建設業者にBCPの波

1時間以内に降灰除去作業身を持って体験したBCP

いつ噴火してもおかしくない浅間山のふもとで、BCP(事業継続計画)の策定に取り組んでいる企業がある。群馬県嬬恋村にある総合建設業の渡辺建設株式会社だ。公共投資の大幅な削減や、長引く景気の低迷により、平成10年頃、100人以上いた社員は今や34人に、売上は当時の3分の1にあたる10億円にまで減った。それでも、「地域を守る」という強い意識のもと、浅間山が噴火しても事業を継続させられる体制を築き上げている。同社では、関東地方整備局利根川水系砂防事務所が発注する業務も請け負っており、関東地方整備局が6月から開始した「建設会社における災害時の事業継続力認定」制度にも申請をした。「認定されるかどうかは分かりませんが、地域で生きている我々建設会社にとってBCPは重要なことです」(渡辺栄志社長)。同社の取り組みを紹介する。

同社がBCP策定に取り組み始めたのは昨年の秋。ちょうど関東地方整備局が管内の建設業者に対して行った「BCPの策定状況に関する調査」で、配布されたアンケート用紙を見た渡辺社長は「これは大切なことだから、すぐにやらなくてはいけないと感じた」という。

インターネットで中小企業庁が公表している「中小企業BCP策定運用指針」や、関東地方整備局の「建設会社のための災害時の事業継続簡易ガイド」をダウンロードし、社長自ら見よう見まねでBCPの素案を策定した。

BCPの必要性を即座に認識したのは、2004年に21年ぶりに噴火した浅間山の存在がある。「我々は昔から浅間山のことをよく知っていましたからそれほど驚きませんでしたが、別荘に住む最近村に入って来た人を中心にパニックに陥ってしまい、どうにもならない状況になってしまいました」(渡辺社長)。

携帯電話は輻輳してつながらない、降り注ぐ灰で交通は麻痺・・・。それでも、県や役場からの出動要請を受け、同社では降灰除去作業などに出動した。「当時はBCPという目標があったわけではなく、役所に言われて、やれる状態だったからやっただけです。会社として何か体系だって、こうした災害時にスムーズに動ける仕組みを整えておくべきだと考えさせられました」と渡辺社長は振り返る。

そのスムーズに動ける仕組みこそが、関東地方整備局からアンケートとして示されたBCPだった。

昨年の秋以降、同社では、渡辺社長が策定したBCPの素案にもとづき、現場で働く若手社員が加わり、BCPの基本方針や計画の中身を拡充していった。今年1月には、利根川水系砂防安全対策協議会(会長:国土交通省利根川水系砂防事務所長)が開催した砂防関係工事安全施工管理技術発表会で、自社のBCPへの取り組みを発表し、見事、最優秀賞を受賞。3月には、関東地方整備局全体の発表会においても優秀賞を獲得するという快挙を成し遂げた。

■警戒レベルをトリガーに設定


多くの国内企業が策定している地震対応のBCPとは違い、同社は浅間山の噴火という地域特有の自然災害を想定している。

「浅間山の噴火で、建設会社は何をすべきか、どうあるべきなのか、命からがら逃げていいのか、災害に負けていいのか。BCPは、地域貢献をしながら田舎で生きている建設会社の存在意義そのものなのです」と渡辺社長は語気を強めて必要性を訴える。

気象庁では、火山活動の状況を、噴火時などの危険範囲や必要な防災対応を踏まえて警戒レベル1(平時)から5(避難)までの5段階に区分している。予知が極めて難しい地震災害と比べると、火山の噴火は、傾斜計やGPSにより多角的に観測されていることから、比較的に事前に前兆をとらえやすいと言える。そこで、同社では、この警戒レベルに合わせて、BCPのトリガー(発動基準)を設定。具体的には、警戒レベル3の「居住地域の近くまで重大な影響を及ぼす噴火が発生、あるいは発生すると予想される」状態になったら、災害対策本部を立ち上げるとともに、原則として全社員が自主的に会社に集まることにしている。

ただし、噴火の状況によっては、実際に全社員が集まれないケースも考えられる。実際、1783年(天命3年)の噴火では、溶岩や火砕流により、浅間山のふもとを流れる吾妻川の南側(右岸 浅間山側)を中心に大きな被害が出た。そこで、同社では万が一の場合でも、被害が少ないと考えられる吾妻川より北側(左岸)で、会社から1㎞以内に住む11人を緊急要員と指定。交通網が仮に機能しなくても彼らを中心に、初動にあたれる体制を整えている。

■8段階で災害対応


具体的な対策は、ステップ1の災害時組織体制からステップ8の重要業務の選定と目標時間の決定という形で、それぞれまとめている。ステップ1(災

害時組織体制)では、災害対策本部の設置、緊急要員の指定のほか、携帯メールを使った安否確認の訓練を定期的に行っている。浅間山の噴火の場合、噴火の予兆が出た際と、噴火した後の2度にわたる安否確認が必要になることも予想されることから、特に力を入れて対策を講じている部分だ。また、指揮命令系統については、社長や専務などキーパーソン不在時でも指揮・命令が滞らないよう代理体制まで整備。その上で、本部、土木班、建築班、災害復旧班の4班体制で対策を行うことにしている。本部は情報管理や安否確認、土木班は土木の構造物関係の安全確保、建築は建築関係の安全確保にそれぞれあたる。災害復旧班は災害対応に出動する重機オペレーターら直営部隊だ。

