2019/07/17
知られていない感染病の脅威
日本国内でデングウイルスを媒介するヒトスジシマカ
デングウイルスに感染した蚊に刺されることよって感染した人から、別の人へのウイルスの直接感染は起きません。蚊に刺されることによってのみ人への感染は起きます。ウイルスを主に媒介するネッタイシマカは、1970年代以降国内から消えたため、近年の国内での感染および発病は、ヒトスジシマカによるものと考えられています。ヒトスジシマカの生息する北限は、1950年代までは北関東でしたが、現在では岩手県まで北上しています。従って、国内では北海道を除くほとんどの地域でデング熱の発生が起こる恐れが生じています。
2014年に代々木公園で発生した国内でのデング熱流行
2014年8〜10月に、代々木公園を中心に、160例にも及ぶデング熱の発病例が起こるというインパクトの強い発生が、東京という大都会の中心部で起きました。
この発生の概略を紹介します。2014年8月9日に最初のデング熱患者が出ましたが、罹患者は代々木公園内でウイルスに感染したと推定されました。同年10月31日までに代々木公園およびその周辺だけでも126名の罹患者が出ましたが、東京都区内の公園で合計160名が罹患したと報告されています。それまで、過去の感染病と考えられていたデング熱が、東京の中心部で発生し、大きな衝撃を与えました。改めて、デング熱対策の高い重要性が認識されたのです。
年間を通して大きなイベントが頻繁に開かれ、毎年500万人もの人が国の内外から集まる代々木公園から、デングウイルス感染が始まったと推定されていますが、続いて新宿中央公園(東京都新宿区)や外濠公園(東京都千代田区)、さらには東京都区内の複数の公園でもウイルス感染場所と思われた患者が多数発生したという前例のない事例でした。
1.なぜ、代々木公園の蚊はデングウイルスに感染したのか?
人がデングウイルスに感染するためには、その地に生息している蚊がデングウイルスを体内に保有していることが必須の条件になります。人がデングウイルスに感染した場合、発病するまでの潜伏期間は、通常3~6日です。従って、8月9日に発病した最初の罹患者が、蚊に刺されて感染した日は8月3~6日と考えられます。デングウイルスの混入した人の血を吸い込んだ蚊が、そのウイルスを人へ感染させる伝播能力を獲得するには(有毒化)、さらに8~10日かかります。代々木公園の蚊は、7月23~25日にデングウイルス混入人血液を吸い込んだと考えられます。
確かに、2014年7月23~25日、代々木公園ではさまざまな国から訪れた大勢の人々の集まる大きなイベントが開催されていました。このときに、代々木公園で生息していた蚊が、デングウイルスに感染していた国外からの参加者たちから吸血、有毒化し、そのために人への感染を起こしたと考えられています。
引き続き、新宿中央公園でも発生がありましたが、代々木公園と同じウイルス遺伝子が見つかっています。これは、人の移動が関与していた可能性が考えられています。
2.関東圏外で報告されたデング熱のウイルス遺伝子から分かること
同じ2014年夏に、兵庫県でもデング熱罹患例が報告されています。興味深いことに、この罹患者から分離されたウイルスの遺伝子が、代々木公園のデングウイルスと同一のものであったことが分かっています。兵庫県の罹患者と同じ居住地域に居住している人が、たまたま東京に出向き代々木公園などでデングウイルスに感染してしまい、兵庫県の居住地域に生息する蚊が、この東京から兵庫県に戻った人から吸血し、別の人にウイルスを感染させた可能性が考えられています。
その他17道府県での発生が2014年に起きています。その中で、静岡県の居住者が、デング熱に同時期に罹患したという報告もあります。この患者から検出されたデングウイルス遺伝子は、代々木公園を中心に流行したデング熱患者からのウイルスとは分子遺伝学的に異なることが分かっています。このことから、様々な国では、さまざまな遺伝子から成るデングウイルスが存在し、それらのデングウイルスに感染した多くの人たちが、同じ夏に、日本国内各地で発病していたのではないかと考えられています。
3.今後も代々木公園でデング熱は発生するのか?
