大洪水、十一面観音、白髭水
民間信仰と開発と大災害
高崎 哲郎
1948年、栃木県生まれ、NHK政治記者などを経て帝京大学教授(マスコミ論、時事英語)となる。この間、自然災害(水害・土石流・津波など)のノンフィクションや人物評伝等を刊行、著作数は30冊にのぼる。うち3冊が英訳された。東工大、東北大などの非常勤講師を務め、明治期以降の優れた土木技師の人生哲学を講義し、各地で講演を行う。現在は著述に専念。
2017/10/02
安心、それが最大の敵だ
高崎 哲郎
1948年、栃木県生まれ、NHK政治記者などを経て帝京大学教授(マスコミ論、時事英語)となる。この間、自然災害(水害・土石流・津波など)のノンフィクションや人物評伝等を刊行、著作数は30冊にのぼる。うち3冊が英訳された。東工大、東北大などの非常勤講師を務め、明治期以降の優れた土木技師の人生哲学を講義し、各地で講演を行う。現在は著述に専念。
日本古来の大洪水と民間伝承(信仰)を考える。一昨年(2015)9月10日12時50分、茨城県常総市三坂町の鬼怒川左岸(東側)堤防が決壊した。堤防を切った濁流は、低地を求めながら常総市を中心に1万戸以上が床上・床下浸水させ、田畑は泥の海に没した。多数の住民が孤立し救いを求めた。
これより先、決壊現場から約4km上流の鬼怒川左岸の同市若宮戸地区では激流が溢水し田畑に流れ込んだ(溢水は無堤地での越流)。川べりに立つ泉蔵院十一面観音堂では前日9日夜は月例の「観音講」だった。十一面観音は水神様でもある。日付が変わった10日午前2時20分、若宮戸地区に避難指示が出され、夜明けに激しい氾濫が始まった。泉蔵院は濁流に孤立し、十一面観音堂の前石段最上段まで濁流が押し寄せた。同地区には堤防がない。大型の太陽光発電施設(ソーラーパネル)の設置の際に自然堤防が削り取られたためである。自然堤防はその昔から洪水防御に役立ってきた。堤防がなく危険なことは常総市議会でも指摘されていた。
観音堂付近の十一面山(若宮戸山)も堤防の役割を果たしていた。だが、この小高い丘もソーラーパネル設置により、延長約150m、高さ2mも掘削されていた。(堤防決壊により、常総市では鬼怒川と小貝川に挟まれた市域の3分の1が水没し、死者2人、負傷者40人以上、全半壊家屋5000棟以上という甚大な被害を出した)。
鬼怒川に沿って南北に広がる十一面山の中間付近に、十一面山の名の由来となった金椿山泉蔵院十一面観音堂がある。観音堂は伝行基作の十一面観世音菩薩を祀(まつ)る。泉蔵院は近隣の下妻市にある普門寺の門徒寺で、歴史は延文2年(1357)にさかのぼり、往時は境内に十一面観音堂のほか、牛頭(ごず)天王宮、不動王堂、日天宮、薬師堂などが軒を連ねていたようである。現在は無住で、平成6年(1994)に新築された観音堂と鐘楼が建つ静かなたたずまいである。地元の信仰心は厚く、毎月9日には観音講が開かれている。
明治初期の迅速測図(じんそくそくず)によると、河畔砂丘林である十一面山は最高地点が32.25mに達し、標高17~18mの東側一帯の自然堤防よりも14~15m高かった。延長2km、最大幅約400m、総面積約20ha余りに及び、大きな3筋の河畔砂丘が連なる大規模なものだった。
鬼怒川の水流が運んできた大量の砂を冬の北西季節風「日光おろし」が吹き寄せ、東岸に砂丘を形成したもので、良質な砂は戦後の高度成長期に昭和39年(1964)の東京五輪関連の大規模工事のため東京方面に運ばれた。その後、石油やガスの普及で、薪炭林としても活用されなくなった里山は、松くい虫の被害でアカマツが減少し、周辺の桑畑や野菜畑も放置されて、廃車などが不法投棄されるようになった。無残なゴミの山となった。
平成15年(2003)には市民が十一面山の自然を守り、保全整備を促進する会を結成し、トラック150台分もの不法投棄物を撤去して、苗木の植樹なども実施してきた。高度経済成長期の川砂の採取、その後の不法投棄、そして近年のソーラーパネルの設置に伴う丘陵の掘削・・・。川の神・十一面観音を祀る十一面山は、戦後から現在に至る不孝な里山の縮図である。
安心、それが最大の敵だの他の記事
おすすめ記事
リスク対策.com編集長が斬る!【2024年3月19日配信アーカイブ】
【3月19日配信で取り上げた話題】今週の注目ニュースざっとタイトル振り返り/特集:副業・兼業のリスク
2024/03/19
リスク担当者も押さえておきたいサイバーセキュリティ対策の最新動向
本勉強会では、クラウド対応のサイバーセキュリティ対策の動向を、簡単にわかりやすく具体的なソリューションの内容を交えながら解説します。2024年3月8日開催。
2024/03/18
発災20分で対策本部をスタートする初動体制
総合スーパーやショッピングモールなど全国各地のイオン系列の施設を中心に設備管理、警備、清掃をはじめとしたファシリティマネジメント事業を展開するイオンディライト(東京都千代田区、濵田和成社長)。元日に発生した能登半島地震では、発災から20分後にオンラインの本社災害対策本部を立ち上げ、翌2日は現地に応援部隊を派遣し、被害状況の把握と復旧活動の支援を開始しました。
2024/03/18
能登半島地震における企業の対応レジリエンスの実現に向けて
能登半島地震で企業の防災・BCPの何が機能し、何が機能しなかったのか。突きつけられた課題は何か。復興に向けどのような視点が求められるのか。能登で起きたことを検証し、教訓を今後のレジリエンスに生かすため、リスク対策.comがこの2カ月の取材から企業の対応を整理しました。2024年3月11日開催。
2024/03/12
リスク対策.com編集長が斬る!【2024年3月12日配信アーカイブ】
【3月12日配信で取り上げた話題】今週の注目ニュースざっとタイトル振り返り/特集:東日本大震災 企業のハンズオン支援
2024/03/12
能登の復興は日本のこれからを問いかける
半島奥地、地すべり地、過疎高齢化などの条件が、能登半島地震の被害を拡大したとされています。しかし、そもそも日本の生活基盤は地域の地形と風土の上に築かれ、その基盤が過疎高齢化で揺らいでいるのは全国共通。金沢大学准教授で石川県防災会議震災対策部会委員を務める青木賢人氏に、被害に影響を与えた能登の特性と今後の復興について聞きました。
2024/03/10
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方