2012/03/25
誌面情報 vol30
田邊・市野澤・北村法律事務所
元内閣府行政刷新会議事務局上席政策調査員
被災地域におけるリーガルニーズ変遷の真相を読み解く
3万件超の東日本大震災無料法律相談から見えた課題(中)
東日本大震災における弁護士による膨大な件数の無料法律相談を解析した結果、被災者のニーズは、地域ごとに異なるというだけなく、災害後の時間経過によっても大きく変化していくことが明らかになった。前回の続編として、行政、企業、NPO、専門士業等が効果的な情報提供支援を果たすための前提となる被災地域のリーガルニーズの動向について岡本正弁護士に解説いただいた。
■時間経過とともに変化するニーズ
「自治体BCPは情報提供機能の維持・拡充を―3万件超の東日本大震災無料法律相談から見えた課題(上)(リスク対策.comvol.29 61頁―岡本正)」で示したとおり、被災者の抱える問題の傾向は、被災地域(被災態様)によって大きく異なっている。一方で、「行政支援等の情報提供ニーズ」は共通して高い割合を占めていた。本稿は、これらのニーズ解析に加え、被災者の抱える問題の傾向は、時間の経過によっても大きく変化していくことを明らかにするものである。
(1)住宅ローン等に関する相談について
∼初期段階の周知活動が奏功・根本的解決は道半ば
図1は、被災当時の住所が宮城県の場合における「住宅・車・船等のローン、リース」の相談割合の月次推移を示したものである。
津波被害地域において最も深刻な問題のひとつが、いわゆる「二重ローン」問題である。「津波被害により自宅兼店舗が全部流されてしまったが、残金1000万円の銀行のローンはそのまま残っている。仕事を失ったのにどうやって返済すればいいのか」という相談が典型である。通常の住宅ローンや事業ローンでは、担保物件が消滅しても債務が消滅するわけではないので、財産が失われた一方で債務だけが残るという深刻な事例が頻出した。震災当時は債務免除を受けるには原則、破産・免責手続しかなく、地域特性も手伝ってか、手続きに踏み切ることにはほとんどの被災者が躊躇せざるを得なかった。
相談割合の推移をみると、災害直後から相当のニーズが存在したが、数カ月でいったん減少している。これは、①弁護士が法律相談活動の最重要課題として、金融機関が講じた支払い猶予措置と個別連絡先窓口の周知徹底に努めたこと、②これにより、支払い猶予措置が浸透し当面の支払や督促に被災者が悩む必要がなくなったこと、③抜本的解決のための新制度構築が未定であり弁護士も明確な指針を示せなかったこと、が影響している。決して、問題が解決してニーズが減少したわけではないことに注意が必要である。その証拠に、「個人債務者の私的整理に関するガイドライン」が2011年7月に策定され、破産等の法的手続きによらない債務減免が可能になる場合があると周知されるや、全体に占める「住宅ローン等」の相談割合は再び急増している。
(2)震災関連法令に関する相談について
∼高止まりする被災者最大のニーズは「行政」の情報
図2は、被災当時の住所が岩手県の場合における「震災関連法令」の相談割合の月次推移を示したものである。
「震災関連法令」の内容は、「被災者生活再建支援制度」「災害弔慰金制度」の周知や受給要件該当性の解説等(世帯認定や罹災証明発行)、行政法規関係が中心となった。
震災直後の段階で上記各制度を知る者は、行政機関を含めてほとんどなく、仮に知っていても伝える術がなかった。この伝達や解説を行政機関に代替して実施したのが、弁護士の無料法律相談活動である。首都圏や関西方面の弁護士を中心に政府情報を取得し、全国の被災者支援弁護士のネットワークで情報を共有した。これにより、被災地で活動する弁護士や応援弁護士にも、瞬時に情報が届けられたのである。その後は、行政との意見交換、弁護士作成の書式の提供を含め、徹底して「被災者生活再建支援制度」や「罹災証明」の早期手続開始の支援と被災者への周知活動を実施した。
制度が周知され、罹災証明発行や実際の給付が開始されると、今度はその認定方法や金額をめぐる紛争が発生し、さらに相談ニーズが高まった。自治体も被災者も双方とも誤解しているケースもかなり存在したため、丁寧な説明を繰り返し実施する状況が続いていた。
震災関連の支援措置は、日頃よりその制度を解説する能力のある専門家と情報共有しておくことが極めて重要である。また、そのニーズは、初期だけではなく、むしろ各種手続きの開始が本格化したころに、より高まることも明確になったといえる。
もっとも、次第に混乱期を脱し、制度や手続が周知されるにつれ、被災自治体、支援自治体において、多くの制度が共通認識のものとなり、震災後4カ月目以降の相談割合は減少していった。弁護士がその専門性とネットワークを活用し横断的に行政の有益情報を提供し続けていることが奏功したものと評価できる。
(3)相続に関する相談について
∼次第に増えるニーズが法改正の原動力に
図3は、被災当時の住所が岩手県の場合における「遺言・相続」の相談割合の月次推移を示したものである。相続人の確定、行方不明者がいる場合の問題、借金がある場合の相続放棄の問題など、相談内容は複雑である。
