2011/09/25
誌面情報 vol27
隠れた情報を見抜く力
危機発生時における状況判断
対談
前東京消防庁警防部長 佐藤康雄氏 × 前東京都総務局総合防災部情報統括課長 齋藤實氏
危機発生時においては、指揮者の迅速で的確な状況判断が求められる。特に消防などの第一線では、その判断1つで地域全体の明暗を分けることもある。
東日本大震災で緊急消防援助隊東京都隊の指揮にあたった前東京消防庁警防部長の佐藤康雄氏と、前東京都総務局総合防災部情報統括課長の齋藤實氏に話をうかがった。
司会:東日本大震災の対応においては、様々な場面で難しい判断をされてきたと思いますが、今、振り返ってみて特に印象に残っているのはどのような時ですか。
佐藤氏:東京都内の被災状況の全体像がつかめない中、地震発災から50分後に総務省消防庁長官から東北への緊急消防援助隊の派遣要請が入り、その派遣体制をどう整えるかが、発災直後の喫緊、かつ、重要な判断の1つでした。 一番心配したのは、東京も震度5強の被災地であるということです。発災直後に入ってきた災害情報への対応は勿論大切ですが、あまりに被害がひどいがために、その災害情報を伝えられない地域があるのではないかということを常に念頭においていました。阪神淡路大震災でも、被害が大きなところほど情報が伝わりにくい状況がありました。そうした隠れた情報を見逃さないようにしないと判断を誤ると考えていました。
齋藤氏:注意しなければならないのは、最初に来る情報は、連絡手段が確保されている被害が少ない地域の情報で、最も被害が大きいところの情報は遅れてくることです。最初の情報は氷山の一角といってよく、そこにこだわりすぎてはいけない。大規模災害のときには、情報を受ける側が、多数の情報が次々に入ってくることを考慮しておかなければなりません。
司会:災害発生後、次々と入ってくる情報に判断が鈍ることはないのですか。
佐藤氏:1つとして同じ災害はありません。その場の状況をよく見定めて判断することが肝要です。震災のような広域災害では、はじめの情報で即応しないと危ないこともありますが、手持ちの限られた戦力をいかに有効に使うかが最重要課題となります。そのためにも多くの情報をキャッチすることが必要で、東京消防庁ではヘリを飛ばすなど被害の全体像をつかむことに努め、そのうえで1時間半後に東北への援助隊派遣につなげることができました。かなり早い対応ができたと思います。
これには、昨年11月に実施した関東ブロック緊急消防援助隊訓練の際に、全署員の情報に対する感度を徹底的に高めていたことが大きく寄与しました。どの情報を取り上げて流すべきか、といった重要情報のトリアージを全職員の共通認識にまで高める訓練ができていたのです。
齋藤氏:情報の「トリアージ」が何より重要です。情報を収集するだけならば早さだけが問われますが、その中には緊急性の要するものや再確認しなければならないものなど、様々な情報が含まれています。どの情報を取り上げるかということを、各機関の担当者が理解していないと難しいのです。
また、それらを踏まえて訓練をしておく必要があります。東京都の総合防災部は、都全体として被害状況をまとめることが最重要ですから、そうした情報の判別態勢を整えています。
司会:災害対策にはさまざまな組織が関わります。そのため情報はバラバラな状態で上がってくると思うのですが、どのように判断されるのですか。
佐藤氏:集まってくる情報は千差万別ですから、どういう情報が大事かということは、トップとトップをサポートする担当者の共通認識でなければなりません。
東京消防庁では指揮官と指揮官をサポートする指揮隊を組織しています。私は指揮官として、それぞれの指揮隊の練度をすぐに見抜けます。 指揮隊の練度は3段階で評価しています。まず初期の段階は「マニュアルを見ないと自分のやることがわからない」、それが中期の段階になると「自分のやることがわかる」。最終の段階は「自分のやることは当然わかっていて、周りの人のやることもわかる」。つまり、指揮隊の中で不足している部分があれば、共通認識により、そこを相互にサポートできるようになるということです。
齋藤氏:情報は現場から上がってきます。上がってきた情報のうち必要なものを、トップである指令官にあげ、指令官から対応の指示が出されることになる。その連携が上手くいかなければなりません。
一番大切なことは、いろいろな情報が入ってきても、まだ他にも何かあるのではないかという、ある程度ゆとりのある判断ですが、一方で情報をどれだけ早く集められるかということも大事です。そのためにはトリアージをしっかり行い、それを共通認識にしていくことです。その根本を支えるのは訓練です。
司会:最後に状況判断をするにあたり、最も大切にされているポイントはどのようなことでしょうか。