年間を通して大きな催し物が開催され、世界から多くの人が参集する代々木公園内などでは、これからもデング熱の大きな発生が起こる可能性のあることをまず考えておく必要があります。
幸いなことに、デングウイルスを保有して有毒化した蚊が産卵しても、その卵から孵化(ふか)した幼虫のデングウイルス保有率は低いといわれています。従って、公園など蚊の生息できる条件が備わっている環境での蚊の駆除を丹念に行えば、これから起きるかもしれないデングウイルスの国内での常在化を防ぐことは困難ではないと考えられます。デングウイルスを媒介するヒトスジシマカが生息し、繁殖している場を突き止め、一つ一つその危険箇所を潰していくことが必須になります。
知られていない感染病の脅威の他の記事
おすすめ記事
-
企業理念やビジョンと一致させ、意欲を高める人を成長させる教育「70:20:10の法則」
新入社員研修をはじめ、企業内で実施されている教育や研修は全社員向けや担当者向けなど多岐にわたる。企業内の人材育成の支援や階層別研修などを行う三菱UFJリサーチ&コンサルティングの有馬祥子氏が指摘するのは企業理念やビジョンと一致させる重要性だ。マネジメント能力の獲得や具体的なスキル習得、新たな社会ニーズ変化への適応がメインの社内教育で、その必要性はなかなかイメージできない。なぜ、教育や研修において企業理念やビジョンが重要なのか、有馬氏に聞いた。
2025/05/02
-
-
備蓄燃料のシェアリングサービスを本格化
飲料水や食料は備蓄が進み、災害時に比較的早く支援の手が入るようになりました。しかし電気はどうでしょうか。特に中堅・中小企業はコストや場所の制約から、非常用電源・燃料の備蓄が難しい状況にあります。防災・BCPトータル支援のレジリエンスラボは2025年度、非常用発電機の燃料を企業間で補い合う備蓄シェアリングサービスを本格化します。
2025/04/27
-
自社の危機管理の進捗管理表を公開
食品スーパーの西友では、危機管理の進捗を独自に制作したテンプレートで管理している。人事総務本部 リスク・コンプライアンス部リスクマネジメントダイレクターの村上邦彦氏らが中心となってつくったもので、現状の危機管理上の課題に対して、いつまでに誰が何をするのか、どこまで進んだのかが一目で確認できる。
2025/04/24
-
-
常識をくつがえす山火事世界各地で増える森林火災
2025年、日本各地で発生した大規模な山火事は、これまでの常識をくつがえした。山火事に詳しい日本大学の串田圭司教授は「かつてないほどの面積が燃え、被害が拡大した」と語る。なぜ、山火事は広がったのだろうか。
2025/04/23
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/04/22
-
帰宅困難者へ寄り添い安心を提供する
BCPを「非常時だけの取り組み」ととらえると、対策もコストも必要最小限になりがち。しかし「企業価値向上の取り組み」ととらえると、可能性は大きく広がります。西武鉄道は2025年度、災害直後に帰宅困難者・滞留者に駅のスペースを開放。立ち寄りサービスや一時待機場所を提供する「駅まちレジリエンス」プロジェクトを本格化します。
2025/04/21
-
-
大阪・関西万博 多難なスタート会場外のリスクにも注視
4月13日、大阪・関西万博が開幕した。約14万1000人が訪れた初日は、通信障害により入場チケットであるQRコード表示に手間取り、入場のために長蛇の列が続いた。インドなど5カ国のパビリオンは工事の遅れで未完成のまま。雨にも見舞われる、多難なスタートとなった。東京オリンピックに続くこの大規模イベントは、開催期間が半年間にもおよぶ。大阪・関西万博のリスクについて、テロ対策や危機管理が専門の板橋功氏に聞いた。
2025/04/15
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方