2020/05/14
2020年5月号 パンデミックBCP
オール・ハザード・アプローチの必要性
中澤 蛭間さん、経済・医療の問題を含めた危機管理的な側面で考えている課題は。
蛭間 金融機関の側として話すと、国としてでき得ることはやりきっている状況ではないか。平時から、財源の問題はさまざまに指摘されている。国の経済支援策108兆円という話が出たが、緊急事態において、投じられた社会的な効果はどれだけあるのかも検証する必要があろう。一方で、そのような金額が事前に使えたら、どれだけ今回の人的被害が削減できたかを私は考えてしまう。医療や介護機関、関連する資機材など、相当に準備ができたはずだ。
一般的なシステム特性として、ある閾値を超えると、医療崩壊も経済崩壊が発生する。その閾値の水準は、自然災害であれ、感染症であれ、民主主義が決めるのだが、このような社会の脆弱性を事前に評価できていたのか、という点も気になる。専門家は知っていたのであれば、なぜそれは国民に周知され、国の施策に反映されていないのか、なども。東日本大震災は何だったのだろうかとも思う。今後、さまざまなハザードに対して致命傷にあわない程度の社会的な投資がますます必要になると思う。一方で、国内だけを見ていると足下をすくわれるのがグローバルという厄介なコミュニティだ。先進各国ではさまざまな分野でイニシアティブをとろうと、すでに「アフター・コロナ」ゲームが始まっている。

中澤 危機管理においては、有事の際の行動手順を、フレームワークとして平時から考え、 備えておく必要がある。熊丸さんの考えは。
熊丸 オール・ハザード対応の観点から見ると今回の新型コロナウイルス感染症は明らかにCBRNE災害の“B”災害と定義することができる。アメリカでCBRNE災害が起きた時の指標のフレームワークは、4段階の問題解決プロセスを用いて一枚のパイ「A PIE」という形で覚えさせている。Aは分析、Pはプランニング、Iは実行、Eは評価。全米消防協会の基準NFPA472には、CBRNE災害では必ずICS※(Incident Command System:アメリカで標準化された災害対応の仕組み)を使うことを明記している。当然Iの実行段階においては、まずインシデント・マネジメント・システムを発動し、関係各機関と情報を共有し必要な援助を要請する仕組みになっている。また、CBRNE災害には指標があり、特にB災害には共通した指標、いわゆる兆候がある。例えば、今回の被害者分布は、世界中で非常に広範囲に広がっている。症状が非常にあいまいであり観測しにくい。そして、異常な数の感染者がいる。これらはB災害の指標だ。こうした指標は遅くとも1月中頃には発現していた。CBRNE災害のアウェアネス・レベルの教育が広く浸透していれば、もっと迅速な初動対応ができたはずだ。

中澤 秋冨先生、これまでの危機管理のフレームワークに関する課題をどう整理されているか。
秋冨 経済を維持しつつ、医療崩壊をさせない状態を何とか維持し、オーバーシュートが迫った時には隔離政策を実施して強く抑える。その後、また経済と医療が崩壊しないように維持するという、医療、経済、金融のバランスを総合的に考えた政策をやらないといけなかった。今回、だらだらと適当に維持し、オーバーシュートしそうだという時には、もう経済の方の対策も遅れている。したがって、非常に厳しくなるだろうというのが私個人の考えだ。

2020年5月号 パンデミックBCPの他の記事
- コロナ危機への対応を通じて今、見直すべきことは何か(最終回)
- コロナ危機への対応を通じて今、見直すべきことは何か(その2)
- コロナ危機への対応を通じて今、見直すべきことは何か(その1)
- 人類が初めて経験する「現代的パンデミック」コロナ後の世界 どう生きるか
おすすめ記事
-
-
入居ビルの耐震性から考える初動対策退避場所への移動を踏まえたマニュアル作成
押入れ産業は、「大地震時の初動マニュアル」を完成させた。リスクの把握からスタートし、現実的かつ実践的な災害対策を模索。ビルの耐震性を踏まえて2つの避難パターンを盛り込んだ。防災備蓄品を整備し、各種訓練を実施。社内説明会を繰り返し開催し、防災意識の向上に取り組むなど着実な進展をみせている。
2025/06/13
-
「保険」の枠を超え災害対応の高度化をけん引
東京海上グループが掲げる「防災・減災ソリューション」を担う事業会社。災害対応のあらゆるフェーズと原因に一気通貫の付加価値を提供するとし、サプライチェーンリスクの可視化など、すでに複数のサービス提供を開始しています。事業スタートの背景、アプローチの特徴や強み、目指すゴールイメージを聞きました。
2025/06/11
-
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/06/10
-
その瞬間、あなたは動けますか? 全社を挙げた防災プロジェクトが始動
遠州鉄道株式会社総務部防災担当課長の吉澤弘典は、全社的なAI活用の模索が進む中で、社員の防災意識をより実践的かつ自分ごととして考えさせるための手段として訓練用のAIプロンプトを考案した。その効果は如何に!
2025/06/10
-
-
緊迫のカシミール軍事衝突の背景と核リスク
4月22日にインド北部のカシミール地方で起こったテロ事件を受け、インドは5月7日にパキスタン領内にあるテロリストの施設を攻撃したと発表した。パキスタン軍は報復として、インド軍の複数の軍事施設などを攻撃。双方の軍事行動は拡大した。なぜ、インドとパキスタンは軍事衝突を起こしたのか。核兵器を保有する両国の衝突で懸念されたのは核リスクの高まりだ。両国に詳しい防衛省防衛研究所の主任研究官である栗田真広氏に聞いた。
2025/06/09
-
危険国で事業展開を可能にするリスク管理
世界各国で石油、化学、発電などのプラント建設を手がける東洋エンジニアリング(千葉市美浜区、細井栄治取締役社長)。グローバルに事業を展開する同社では、従業員の安全を最優先に考え、厳格な安全管理体制を整えている。2021年、過去に従業員を失った経験から設置した海外安全対策室を発展的に解消し、危機管理室を設立。ハード、ソフト対策の両面から従業員を守るため、日夜、注力している。
2025/06/06
-
福祉施設の使命を果たすためのBCPを地域ぐるみで展開災害に強い人づくりが社会を変える
栃木県の社会福祉法人パステルは、利用者約430人の安全確保と福祉避難所としての使命、そして災害後も途切れない雇用責任を果たすため、現在BCP改革を本格的に推進している。グループホームや障害者支援施設、障害児通所支援事業所、さらには桑畑・レストラン・工房・農園などといった多機能型事業所を抱え、地域ぐるみで「働く・暮らす・つながる」を支えてきた同法人にとって、BCPは“災害に強い人づくり”を軸にした次の挑戦となっている。
2025/06/06
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方