと。判断の速さが奏功した。
誌面情報 vol27の他の記事
- 災害対応のスペシャリストが振り返る 石油コンビナート火災の消火から、福島第一原発冷却までの戦い
- 危機発生時における状況判断
- 東日本大震災での安否確認 NEC
- 災害に負けない条件 防災からレジリエンスへ
- 特別寄稿 東日本大震災における行政の危機対応
おすすめ記事
-
入居ビルの耐震性から考える初動対策退避場所への移動を踏まえたマニュアル作成
押入れ産業は、「大地震時の初動マニュアル」を完成させた。リスクの把握からスタートし、現実的かつ実践的な災害対策を模索。ビルの耐震性を踏まえて2つの避難パターンを盛り込んだ。防災備蓄品を整備し、各種訓練を実施。社内説明会を繰り返し開催し、防災意識の向上に取り組むなど着実な進展をみせている。
2025/06/13
-
「保険」の枠を超え災害対応の高度化をけん引
東京海上グループが掲げる「防災・減災ソリューション」を担う事業会社。災害対応のあらゆるフェーズと原因に一気通貫の付加価値を提供するとし、サプライチェーンリスクの可視化など、すでに複数のサービス提供を開始しています。事業スタートの背景、アプローチの特徴や強み、目指すゴールイメージを聞きました。
2025/06/11
-
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/06/10
-
その瞬間、あなたは動けますか? 全社を挙げた防災プロジェクトが始動
遠州鉄道株式会社総務部防災担当課長の吉澤弘典は、全社的なAI活用の模索が進む中で、社員の防災意識をより実践的かつ自分ごととして考えさせるための手段として訓練用のAIプロンプトを考案した。その効果は如何に!
2025/06/10
-
-
緊迫のカシミール軍事衝突の背景と核リスク
4月22日にインド北部のカシミール地方で起こったテロ事件を受け、インドは5月7日にパキスタン領内にあるテロリストの施設を攻撃したと発表した。パキスタン軍は報復として、インド軍の複数の軍事施設などを攻撃。双方の軍事行動は拡大した。なぜ、インドとパキスタンは軍事衝突を起こしたのか。核兵器を保有する両国の衝突で懸念されたのは核リスクの高まりだ。両国に詳しい防衛省防衛研究所の主任研究官である栗田真広氏に聞いた。
2025/06/09
-
危険国で事業展開を可能にするリスク管理
世界各国で石油、化学、発電などのプラント建設を手がける東洋エンジニアリング(千葉市美浜区、細井栄治取締役社長)。グローバルに事業を展開する同社では、従業員の安全を最優先に考え、厳格な安全管理体制を整えている。2021年、過去に従業員を失った経験から設置した海外安全対策室を発展的に解消し、危機管理室を設立。ハード、ソフト対策の両面から従業員を守るため、日夜、注力している。
2025/06/06
-
福祉施設の使命を果たすためのBCPを地域ぐるみで展開災害に強い人づくりが社会を変える
栃木県の社会福祉法人パステルは、利用者約430人の安全確保と福祉避難所としての使命、そして災害後も途切れない雇用責任を果たすため、現在BCP改革を本格的に推進している。グループホームや障害者支援施設、障害児通所支援事業所、さらには桑畑・レストラン・工房・農園などといった多機能型事業所を抱え、地域ぐるみで「働く・暮らす・つながる」を支えてきた同法人にとって、BCPは“災害に強い人づくり”を軸にした次の挑戦となっている。
2025/06/06
-
リスク対策.PROライト会員用ダウンロードページ
リスク対策.PROライト会員はこちらのページから最新号をダウンロードできます。
2025/06/05
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方