震災を経験して見えたBCP実効性のポイント

Interview  日本銀行盛岡事務所長 大山陽久氏

被災時における金融機関の役割は大きい。日本銀行では、被災地の現金需要に応えるため、被災翌日から金融機関への現金供給にあたるとともに、各支店や事務所で、水に浸かったり、火災で損傷した紙幣の交換作業にあった。盛岡事務所の大山陽久所長は、「実際に被災後の対応にあたる中で、事業継続計画(BCP)のポイントが何点か見えてきた」とする。

実際に大災害を経験してみて、BCPの実効性を確保する上で重要だと思った点がいくつかあります。 

まず、基本的なことですが、事前に用意しておかなくては、どうにもならないものがあるということ。当事務所で言えば電気と電話、つまり非常用発電機と災害時優先電話の2つは欠かせません。電気がなければテレビなどからの情報は得られないし、PCでの作業や、夜間の業務にも支障をきたします。電話は、本店や支店と連絡を取る上で必須です。幸い、金融機関は古くから発電機や災害時優先電話を整備しているので、この2つが使えたことは助かりました。

次に感じたのがスピードです。BCPができていても、事態は刻々と変わっていくため、一人で情報を集めて判断していくとなるとスピードについていけません。初動にしても次の段階にしても、組織内のすべての部署が、同時並行的に動き出していかないと間に合わないのです。

その訓練が日頃からできているかということが問われたと思います。 

訓練と同じぐらい役に立ったのが、「ロジ表」を使った工程管理です。これは、総裁や大臣クラスが重要な会議に出席するような場合に作成するものですが、縦軸に時間を書き、横軸に部門と名前などを書き、誰がどのタイミングで何をするかをあらかじめ整理しておく手法です。例えば、ハイヤー会社と誰がどのように連絡をして、総裁が到着したら誰がドアを開け、会場についたら誰が迎えにあたるのかなど、一連の流れを落ちのないようにまとめておくのです。さらに、もし途中で渋滞が起きたらとか、車が万が一故障したらというような障害も想定し、代替策などを考えていきます。こうした作業を繰り返し行うことで、全体の動きが常に頭の中で描けるようになります。 

私どもの場合で言うと、東京の本店が災害で大変になっているということには少し驚きましたが、地震発生直後から、本店や支店はどのような対応をしているはずだという予測ができたので、落ち着いて対応にあたれました。

3番目としては、BCPにおいて制約される可能性があるものをあらかじめ整理できていたかということです。災害時優先電話がいい例ですが、回線の数は限られているのに、被災時には本店や支店、その他、さまざまな機関から電話回線をつないだままにしてほしいとの要望がありました。しかし、2回線あるうちの1回線は、外部から電話を受けたり、こちらから発信するためにも、あけておく必要があるので、つなぎっぱなしにできる回線は1本に制約されます。このことをBCPの中でしっかり決めていたことで、盛岡事務所では、混乱を起こさずに対応することができました。 

自家発電装置にしても今後は長期間の停電が起きた場合への対応をよりシビアに考えておく必要があります。金融機関はたいてい3日、72時間分の重油を備蓄しています。今回は30時間とか40時間の停電で済みましたが、仮に長期化して重油が足りなくなったとしたら、おそらく、石油卸業界と優先供給契約をあらかじめ締結していたとしても、実際には病院などへの供給が優先されるため、調達は困難になると考えておくべきでしょう。 

こうした制約は、自分の組織だけで考えていては見落としかねません。そこで、ストリートワイド訓練と呼ばれる他業界も含めた訓練が今後ますます必要になってくると思うのです。あの訓練の目的は、被災時に金融機関と深い関係にある他の業種がどう動くか情報を得ることにあります。まず、他の業種はどのような仕組みになっていて、どう対応をするのかを理解し、その上で、本当に対応ができるかどうかを見極め、できそうもない状況なら、別の方法を考える必要があります。

■先読みした対応が可能に

東日本大震災では、BCP策定の経験により、常に先読みした対応ができたと思います。 盛岡事務所は、県内全域における通貨の円滑な供給・流通を支えてい

くことを最大のミッションとして、県内に現金供給をすることが業務の要となっておりますが、東日本大震災では津波によって多くの現金が流出してしまったので、早期に現金を用意する必要がありました。 

そこで、3月12日の土曜日から特別に金庫を開け、県内の金融機関に現金を取りにきてもらい、遅くても日曜日の夕方までには沿岸の支店などに現金を運んでほしいという要請をしました。もし、月曜日まで待っていたら、被災者の多くが動きはじめて道路が渋滞する中、かなり時間を要したでしょうし、現金輸送車を大渋滞の道を走らせることで治安上の問題も出てきたでしょう。ガソリンも入手できたか分かりません。幸い、土曜日の朝の時点では、まだガソリンスタンドも開いているところがあり、配送に必要な燃料は確保できました。先手を打てたか、大渋滞が起きてしまってから対応するのかでは、雲泥の差があります。逆に、事が起きてしまったら、じたばたしてみても仕方ないので、準備した範囲で持ちこたえるしかありません。 

盛岡事務所では、3日分の飲食料を備蓄していますが、被災の翌朝は、買い出しに並ぶ人の列を見て、正直、私自信も少し買い出しに行きたいという欲にかられました。しかし、よく考えてみれば、こうした被災時に金融をスムーズに動かすことに専念できるように飲食料を備蓄していたわけなので、用意した中で対応をすることに決めました。

■業界を超えた連携 
岩手県の沿岸部を車でまわれば、本当に津波対策などに力を入れていたことが分かります。道路沿いのいたる場所に表示されている「津波浸水想定地域」という看板や、海岸に建設された巨大な防波堤…、それにもかかわらず、これだけの被害が出てしまった事実を振り返れば、まだまだ想像できないことがたくさんあったということを謙虚に受け止めざるをえません。 

今後、こうした大災害に対して、どこまで各組織がBCPの実効性を高めていけるのか。私は、ストリートワイド訓練のような業界を超えた取り組みを積み重ねていくことが重要だと考えています(談)。