3.11以降、危機管理産業が急成長している。株式会社富士経済が2012年5月に発行した“ポスト3.11”「危機管理ビジネスの全貌2012」によると、2011年の危機管理関連ビジネスの市場規模は1兆4655億3500万円で対前年比110.1%となった。2016年には1兆9200億3500万円まで成長すると見込んでいる。

2005年の4倍の市場へ 
富士経済は、2007年から危機管理の市場規模について調査を行っている。2007年の調査では、2005年時点の危機管理市場の実績を5301億2200万円と算出した。調査の対象分野は、2005年時点と2011年以降では若干異なるため、同社では、2005年実績と2011年実績を直接比較してないが、単純に計算すると、2011年実績は2005年比276%、2016年には2005年比362%と、4倍近くも伸びることになる。 

調査対象とした製品・サービス分野は2007年調査が20だったのに対し2012年調査は30と拡大しており、危機管理に対する社会の認識が変化し続ける中、同じ指標で市場の経年推移を調査することの難しさを露呈している。しかし、2007年調査では、2010年の市場規模を1兆3232万5300万円と大幅に拡大する予想しており、結果的に、2012年時点の調査における2010年の実績もほぼ同じ数字になっていることから、市場は確実に伸びていると言える。 

調査にあたった同研究所東京マーケティング本部の佐野恵理氏は「これまで危機管理ビジネスは震災の影響から需要が拡大し、時間の計画とともに市場が減少に向かっていくのが慣例となっていたが、首都直下地震や東海地震、東南海・南海地震などの発生が懸念されていることから継続的に成長をしてくと考えられる」としている。


今後の注目市場 
2012年の調査では、危機管理ビジネスの定義を、災害・地震・火災対策、救急医療・救助救出、停電対策といった「防災分野」非常時通信、と、BCP/BCM支援・事業継続ソリューション、新興感染症対策などの「リスクマネジメント」に係るビジネスと定義し、これに東日本大震災の影響から電力不足で浮上した節電・停電対策、交通機関停止が現実化した帰宅困難者・避難者対策も調査対象範囲とした。調査の手法は、市場に参入する主な企業からのヒアリングやアンケート調査などにより、市場規模を導き出した。 

調査対象の中で、最も市場規模が大きかったのがデータセンターサービス。2011年実績は9000億円で、全体の61.4%を占めた。次に大きいのが太陽光発電(2076億円/14.16%)危機管理というよりは環境市場に近い項目にも。思えるが、この2つで実に全体の75.6%を占める。逆に言えば、この2つを除いた市場はまだまだ小さい。

■BCP/BCM支援コンサルティング  
そんな中でも、注目されるビジネスが、BCP/BCMの策定や見直しを支援するコンサルティングだ。2011年の市場は前年比2倍の220億円になった。2016年には305億円、2010年比277%を見込む。ちなみに2005年実績では、BCP「支援サービス」わずか11億円の市場規模だった。

背景には東日本大震災に加え、2012年5月にBCMの国際的な規格であるISO22301が誕生したことが市場の拡大に拍車をかけている。同規格は、BCMへの取り組みをISO9001(品質マネジメントシステム)ISO14001や(環境マネジメントシステム)と同様に、具体的に求められる対策を要求項目として規格化したもの。ISO22301の認証を取得する企業は着実に増えており、また、今後JIS(日本工業規格)化されることも決まっていることから、コンサルティングビジネスの伸び代はまだ大きいと見られる。

■緊急通報・安否確認サービス
緊急通報・安否確認システムの市場は確実に定着したと言える。市場規模こそ小さいが2011年実績は13億円で前年比107.1%の伸び。2016年には18.5億円まで伸びる見通しだ。こちらも2005年時点では、わずか5億円の市場規模だった。 

緊急通報や安否確認サービスは、自然災害または人為的災害、大規模な停電や事故などが発生した場合、携帯電話やパソコンを使って緊急情報を配信するとともに、社員の安否確認および初動支援を行うツールである。調査は、地方自治体や企業向けに提供する有料サービスを対象とした。これまでは、リスク意識の高い金融や外資系の他、大企業を中心に導入が進んできたが、安価なサービスも登場しており、中小企業でも導入する会社は増えている。 

ただ、東日本大震災では、多くの安否確認システムが、携帯メールの輻輳などによりうまく機能しなかった。そのため、メーカー各社ではクラウドを活用したサービスなど、様々な工夫を凝らしている。一方、企業の中には特定の安否確認システムだけに頼るのではなく、PHP (Personal Handy-phone System)やソーシャルネットワークサービスを併用するなど、使い方にも変化が見られる。新たな技術の開発によっては、更なる市場の拡大も期待される。

■防災行政無線
行政関連で特に市場の成長が見込まれるのが防災行政無線や総合防災システムだ。

防災行政無線は、災害時に住民に対して防災情報を伝達する無線システムで、既に全市町村の75%が導入している。2011年の市場は250億円で前年比105%になった。 

東日本大震災では、沿岸地域の防災行政無線が被災したことが津波に逃げ遅れた1つの要因と見られるとの調査結果もある(東日本大震災時のメディアの役割に関する総合調査:日本民間放送連盟・研究所2011)。政府は被災地市町村の防災無線に係る施設・設備を復旧するため、2011年度補正予算で補助金を交付するなどの財政措置を講じた。また、2012年の緊急経済対策を含む補正予算や25年度予算でも、防災行政無線のデジタル化などへの配分は手厚くなっている。 
一方、機能面では、近年、住宅など建築物の高性能化に伴い、遮音性が高まっているため、音での伝達に加え、携帯電話やエリアメールといった文字情報を発信する機能を持った製品も出てきている。また、ラジオとの連動など同時に複数で情報を発信する機種も増えており、機能の拡充もさらに進むことが予測される。2012年の市場は前年比20.0%増の300億円、2016年には400億円まで成長すると見込んでいる。ただし、富士経済では「市場は当面拡大するが、政府の財政措置によるところが大きいため、2016年から市場は横ばいになる」と予測している。

