2018/06/04
安心、それが最大の敵だ
企画立案、楚人冠の才覚
取材力や文章力に優れ、海外の新聞の動向にも詳しい楚人冠は、新聞記事に「印象主義」を取り入れようとした。文芸欄に「新聞紙上の印象主義」という一文を掲載してこの考えを紹介した。「英皇弔祭式(えいこうちょうさいしき)」の特派員電はこれの実践であった。同記事は匿名であったが、その書きぶりが印象主義的であったことに気付いた同僚の文学者夏目漱石(漱石は東京帝大を退職して朝日新聞に入社していた)が「あれは君が書いたのではないか」と手紙で指摘している。(楚人冠のいう「印象主義」は、新聞記事が事実関係のみを表現するのではなく、華のある文体・表現や筆者の見識を適宜取り入れることを主張するものであろう)。
彼は企画立案にも優れたエディターであった。明治41年(1908)の世界一周会はその実例である。楚人冠はロンドン特派員を経験し、2年前に「東朝」幹部松山哲堂発案のロセッタ丸満漢巡遊旅行で主導的役割を果たした。その経験を活かしてイギリスの旅行会社トーマス・クック社と交渉して民間団体による世界一周視察旅行の計画をつくり上げた。日本初の海外パッケージツアーである。この斬新な企画は反響を呼び定員を超える応募があった。一周旅行の最中も楚人冠は「東朝」と「大阪朝日新聞」に通信文を連載し、ロンドンでは前年の特派員時に親交を結んだ「タイムズ」紙に記事を寄稿している。
楚人冠の企画力を示すもう一つの功績は「アサヒグラフ」の創刊である。「アサヒグラフ」は日本初の日刊写真新聞として大正12年(1923)1月25日に第1号が発刊された。楚人冠は発案者としてグラフ局長のポストに就き自ら記事や随筆を執筆した。創刊からわずか7か月後、関東大震災の影響から休刊となった。
新聞社内の機構改革としては、調査部と記事審査部の設置があげられる。日本の新聞社では画期的な初の試みである。
・記事調査部
「朝日新聞社史(明治編)」によると「明治44年(1911)11月13日付で、新人事を発令した。調査部長は杉村楚人冠」とある。「新設の調査部長に楚人冠が任命されたことについては理由があった。明治40年、ロンドン特派員であった楚人冠はタイムズ社の索引部を見学しておどろき、さっそく、その仕事の内容を通信『倫敦小品』でくわしく紹介した。索引部には主任以下9人が勤務し、各新聞の切り抜きなどを整理してアルファベット順に索引をつけ、どのような問い合わせ事項に対しても5分もあれば答えられる仕組みなっているという。明治44年5月、彼の主張がみとめられ従来の図書係をも吸収して、6月1日から索引部として発足、楚人冠が責任者となった。日本の新聞社でははじめての試みであった。その後編輯局制の実施とともに調査部という名に改められた」と記されている。
・記事審査部
「朝日新聞社史(大正・昭和戦前編)」によると、「『記事審査部』が東西『朝日』に創設されたのは、大正11年(1922)10月で、日本の新聞界ではじめてだった」と記され、読者の指摘に基づいて当該記事の内容を審査し、読者の疑問に応える 部署として発足したことを伝えている。初代部長には編輯顧問の楚人冠が任命された。
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