2013/01/25
誌面情報 vol35
大成建設株式会社
大成建設では、2005年にBCPを策定して以来、BCPの実効性を確認するために毎年、大規模地震を想定した実動訓練を実施している。東日本大震災での経験を踏まえ、2011年以降は、従来の訓練では取り入れていなかった「全社的な支援の受入体制の強化」「帰宅困難者対策」やを新たに重点課題として加えて取り組んでいる。

グループ会社を含め1万7000人が参加
昨年11月、大成建設では、都が昨年4月に公表した「首都直下地震等における被害想定」を基に、首都直下地震(東京湾北部地震)を想定災害としたBCP訓練を実施した。初動体制の構築、被災情報の確認、支援体制などを目的とし、本社および全国の13支店、グループ会社19社を含む総勢1万7000人の役職員が参加する大規模な訓練となった。
訓練の被害想定時刻は、休日の未明とし、事業継続上最も都合の悪い条件を設定した。

これは、年間総時間と同社の勤務時間を比較した場合、年間の7割近くの時間が業務時間外となることから、地震発生時には社員の多くが社内よりも社外にいる可能性が高いと考えられるためだ。さらに、社員が会社にいない状況下を想定することで、どのような状況でも対応できる体制を整備することも狙いとしている。「当社では、より実戦に近い状態を想定して訓練をしている。あえて悪い条件のもとで訓練を行うことで、机上のシミュレーションでは想定していなかった課題を抽出できる。地震はいつ発生するか分からないからこそ、どの時間帯に発生しても対応できる体制を整備しておくことが重要だ」と同社総務部総務室の水谷慎吾氏は話す。
3つの優先業務
訓練では、同社のBCPに基づき、3つの優先重要業務を掲げた。1つ目は、元施工物件の価値の維持と復旧。2つ目は、地方自治体、国、企業等の事業継続への貢献。3つ目は、施工中物件の2次被害の防止と復旧だ。
これら3つの重要業務を継続させるためには、その時々によって異なる現場に、どのように人員を送り込めるかが大きな課題となる。災害発生後、社員がより迅速に「動ける体制」を構築できるよう、シナリオを用いた実動訓練として、特に初動要員の招集と災害対策本部による初動体制の構築に力を入れた。
本社近郊の住居者が災対本部を設置
同社の災害対策本部は、災害発生から24時間以内に本社新宿センタービルの6階に設置することを決めている。迅速な災害対策本部の設置を目的として、訓練では、初動要員に定められている本社近郊に住む社員が、災害発生後直ぐに徒歩で本社に向かい、災害対策本部の立ち上げの準備をするように参集の実演に取り組んだ。

2006年から始まったこれまでの訓練でも、会社に到着した初動要員である社員が、順次、電話や備品を設置するなど、より実戦に近い状況下で対策本部を立ち上げることでBCPの実効力を強化してきた。 また、災害対策本部の陣頭指揮を執る社長を始め、役員クラスの指揮官が不在の場合においても指揮命令系統が機能するよう、指揮官の代行者を複数想定し、順位付けをしている。今回の訓練でも、実際に、代行の指揮官が指揮命令系統に基づいて働いた。その際、各代行指揮官は赤、黄色青、など、役割によって色分けされたベストを着用することで、周囲にいる社員が容易に各指揮官を見分けられるように工夫した(写真1)。
「災害対策本部には多い時には多くの社員が集まる。震災発生時に、より迅速な事業継続を実現するためには、誰が何を担当しているのか、瞬時に分かるようにすることが重要なポイント」(水谷氏)。
本社近郊に住む社員が中心となって災害対策本部を立ち上げる一方、首都圏には災害復旧の活動拠点となる地区拠点を設け、復旧活動の機動力を向上させる体制を構築している。
地区拠点となるのは施工中の現場や営業所であり、その要員となるのは、ここでも通常の組織とは異なる、各拠点近郊に住む社員で構成され、その数は数千人に及ぶ。震災後、交通機関がストップしていることを想定し、社員は自宅から最寄りの地区拠点に参集するように定められている。訓練では、実際に各寄の地区拠点に足を運び、地区拠点のリーダーに従い、その周辺に点在する元施工物件の被害状況の確認などを行った。地区拠点の要員が集めた情報は、インターネットやFAX等、複数の通信手段を利用して本部に報告され、それを独自のシステムを利用して一元管理し、災害復旧活動に活用するようにしている。「通常時と異なる組織で活動するからこそ、訓練で実際にその対応方法を確認し、実効力を高めることが重要」(水谷氏)。
支援・受入体制の強化
今回の訓練で、新たに強化したポイントが全国からの支援の受け入れ体制だ。東日本大震災では、多くの被災地の企業が「受援」により、事業を継続した。首都直下のような大規模災害では、こうした受援体制を事前に整えておくこともBCPでは重要な要素になる。
具体的には、被災地への人員派遣や物資供給、またその輸送ルートについて、国や顧客からの物資支援の要請に対する全社的な対応体制をシミュレーションにより確認した。
同社のBCPでは、あらかじめ支援物資がスムーズに受け渡すことができるよう、物資を荷さばきする一時受け入れ拠点を決めている。「九州や四国、広島など遠方から集まった支援物資を中継地点である名古屋に一時的に送る。一方、関西からの物資は、被災地の一時受け入れ拠点に保管するなど、事前にルートが決まっている。実際の訓練をしてみると、保管するために申請書を出す必要がある部材があることなどが改めて、課題として明らかになった」と水谷氏は話す。

帰宅困難者対策
このほか、大成建設では、東日本大震災での経験を教訓とし、「帰宅困難者対策」にも力を入れている。 2011年の震災後に最初に実施した訓練では、これまで一貫して業務時間外としてきた地震想定とは異なり、業務時間内に地震が発生したことを想定し、帰宅困難者対策を盛り込んだ。
今年4月に施行される都の帰宅困難者対策条例では、組織に対して一斉帰宅をさせないことを求めているが、同社では、帰宅が困難な場合を想定し、女性社員を優先的に、本社から徒歩圏内の初台の寮に泊まれるように決めている。また、そのほかの一般社員にも自宅までの徒歩帰宅地図を作成し配布し、実際に歩いてもらう訓練を実施した。帰宅地図は、あえてアナログな紙製にすることで、携帯電話やスマートフォンなどを使わないように工夫した。携帯電話などは、安否確認や被害状況の確認など、様々な情報収集のために必要になるからだ。 大成建設では、これらの訓練を通して見えた課題を今後の訓練に取り入れることで、より実効性の高い事業継続を目指している。
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