2016/07/25
誌面情報 vol56
状況に応じて計画を変更する
ブルーシートがけや応急措置は、エリアごとに3人1組の計20チームで行う計画を立てたが、壊れ方がひどく危険も伴う被災現場には、安全対策を強化できるよう2班合同の作業に組みかえるなど、その都度体制も見直した。小山社長は「次に起こることが正確にわかるはずはないので、毎日計画を変更することになるだろうし、また、そうしなくては柔軟に対応できない」と最初から社員に伝えたという。
梯子がなくても屋根に上って作業できるよう高所作業車も初めてリースした。前回の台風災害の際、こうした車両が必要と自主的に免許を取っていた社員が数人いた。「社員の真面目さに驚かされました」と小山社長は語る。
社員、パートナーに手当支給
台風に備え、大量のブルーシートは備蓄していたが、不足することを想定し、グループ会社に支援要請。被災した社員がいるかもしれないことを見越して、生活用品などを見繕って送ってもらうよう、いわゆる「プッシュ型」の支援を依頼した。「社員に何が必要か聞き取ってから要請するのでは手間も時間もかかってしまいます」(同)。
福岡で事業を営む小山社長の実兄が、東日本大震災で起きたことなどを東北の工務店から聞き取り、アドバイスをしてもらったことでこうした先手が打てたという。
実際、本震により、多いときは半数以上の社員が避難所や車中泊を余儀なくされた。それでも会社には多くの社員が出てきてくれた。小山社長は、社員や家族に対して、4月末までは会社で食料を提供することを決め、自社で炊き出しを行い、朝昼晩、すべての食事を提供した。また全社員に5万円の手当を支給した。
「被災地では職人の賃金が上がり、職人の取り合いが発生する。悪質なビジネスも発生する」。これも兄が東北の工務店から教えてもらったことだという。
同社は職人を「パートナー」と呼んでいるが、まず被災したパートナーに対しては見舞金を支払い、さらに全パートナーを集めた会議で特別手当を支給し賃金も上乗せすることを約束した。小山社長は「平時から信頼できるパートナーさんばかりですから、こういうときだからこそ大切にしなくてはいけませんし、長期的にしっかり協力していただけるよう、できる限りの配慮をしました」と説明する。
県外からの職人も多く来てもらえるようにした。これも平時からの取り組みが功を奏した。鹿児島県の工務店と台風被害の際に相互に応援協力ができるよう、災害協定を結んでいたのだ。過去にも何度かお互いに応援協力の実績があるため、今回も多くの職人を派遣してくれた。「県外組をどれだけ集められるかというのが勝負でしたし、これからもそうだと思います」(同)。
県外から職人が生活に困らないよう、あらかじめホテルも押さえていた。それでも、次から次へとホテルの空き室が埋まっていき、借り続けることが難しくなったため、直ちに空いているアパートも押さえ30数人が泊まれる形を整えた。
外部からの職人が多く来ても、その力を発揮してもらうには指揮を含めたマネジメントが求められる。同社では、土地勘が無い県外の職人でも物件の場所や地震被害の傾向などが把握できるよう、自社の100%出資会社である屋根職員を育成する会社に依頼し、地元の職人が県外の職人と一緒にチームを組める体制を整えた。
新築の工事を予定している顧客や、工事中の顧客には、地震による作業の遅れでトラブルが起きないかリーガルチェック(法的に妥当か専門的知見からチェック)も実施。東日本大震災の工務店支援にあたった弁護士事務所から、工事の遅れや、着工の遅れがトラブルにつながらないための知識についてレクチャーを受け、書面で顧客に説明し理解を得た。
社員に出口を示す
地震から2カ月以上が経った今(6月末現在)でも同社では復旧工事などで多忙だ。「通常業務をこなしながら、復旧活動をやってるということは、ものすごい作業量。社員はいつまでこんな時間が続くのか不安に思っていると思います。疲弊させないためにはどういう目標でいつまでに終わるスケジュールなのか出口をしっかり見つけてあげることが必要」と小山社長は強調する。
