2017/10/02
安心、それが最大の敵だ
東北一の大河・北上川と白髭水伝説
終戦直後、日本列島を襲う台風は米軍方式に準じてアルファベット順に英語女性名が冠せられた。今年は超大型のカスリーン台風襲来から70年である。翌年にはアイオン台風が東日本に上陸し水害をもたらした。相次ぐ台風の襲来により北上川流域(中でも一関市)は壊滅的な被害を受けた。この大水害から50年にあたる年、私は北上川の大水害とその惨状を「沈深、牛の如し」(ダイヤモンド社)として上梓(じょうし)した。被災地を訪ね回った際、北上川流域に「白髭(しらひげ)水」と呼ばれる伝説があることを古老から知らされた。
古来日本人は、村々を襲い、家々を流し去る洪水や土石流を、怪異現象として物語り、記憶して来た。こうした災害伝説は、悲惨な被災事実を後の世まで継承していくために、民衆が編み出した英知の一つと言える。東北地方を中心に「白髭水」、「白髪(しらが)水」と呼ばれる伝説が分布する。「秋田の雄物川でも、津軽の岩木川でも、岩手の北上川でも、またその他の小さな河川でも、昔の一番大きかった洪水を、たいてい白髭水、または白髪水と名付けて記憶している」。民俗学者柳田国男は『山の生活』でこう指摘する。
大洪水に先立ち、白髭や白髪の老人が現れ水害を予告した。「洪水が来る。早く逃げろ」。洪水や大津波の波頭に白髪、白髭の翁(おきな)が乗って避難を訴えたという伝承である。その様子は「白い毛を長く垂れた神様が大水の出鼻に水の上を下って来る姿を見た」「山から岩を蹴りながら水路を開いた」などと伝えられている。普段は穏やかな川面が急変し、白い波濤を立てて河岸を襲う恐怖のシーンを描いているのであろう。
「白髭水」伝承が特に多く残る北上川流域で、最初に文献に現れるのは宝治元年(1247)のことである。「北上川を白髭の翁、屋の上に立て流しを、その時の人は、これは変化(へんげ)のものにて、この洪水はかれがしわざやあらんといいしより、白髭水と名付けしとや」(「吾妻鑑」より)。それから500年近く後、享保9年(1724)8月14日の洪水では、長雨が大雨となり、北上川の全流域に洪水を起こして、「此(こ)の水、盛と出る時白髭の老人水上に見えたり」(古文書)と伝えられている。現代の「白髭の翁」はどこに現れるのだろうか。
(参考文献:「天災と日本人」著・畑中章宏、筑波大学附属図書館資料、同大学システム情報工学研究科白川直樹研究室・論文)
(つづく)
安心、それが最大の敵だの他の記事
おすすめ記事
-
リスク対策.com編集長が斬る!【2024年3月19日配信アーカイブ】
【3月19日配信で取り上げた話題】今週の注目ニュースざっとタイトル振り返り/特集:副業・兼業のリスク
2024/03/19
-
リスク担当者も押さえておきたいサイバーセキュリティ対策の最新動向
本勉強会では、クラウド対応のサイバーセキュリティ対策の動向を、簡単にわかりやすく具体的なソリューションの内容を交えながら解説します。2024年3月8日開催。
2024/03/18
-
発災20分で対策本部をスタートする初動体制
総合スーパーやショッピングモールなど全国各地のイオン系列の施設を中心に設備管理、警備、清掃をはじめとしたファシリティマネジメント事業を展開するイオンディライト(東京都千代田区、濵田和成社長)。元日に発生した能登半島地震では、発災から20分後にオンラインの本社災害対策本部を立ち上げ、翌2日は現地に応援部隊を派遣し、被害状況の把握と復旧活動の支援を開始しました。
2024/03/18
-
-
能登半島地震における企業の対応レジリエンスの実現に向けて
能登半島地震で企業の防災・BCPの何が機能し、何が機能しなかったのか。突きつけられた課題は何か。復興に向けどのような視点が求められるのか。能登で起きたことを検証し、教訓を今後のレジリエンスに生かすため、リスク対策.comがこの2カ月の取材から企業の対応を整理しました。2024年3月11日開催。
2024/03/12
-
リスク対策.com編集長が斬る!【2024年3月12日配信アーカイブ】
【3月12日配信で取り上げた話題】今週の注目ニュースざっとタイトル振り返り/特集:東日本大震災 企業のハンズオン支援
2024/03/12
-
-
-
能登の復興は日本のこれからを問いかける
半島奥地、地すべり地、過疎高齢化などの条件が、能登半島地震の被害を拡大したとされています。しかし、そもそも日本の生活基盤は地域の地形と風土の上に築かれ、その基盤が過疎高齢化で揺らいでいるのは全国共通。金沢大学准教授で石川県防災会議震災対策部会委員を務める青木賢人氏に、被害に影響を与えた能登の特性と今後の復興について聞きました。
2024/03/10
-
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方