■総合防災システム 
総合防災システムは、防災行政無線と防災情報システム(防災に関連する情報を一元的に管理・運用するシステム)を一体化したもの。阪神・淡路大震災をきっかけに、1995年から1996年にかけて都道府県を中心に導入が進んだ。従来はサーバを庁舎内に自前で置いていたが、更新が難しいという理由から5年リースが主流となっている。 

同社によると、システム構築のイニシャルコストと運用・保守のランニングコストを含めた市場は、主に既導入システムの拡張需要で伸びており、2011年に前年比107.1%増の75億円となった。2012年の調査時点では、46の自治体に導入されていると分析した。

東日本大震災で急成長したビジネス 
危機管理製品サービスは、災害の特性によって一時的に急成長する需要が発生することがしばしばある。2009年に世界中に蔓延した新型インフルエンザでは、マスクと消毒液、防護服などが飛ぶように売れ、地方の薬局からも一時的に商品が消える事態が発生した。 

東日本大震災でも、この傾向が顕著に表れた製品がある。放射線測定器や在宅勤務ソリューションだ。 

特に放射線測定器は、福島第一原発事故に伴う放射能拡散への対応として、現地での復旧にあたる作業員ばかりでなく、周辺の市民、海外へ製品を輸出する製造業、食品会社、学校給食など全国的に導入が進んだ。その市場規模は、2010年がわずか2億円だったのに対し、2011年は40倍以上の89億5000万円となった。ただし、増加は2012年までで、2013年以降は減少していくとしている。 

もう1つの在宅勤務ソリューションは意外と思われるかもしれないが、同社の調査によると2010年に、やはり2億円だった市場が、2011年には15倍の30億円に拡大した。過去には新型インフルエンザで急成長した市場だが、こちらは2012年以降も成長が続くと予測しており、2016年には65億円まで成長するとしている。佐野氏は「震災後の計画停電などもあり、企業の在宅勤務が進んだ」と見ている。このほか、震災の影響を受け急成長した市場として、BCP/BCM支援コンサルティング、災害対応型自動販売機、防災用品セット、非常食、保存水、簡易トイレ、救急用飲料水製造装置、災害用浄化装置、常用・非常用発電機、移動電源車などがあるとしている。

危機管理ビジネスの地域特性 
富士経済の2012年調査では、さらに地域別にみた危機管理ビジネスのニーズ動向を明らかにした。
それによると、首都直下地震、東海地震、東南海地震が想定されるエリアにおいて特に危機管理ビジネスの需要が集中していることが分かる。 

関東エリアでは、東日本大震災時に計画停電や帰宅困難という事態に直面したこともあり、停電対策や在宅勤務のニーズが高いという。また、2014年4月施行の帰宅困難者対策条例により、非常食や保存水、防災用品といった備蓄品の需要も増加が見込まれるようだ。 

一方、被災地となった東北エリアにおいては、防災行政無線や消防指令台などが政府の財政措置によって強化されていく。逆に、北海道や九州エリアにおいては、地震災害に対する危機意識は低く、むしろ風水害が雪害などの自然災害に対する対策が中心となるため、震災対策の需要は低い。 また、沿岸、港湾、湾岸部においては、津波対策として防災行政無線や消防指令台の需要が高くなっている。



・2011年比をベースとした2016年における市場の伸長率は、防災・災害対策に特化した製品が軒並み100%未満で低迷するという結果が出ている。従来から危機管理ビジネス全体で共通する市場特性は、震災が発生すると市場は急激に伸び、その後は一気に減速、そして時間の経過とともに一定の規模に落ち着くという推移を辿る点である。今回の調査結果で明らかになったことは、常用・非常用発電機、移動電源車、非常食、防災用品セット、保存水、災害用浄水システム、簡易トイレ、緊急用飲料水製造装置、放射線測定器などは、まさに東日本大震災の影響を受け、需要が急増した市場であり、2016年には市場は縮小すると予測される。

・一方、危機管理ビジネスの中でも成長が見込まれるのは、情報やエネルギーに関連したものであり、伸長率は100%を上回る結果が出ている。最も高い伸び率を示したのは燃料電池で、電力の自給自足とシステム価格の下落に伴い、2016年の市場は2011年比で5.6倍に拡大すると予想される。次いで、災害対応型自動販売機については、2011年比の約4倍に相当する市場拡大となっており、災害時応援協定により自治体を中心とした安定的な需要が期待される。また、消防司令台、蓄電池、在宅勤務ソリューションにおいても2011年比2倍以上の市場拡大が予測される。将来的な方向性として、電力需要の安定化、情報の受発信の強化、バックアップ対策、BCP/BCMの強化といった取り組みが進展すると予測される。