齋藤氏:私が大切にしているのは「平常心」です。災害時に情報がどんどん集まってくると、時に、情報に流されたり、惑わされてしまうことがあります。ですから、情報を受けている自分と、それを一歩下がって客観的に見ている自分をイメージして平常心を保ちます。
その平常心を支えるのは、心と身体の健康です。今回の震災で私は、地震発生当日から数日、24時間体制に近い勤務になっていましたが、その間、常時緊張状態でいたわけではありません。かなりの疲労状態にはありましたが、安定した心の状態で判断し、指示を出すようにしました。
佐藤氏:私は「変化」という言葉がキーワードだと思います。指揮官という立場は、変化に対する感覚が敏感でなければいけません。練度の低い指揮官は、情報を取りまとめるのに精一杯で現場を見ていないことがある。火災対応を例にとりますと、2、3人を救助した後、爆発が起きたり、あるいは他の場所で火災が出たりしたときに、変化した現場の状況を把握していなければ、適切な判断や指示を与えられません。現場の変化に鈍感で、自分の頭の中だけの思い込みにとらわれてしまう指揮官では任務の完遂はおぼつきません。自分の部隊の隊員がどこで動いていて、どれほどの危険にさらされているかをしっかりと把握しておかなければなりません。変化に対するアンテナを常に張っておく。そうしなければ災害対応も部下の安全確保も図ることはできないと考えます。
誌面情報 vol27の他の記事
おすすめ記事
-
-
入居ビルの耐震性から考える初動対策退避場所への移動を踏まえたマニュアル作成
押入れ産業は、「大地震時の初動マニュアル」を完成させた。リスクの把握からスタートし、現実的かつ実践的な災害対策を模索。ビルの耐震性を踏まえて2つの避難パターンを盛り込んだ。防災備蓄品を整備し、各種訓練を実施。社内説明会を繰り返し開催し、防災意識の向上に取り組むなど着実な進展をみせている。
2025/06/13
-
「保険」の枠を超え災害対応の高度化をけん引
東京海上グループが掲げる「防災・減災ソリューション」を担う事業会社。災害対応のあらゆるフェーズと原因に一気通貫の付加価値を提供するとし、サプライチェーンリスクの可視化など、すでに複数のサービス提供を開始しています。事業スタートの背景、アプローチの特徴や強み、目指すゴールイメージを聞きました。
2025/06/11
-
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/06/10
-
その瞬間、あなたは動けますか? 全社を挙げた防災プロジェクトが始動
遠州鉄道株式会社総務部防災担当課長の吉澤弘典は、全社的なAI活用の模索が進む中で、社員の防災意識をより実践的かつ自分ごととして考えさせるための手段として訓練用のAIプロンプトを考案した。その効果は如何に!
2025/06/10
-
-
緊迫のカシミール軍事衝突の背景と核リスク
4月22日にインド北部のカシミール地方で起こったテロ事件を受け、インドは5月7日にパキスタン領内にあるテロリストの施設を攻撃したと発表した。パキスタン軍は報復として、インド軍の複数の軍事施設などを攻撃。双方の軍事行動は拡大した。なぜ、インドとパキスタンは軍事衝突を起こしたのか。核兵器を保有する両国の衝突で懸念されたのは核リスクの高まりだ。両国に詳しい防衛省防衛研究所の主任研究官である栗田真広氏に聞いた。
2025/06/09
-
危険国で事業展開を可能にするリスク管理
世界各国で石油、化学、発電などのプラント建設を手がける東洋エンジニアリング(千葉市美浜区、細井栄治取締役社長)。グローバルに事業を展開する同社では、従業員の安全を最優先に考え、厳格な安全管理体制を整えている。2021年、過去に従業員を失った経験から設置した海外安全対策室を発展的に解消し、危機管理室を設立。ハード、ソフト対策の両面から従業員を守るため、日夜、注力している。
2025/06/06
-
福祉施設の使命を果たすためのBCPを地域ぐるみで展開災害に強い人づくりが社会を変える
栃木県の社会福祉法人パステルは、利用者約430人の安全確保と福祉避難所としての使命、そして災害後も途切れない雇用責任を果たすため、現在BCP改革を本格的に推進している。グループホームや障害者支援施設、障害児通所支援事業所、さらには桑畑・レストラン・工房・農園などといった多機能型事業所を抱え、地域ぐるみで「働く・暮らす・つながる」を支えてきた同法人にとって、BCPは“災害に強い人づくり”を軸にした次の挑戦となっている。
2025/06/06
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方