2020/06/25
講演録
5月倒産が低水準の理由
現在(講演時)、5月の倒産件数の取りまとめを行なっているが、記録的な低水準になるだろう。決して景気が良くなっているわけではない。その要因としては主に3つある。1つ目は、国や地方自治体、金融機関による資金繰り支援策の効果。2つ目は、全体の倒産の約9割を占める「法的倒産」を扱う裁判所が、新型コロナの影響で一部業務を縮小し事務手続きが遅滞している。3つ目は、手形不渡りの猶予措置。こうした要因で倒産が表面的に減少した。決して景気が良くなったわけではない。実際には倒産状態の会社がたくさんあるのではないかと思う人も多いだろうが、その通りだと思う。
下記データは、全企業(上場・非上場)の業績推移を調べたものだ。全企業の売上高がリーマン・ショック前の水準まで回復したのが2018 年度。10年以上を経てやっと「売上」が回復した。それほど時間がかかった。それに対して、「利益」は2013年度にはリーマン・ショック前の状態に回復していた。この頃、大手企業では事業の縮小・再編、それに伴う人員や有利子負債の削減などに取り組む。「リストラ(リストラクチャリング)」とは、文字どおり事業の再構築のことで、事業全般の見直しをいうが、国内では収益立て直しのための合理化策を「リストラ」と呼ぶケースも少なくなかった。企業はスリム化を進め、利益率の向上につなげ、非上場企業も若干遅れながらも、概ね同じ動きとなった。
産業別の売上高推移では、今でも卸売業(上場)のようにリーマン・ショック前の水準に戻っていない産業がある。非上場企業では、小売業、運輸業、そして金融業等がリーマン・ショック前の水準まで回復していない。
この間の2011年3月に東日本大震災が発生したが、関連倒産が9年3カ月を経てやっとゼロになった。震災では製造業への影響が大きく、サプライチェーンの寸断という危機が日本企業を襲った。
現在、新型コロナウイルスの感染拡大が新たな危機となっている。関連倒産は、2月は1件、3月は12件、4月は71件と急増している。要因としては、経営体力が疲弊しているなか、新型コロナウイルスの感染拡大が追い打ちをかけたと言えるのではないか。特に影響を受けている産業は、サービス業、小売業、宿泊業、飲食業、医療・福祉、娯楽等と、消費者に近いところから倒産が増えている。リーマン・ショック時は金融や大企業を中心に徐々に倒産が中小零細企業まで広がったのが特徴。今回の新型コロナウイルスでは、俗にいう川下産業から影響が広がり、裾野が広い。新型コロナウイルスの収束の時期も分からず、悩ましい問題だ。
2019年の厳しさに追い打ちをかけたコロナ禍
2019年を振り返ると、企業を取り巻く外的リスクとして米中貿易摩擦、日韓対立、台風や大雨の自然災害、暖冬、消費税率の引き上げ等があげられる。今後さらに影響が出てくる問題として人手不足。求人難や後継者問題を多くの日本企業は抱えている。そして新型コロナの影響が追い打ちをかけている。BCPの観点から、こうした予測不能なリスクに備えることが今まで以上に必要と実感した人は多いだろう。
リーマン・ショックでは、金融業界とその貸出先となる不動産業界を中心に影響が出た。その後、世界同時不況に陥り、金融システムの機能不全が問題となった。東日本大震災の場合は、日本限定ながら被災地を含めてその影響が全国に波及した。また、この時に課題と言われたのがサプライチェーンの寸断だった。リーマン・ショック、東日本大震災を経験した段階で、本来はBCPの策定・見直しが進められるべきだったが、中小企業の多くはBCPを策定する間もなく今日に至っている。大手企業も、これまでの過度な中国依存を改め安定的な供給体制の整備の必要性などを、新型コロナを通して改めて感じ取ったはずだ。
当社では、百年以上の老舗企業の動向も調査している。百年企業の共通点では、事業承継への強い「信念」や、長年にわたり確立してきた「信用」「時代に合わせた業態変更や柔軟な経営方針」があげられる。今、新型コロナウイルス影響拡大で苦境に陥っている企業が多いと思うが、ここで諦めずに新たな展開をたどれるかどうかが問われている。