ステップ2は「災害対策拠点及び代替拠点の確保」。本社が吾妻川に近いことから火山泥流が流れ込んだ場合には使えなくなることも予想され、河川北側(左岸)で本社より40m程、標高が高い専務の自宅を代替拠点に指定した。ステップ3(関係先に対する情報発信及び情報共有の準備)と4(契約者である災害協定先を明確にし、要員の安否を確認)では、発注者や協力会社、病院など関係機関について連絡先・担当窓口を整理。ステップ5(避難方法、二次災害防止策、緊急要員のための備蓄、救命機材準備)では、社員の避難場所を決めるとともに、食料や飲料水も180食分(20人×3日分)を備蓄するなどの対策を実施している。そして、ステップ6が、「最も手間がかかった」(渡辺社長)という「重要情報・書類などのバックアップの実施」。遠隔地でのサーバの二重化など多額は投じられないため、本社と各工事現場が重要データをそれぞれ定期的にDVDおよびハードディスクに保存し、代替拠点となる専務宅に保管しているという。今後は実際のデータ立ち上げ訓練なども行っていく予定だ。

ステップ7の「人員と資機材の調達の準備」では、土木・建築技術者、重機車両の種類と台数、オペレーターの数など、被災後に業務を続ける上で必要となるリソース(経営資源)を日常的に把握している。最後のステップ8における「重要業務の選定と目標時間の決定」については、過去の噴火経験を生かして作成したとする。「2004年の噴火がなかったら、降灰除去作業が重要業務になるなんて、思いつかなかったと思います」(同)

■降灰除去など目標時間を設定
同社のBCPにおける重要業務と目標時間は次の通りだ。

【道路応急対策】
■レベル3における道路封鎖、迂回、案内看板設置
 →指示を受けてより、1時間以内に設置完了
■村内生活機能継続のための道路交通確保[降灰の除去]
 →指示を受けてより、1時間以内に作業開始(2004年は3日を要したので、機材をあらかじめ準備し、早期機能復帰を図る)
■当社分担区域内道路施設点検報告(自社施工中現場含む)
 →レベル3発令より、1時間以内に点検開始
 ●発注者・災害協定先に順次報告、12時間以内に点検報告終了
 ●発注者・災害協定先指示事項に1時間以内に着手

【河川応急対策】
■調査指定河川施設、砂防施設の点検(自社施工中現場含む)
 →レベル3発令より、1時間以内に点検開始
 ●発注者・災害協定先に順次報告、12時間以内に点検報告終了
 ●発注者・災害協定先指示事項に1時間以内に着手

【建築物応急対策】
■調査指定建築物の点検(自社施工中現場含む)
 →レベル3発令より、1時間以内に点検開始
 ●発注者・災害協定先に順次報告、12時間以内に点検報告終了
 ●発注者・災害協定先指示事項に1時間以内に着手

一般的な地震のBCPに比べると、初動における目標時間が極めて早い。「浅間山の場合は、いきなり爆発するということはまずありませんから、何らかの準備ができるわけです」と渡辺社長はその理由を説明する。

初のBCPを発動

■2月に浅間山が噴火


今年2月、同社のBCPを試すかのように浅間山が再び噴火した。

2月1日の午後1時、浅間山の警戒レベルは2から3に引き上げられ、役場には対策本部が設置された。同社では役場と連絡を取りながらBCPを発動。午後2時には、日曜日にも関わらず10人の社員が会社に集まった。

午後3時、同社に対して県から、有料道路の封鎖作業についての要請が来た。担当者が直ちに出動し午後5時までには完全に設置を終えることができたという。「もう少し事前体制を整えていれば1時間以内には設置ができたと思います」と渡辺社長は苦笑いをしながら振り返る。

2日未明、浅間山は噴火。幸い規模は小さく地域に大きな被害はなかった。「実際にBCPがどのようなものか体験できた点ではリアルな実地訓練を行うことができたと言えます」(渡辺社長)。

現在同社では、月2回ある朝礼で、社長や担当者が全社員に対してBCPの内容を繰り返し説明している。6月24日には、毎年恒例の安全大会で、協力会社約40社に対して、自社のBCPの取り組みを発表した。「協力企業との連携はこれからの重要課題です」(同)

今後は共同訓練なども増やし、連携を強化していきたいという。

また、今後、県や国に対しても、浅間山噴火時の対応について、目標時間などが整合性の取れるよう話し合っていきたいとしている。もちろん、地震BCPなどについても、次の段階として策定を視野に入れる。

渡辺社長は「地域の建設会社がどんどん潰れ、除雪や災害対応を地域で行えない状況になっている中で、地域貢献企業である我々が生きていくにはBCPのような取り組みは不可欠。逆に、災害にも負けないように企業力を高めれば、田舎会社であっても都市企業に負けないはず。国はそうした企業に仕事を出したいと言っているのだと思います」と話している。