4月末に作ったという復興ビジョンでは、社員とパートナーの安全と生活の安心を守ることと、今期の事業計画を白紙にしても顧客の復興を最大限優先することを明確に示した。
「契約の目標や売上の目標はすべて白紙にして既存のお客様の復興を優先することを示すことで社員のモチベーションが下がらないようにしました」(同)。
同社は今回の地震対応でブルーシートがけやちょっとした応急処置を無料で行っている。「被災時の大変なときに、お客様の負担を少しでも軽くということと、緊急時に費用の説明をすることは、社員にとってもストレスになり、スピード低下につながる」と小山社長はその理由を説明する。
「100年に1回の大災害に対して自分たちがやるべきことは何かを常に考え判断しています。損得より善悪を考えろというのが創業者である父からの教え。今期は順調にもかかわらず創業以来の赤字決算になるでしょう。でも、お客様に還元できるのは今。これは社長である僕にしかできない決断。社員には、業績に関係なくボーナスは出すから安心しろと伝えています」(小山社長談)。
誌面情報 vol56の他の記事
おすすめ記事
-
中澤・木村が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/06/17
-
サイバーセキュリティを経営層に響かせよ
デジタル依存が拡大しサイバーリスクが増大する昨今、セキュリティ対策は情報資産や顧客・従業員を守るだけでなく、DXを加速させていくうえでも必須の取り組みです。これからの時代に求められるセキュリティマネジメントのあり方とは、それを組織にどう実装させるのか。東海大学情報通信学部教授で学部長の三角育生氏に聞きました。
2025/06/17
-
-
入居ビルの耐震性から考える初動対策退避場所への移動を踏まえたマニュアル作成
押入れ産業は、「大地震時の初動マニュアル」を完成させた。リスクの把握からスタートし、現実的かつ実践的な災害対策を模索。ビルの耐震性を踏まえて2つの避難パターンを盛り込んだ。防災備蓄品を整備し、各種訓練を実施。社内説明会を繰り返し開催し、防災意識の向上に取り組むなど着実な進展をみせている。
2025/06/13
-
「保険」の枠を超え災害対応の高度化をけん引
東京海上グループが掲げる「防災・減災ソリューション」を担う事業会社。災害対応のあらゆるフェーズと原因に一気通貫の付加価値を提供するとし、サプライチェーンリスクの可視化など、すでに複数のサービス提供を開始しています。事業スタートの背景、アプローチの特徴や強み、目指すゴールイメージを聞きました。
2025/06/11
-
-
その瞬間、あなたは動けますか? 全社を挙げた防災プロジェクトが始動
遠州鉄道株式会社総務部防災担当課長の吉澤弘典は、全社的なAI活用の模索が進む中で、社員の防災意識をより実践的かつ自分ごととして考えさせるための手段として訓練用のAIプロンプトを考案した。その効果は如何に!
2025/06/10
-
-
緊迫のカシミール軍事衝突の背景と核リスク
4月22日にインド北部のカシミール地方で起こったテロ事件を受け、インドは5月7日にパキスタン領内にあるテロリストの施設を攻撃したと発表した。パキスタン軍は報復として、インド軍の複数の軍事施設などを攻撃。双方の軍事行動は拡大した。なぜ、インドとパキスタンは軍事衝突を起こしたのか。核兵器を保有する両国の衝突で懸念されたのは核リスクの高まりだ。両国に詳しい防衛省防衛研究所の主任研究官である栗田真広氏に聞いた。
2025/06/09
-
危険国で事業展開を可能にするリスク管理
世界各国で石油、化学、発電などのプラント建設を手がける東洋エンジニアリング(千葉市美浜区、細井栄治取締役社長)。グローバルに事業を展開する同社では、従業員の安全を最優先に考え、厳格な安全管理体制を整えている。2021年、過去に従業員を失った経験から設置した海外安全対策室を発展的に解消し、危機管理室を設立。ハード、ソフト対策の両面から従業員を守るため、日夜、注力している。
2025/06/06
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方