休廃業・解散は倒産の5倍
最後に、今後は事業継続を断念する企業が増加するだろう。休廃業・解散会社の件数は倒産件数の実に5倍。今後も減ることなく右肩上がりが続くのではないか。中小企業金融円滑化法の終了時も、出口戦略の一環として国が自主廃業を促したという経緯がある。今回も同じように、新型コロナウイルスの影響によって経営が立ち行かなくなった企業、倒産しないまでも先行きを悲観して廃業を選択する企業が増えてくるのではないかと懸念している。日本の企業においては、リーマン・ショックや東日本大震災等、幾多の苦難を克服してきた経験がある。新型コロナウイルスの影響に対しても、これを糧にして早期に立ち直る企業が多くなることを切に希望する。
講演録の他の記事
おすすめ記事
-
-
入居ビルの耐震性から考える初動対策退避場所への移動を踏まえたマニュアル作成
押入れ産業は、「大地震時の初動マニュアル」を完成させた。リスクの把握からスタートし、現実的かつ実践的な災害対策を模索。ビルの耐震性を踏まえて2つの避難パターンを盛り込んだ。防災備蓄品を整備し、各種訓練を実施。社内説明会を繰り返し開催し、防災意識の向上に取り組むなど着実な進展をみせている。
2025/06/13
-
「保険」の枠を超え災害対応の高度化をけん引
東京海上グループが掲げる「防災・減災ソリューション」を担う事業会社。災害対応のあらゆるフェーズと原因に一気通貫の付加価値を提供するとし、サプライチェーンリスクの可視化など、すでに複数のサービス提供を開始しています。事業スタートの背景、アプローチの特徴や強み、目指すゴールイメージを聞きました。
2025/06/11
-
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/06/10
-
その瞬間、あなたは動けますか? 全社を挙げた防災プロジェクトが始動
遠州鉄道株式会社総務部防災担当課長の吉澤弘典は、全社的なAI活用の模索が進む中で、社員の防災意識をより実践的かつ自分ごととして考えさせるための手段として訓練用のAIプロンプトを考案した。その効果は如何に!
2025/06/10
-
-
緊迫のカシミール軍事衝突の背景と核リスク
4月22日にインド北部のカシミール地方で起こったテロ事件を受け、インドは5月7日にパキスタン領内にあるテロリストの施設を攻撃したと発表した。パキスタン軍は報復として、インド軍の複数の軍事施設などを攻撃。双方の軍事行動は拡大した。なぜ、インドとパキスタンは軍事衝突を起こしたのか。核兵器を保有する両国の衝突で懸念されたのは核リスクの高まりだ。両国に詳しい防衛省防衛研究所の主任研究官である栗田真広氏に聞いた。
2025/06/09
-
危険国で事業展開を可能にするリスク管理
世界各国で石油、化学、発電などのプラント建設を手がける東洋エンジニアリング(千葉市美浜区、細井栄治取締役社長)。グローバルに事業を展開する同社では、従業員の安全を最優先に考え、厳格な安全管理体制を整えている。2021年、過去に従業員を失った経験から設置した海外安全対策室を発展的に解消し、危機管理室を設立。ハード、ソフト対策の両面から従業員を守るため、日夜、注力している。
2025/06/06
-
福祉施設の使命を果たすためのBCPを地域ぐるみで展開災害に強い人づくりが社会を変える
栃木県の社会福祉法人パステルは、利用者約430人の安全確保と福祉避難所としての使命、そして災害後も途切れない雇用責任を果たすため、現在BCP改革を本格的に推進している。グループホームや障害者支援施設、障害児通所支援事業所、さらには桑畑・レストラン・工房・農園などといった多機能型事業所を抱え、地域ぐるみで「働く・暮らす・つながる」を支えてきた同法人にとって、BCPは“災害に強い人づくり”を軸にした次の挑戦となっている。
2025/06/06
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方