災害直後は、生活再建支援についての情報提供ニーズが多く、相続問題についてまで相談事項が及んでいなかった。しかし、相続放棄の熟慮期間(被災地域における特別立法制定前は、相続を知った時から3カ月)を迎える昨年6月頃になると、その割合は全体の43.0%にまで達した。しかし、相続財産の土地建物は津波被害にあっており、今後の都市計画次第ではその評価がどうなるか全く未知数というケースが多発した。3カ月で単純承認して相続するか、被相続人の負債を理由に相続放棄するかの判断はとてもできなかった。
その後、被災地域については、相続放棄の熟慮期間が2011年11月30日まで延長される民法の特別改正がなされた。相続に関する相談割合が急増している立法事実を客観的に示したことが法改正の根拠の1つになった。
(4)相隣関係・工作物責任に関する相談について
∼法律相談の自主的紛争解決機能が奏功
図4は、被災当時の住所が宮城県の場合における「相隣関係・工作物責任」の相談割合の月次推移を示したものである。
震災直後の3月においては、相当程度の割合を占めていたが、数カ月のうちにほぼ収束している。「自宅の屋根瓦が落下し隣家を損壊したが、損害賠償責任を負わなければいけないのか」という問いに対しては、多くが「震度6等の場合、不可抗力と判断され、責任を負わない場合がある。話し合い等で円満に解決するのが望ましい」と回答し、自主的紛争解決やADR(裁判外紛争解決手続)による解決を促した。解決指針を示すことで、当事者間における自主的な紛争解決につながり、ニーズは収束していった。初期の正確な情報提供が奏功したものである。
(5)原子力発電所事故等に関する相談について
∼未曾有の災害の現実を知る
図5は、被災当時の住所が福島県の場合における「原子力発電所事故等」の相談割合の月次推移を示したものである。
2011年8−9月期では、福島県の相談全体の51.6%という圧倒的に高い割合となっている。これは、福島第一原子力発電所の地理的関係や避難指示、警戒区域等の指定の状況からも当然と言える。
注目されるのは、日を追うごとに相談割合が増加していることである。この原因は、避難指示等があった区域のみならず、いわゆる自主避難の地域においても、損害賠償や生活支援を求めるニーズが高まってきたことに由来している。政府の指針策定や弁護士らによる損害賠償請求支援活動の充実化もリーガルニーズを掘り起こした。
■時期や場面に応じた様々な情報提供のかたち
∼官民連携による情報提供【総論】
被災地域や被災態様ごとに被災者のニーズが異なるばかりでなく、災害発生からの時間経過によっても、被災者のニーズは特徴的な変化を見せている。その時々の時宜にかなった、きめ細やかな情報提供支援が必要であることが証明された。必要なところに必要な情報を、理解しやすい方式で伝えることが重要であるという点は明白である。しかし、その情報が「生活再建支援情報」となると、そもそも情報はどこにあるのか、どうやって伝えるか、が最大の課題となった。
生活再建のための各種制度や支援の実施主体は、国、市町村、県、民間企業、NPO団体、専門士業団体、個人等、様々である。しかし、情報を受け取る側にとって重要なのは、ニーズにマッチした制度を探せるか、という一点につきる。この点、内閣府作成の「被災者支援に関する各種制度の概要」(なお、震災直後は東日本大震災用に更新されていないものであったが、それでも十分な情報が記載されていた。現在は随時更新され、タイトルに「東日本大震災編」が加筆されている)は、未曾有の災害において絶望しかけた被災者を勇気づける国の制度が網羅された支援者・情報提供者の「バイブル」となった。
その後、金融機関、保険会社、各種企業、NPO団体等、が様々な救済制度を打ち出した。特に、金融機関によるローン支払猶予、保険会社による保険料支払猶予などは、資金繰りに窮した被災者にとって絶大な救済効果を発揮していた。前稿でも紹介したとおり、このような民間機関の提供する情報も、被災者ニーズの上位にある。
それぞれの主体がバラバラに発信するのではなく、目的別に整理された、かつ実施主体の壁を超えた官民混在の情報提供が必要である。このためには、情報提供主体になりうる民間側と支援制度の実施主体である行政側とが協働して、情報提供ツールを作成することが理想である。(続)
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【主要参考文献】
・小山治、岡本正「東日本大震災における原子力発電所事故等に関する法律相談の動向̶̶被災当時の住所が福島県の相談者に着目して」「自由と正義」62(13)(、69−74、2011−12)
・小山治、岡本正「東日本大震災における原子力発電所事故等に関する法律相談の内訳とその推移̶̶「損害賠償」等に着目した詳細解析」「自由と正義」63(1)(、71−77、2012−01)
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