2017/01/10
誌面情報 vol58
世界一のBCP 策定率
それでも、東日本大震災以降、国内でのBCPの必要性は、かなり多くの企業で認識されるようになり、2016年3月に発表された内閣府の調査結果によれば、大企業におけるBCPの策定率は60.4%、中堅企業は29.9%で、「策定中」「策定を予定している」と回答した企業を含めると、大企業では92%、中堅企業では72.2%となっています。おそらく世界的に見ても、これほどBCPに取り組んでいる国はないでしょう。「中小企業は遅れている」と指摘される方がいらっしゃるかと思いますが、それは世界共通の課題です。
では、BCPを策定したと回答している企業あるいは自治体も含め、果たしてどれだけの組織が自信を持って「BCPがしっかり維持できている」と言えるでしょうか。設備が更新されたり、人が異動したり、取引先が変わる中で、本当にBCPを運用していく、つまりBCM(Business Continuity Management)が運用できているでしょうか。
BCPは、魔法の杖のように、災害から必ず会社を守ってくれるようなものではありません。繰り返しになりますが、災害では、計画時には想定もしていなかったような事態が起こり得ます。そのような状況に対しても、トップを中心に柔軟に判断し意思決定できる体制になっているか? そんな視点で自社のBCPを見直してみてはどうでしょうか。
予測・予防・対応の指標
いろいろな取材を通して、最近は大きく3つの指標で災害や事故対応を検証するようにしています。1つ目は予測です。はたして、この災害はどこまで予測が可能だったのか、それに対して、実際にどこまで予測をしていたのかということです。
「災害は予測した通りに起こらない」と書きましたが、それは予測をしなくていいということとは違います。当然、予測によって対策のレベルが変わってくるわけで、その意味では予測は危機管理の基本とも言えます。日本では、地震を想定してBCPを策定している企業が多いですが、そのこと自体はまったく否定しませんし、地震という特定のリスクについては対応力を高められることは間違いありません。しかし、前提として、自社にとって、本当に備えるべきリスクは何なのか、そのリスクの発生確率、リスクが顕在化した時の影響の大きさをしっかり分析して、どのリスクから優先的に対策を講じていくかを決めるプロセスが抜け落ちていてはいけないと思います。
加えて、地震が引き起こす災害は、単に構造物の倒壊やライフラインの停止だけではなく、土砂崩れ、場合によっては川やため池の堤防決壊、液状化、火災、危険物の液漏れ、爆発、等々、多岐にわたることにも注意が必要です。自分に都合よく「地震=揺れ」だけと考えてしまうなら、その予測は不十分で危機管理の盲点を生み出してしまいます。
次が予防です。予測した災害や事故に対して、どう予防をしたのか。これについては、ハードとソフト両面で考えるべきで、地震対策なら、ハードは構造物の耐震化や転倒防止、あるいは備蓄など、ソフトは避難計画や訓練ということになるでしょう。もっと言うなら、危険な場所には住まない、事務所を移転させる、などの「回避」という方法もありますし、見落とされているのが「転嫁」、すなわち保険だと思います。どうしても予防の方法というと、被害を完全に防ぐことばかりを考えてしまいますが、被害が防ぎきれなかったことまでをイメージして被害を軽減させる方法を考えておく必要があると思うのです。
予防は、予測の精度に応じてレベルが決まりますが、欧米企業のBCPの考え方は合理的です。それは、地震であれ洪水であれ、あるいはテロであれ、どのような事態が起きるにせよ、事業が止まる要因は「施設が使えなくなる」「設備が使えなくなる」「IT やシステムが使えなくなる」「社員が出社できなくなる」「取引先から部品が調達できなくなる」など、主要な経営資源が使えなくなることに変わりがないため、災害や事故などの原因事象を予測してBCPを策定するのではなく、結果的に経営資源が止まった事態を予測してBCPを策定するケースが多いと言われます。例えば施設が使えなくなったら別の施設に移って事業を継続する、設備が使えなくなったら代替の設備に切り替える、社員が出社できないなら在宅勤務にする、システムが使えなくなったら代替システムに切り替えるなど、ハードとソフト両面で対策(予防)をしておくわけです。こうした予防の方法も、BCP構築の上で参考になります。
最後は対応です。ここは、何度も書いた通りで、災害は予測した通りに起こらないということです。予防しきれずに被害が顕在化した時に、どれだけしっかり対応できるかを考えておく必要があります。
アメリカの消防には、緊急時にとるべき行動の基本としてLIPという言葉があるそうです。
LはLife safety で自らの命も含め、助けられる命を守ること。 I は Incident Stabilization で二次災害を防ぐ、あるいは被害を安定化させること。そしてPはProperty Conservationで財産の保護。アメリカほどの危機対応に優れた国が、なぜこのような当たり前のことを言うのか不思議でした。しかし、勇猛果敢に消火活動にあたり、命を落とす消防士が多いことを聞き納得しました。人間は、恐怖心なり、使命感なり、あるいは愛情なり、さまざまな感情により、危険な行動をとってしまう。消防に限らず、東日本大震災の津波でも、第一波から逃れたにも関わらず、家に大切な物を取りに戻り第二波に飲まれてしまった方もいらっしゃったと聞いたことがあります。特に被災後の行動として「二次被害を防ぐ」ということを見落としてしまうケースが多い。対応における失敗は、命に関わる問題です。ですから、この優先順位は、一人ひとりがしっかり覚えておく必要があると思います。
そして、予測・予防・対応の精度とレベル高めるために重要なのが検証です。この予想で良かったのか、この予防の方法で良かったのか、この対応で良かったのかを絶えず見直していくことが大切です。
どう日本のBCPを発展させていく
最後は、どう日本のBCPを発展させていくかについて私見を述べさせていただきます。欧米では、例えば金融機関は金融庁など監督官庁からの監視が厳しく、また、半導体業界などでは取引先の要件にBCPや危機管理体制が盛り込まれるなど、BCPや危機管理が企業の責任として明確に位置づけられている感じを受けます。訴訟社会であることを考えれば、対策の不徹底さにより損失を生み出すことは、いつ株主から訴えられるかもしれず、こうした危機感が欧米企業の取り組みの根底にあるように思います。
ただし、こうした外圧とは違う、新しい危機管理の価値観が日本では芽生え始めているように私は感じています。それは、BCPへの取り組みが、ステークホルダーからの企業選定の評価ポイントになってきているということです。価格競争、品質競争が一定の水準を超えた今、「安心」をどれだけ提供できるかが企業選定の重要な指標になっています。購入する製品を決める、取引先を決める、就職先を決める、投資先を決める、あらゆる企業選定において、「安心」すなわち企業の危機管理が大きな要素になってきているのです。そのことに気づき、BCPや危機管理に真剣に取り組み始める企業も増えています。BCPは災害や事故に備
えるだけのものではなく、企業の成長に結びつく投資ということです。当然リターンがあっていいと私は思います。
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