環境容量の喪失というリスク 部分最適では解決できない
横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院
佐土原聡教授に聞く

 
横浜国立大学副学長
大学院都市イノベーション研究院教授
佐土原聡氏 さどはら・さとる

1980年早稲田大学理工学部建築学科卒業、85年同大学理工学研究科建設工学博士課程単位取得。同大学理工学部助手、同大学理工学研究所特別研究員を経て、89年から横浜国立大学に。2000年大学院工学研究科教授、01年大学院環境情報研究院教授、11年大学院都市イノベーション研究院教授。専門分野は都市環境工学、都市・地域防災。著書に「都市科学事典」(編集代表・春風社)など。


今年も異常な猛暑と記録的豪雨が各地で発生。自然現象が猛威の度を増す半面、社会は人口減と高齢化、都市の過密化と地方の過疎化が止まらず、脆弱の度を増している。官民でレジリエンスが叫ばれているが、来るべき未来の姿は見えてこない。環境、防災の問題に対応した持続可能な社会システムとはどういうものか、有効なツールや対策は何か。横浜国立大学副学長で同大学大学院都市イノベーション研究院教授の佐土原聡氏に聞いた。

根本的な問題は人間と自然の関係性にある

――連続の猛暑と豪雨で今年は異常気象だといわれます。気候変動による環境リスクと極端気象による災害リスク、どのように関連付けて整理すればよいでしょうか?
少し視野を広げて見てみましょう。まず我々の生存基盤は、地形の上に成り立っています。そして地表や地下に水が流れ、空気が通って、いろいろな場所に雨を降らす。そうした水と大気の循環がベースにあるわけです。

この大地と水と大気の場に、生物が長い時間をかけて自分たちの生存基盤を築いてきました。そこへ最近になって人間が加わり、居場所を急速に広げてきた。ただし大原則として、あらゆる生物が大地と水と大気の場をシェアしながら生きているわけです。

そうした環境を人間視点で見たとき、安全が問題になったり、健康が問題になったり、利便性が問題になったり、快適性が問題になったりします。例えば地表や地下に水が流れているのは普段からある現象ですが、大雨が降って洪水が起きると人間に被害を与えますから、それを防災の専門家が問題にしてアプローチする。また、川や地下水の水質が悪くなると、これも人間の生活に影響を与えるおそれがありますから、環境の専門家がアプローチします。

画像を拡大 データ出所:佐土原聡教授

つまり、生物の生存基盤における人間にとっての不都合な事態を、人間が専門を分けて見ている。しかし、問題の根本は人間と自然との関係性、それがよい関係か、悪い関係かにありますから、一部だけ見ていても解決しません。本来は学問分野の垣根なく、一体的に対処しないといけない。例えば「川と人との関係はどうあるべきか」といった、大きな問いを立てて考えないといけないのです。

――人間と自然の関わり方に対するアプローチが問われるのであれば、その問題は近現代に限らず、人類が地球上に出現した時点からあったことになります。
そうですね。これも少し視野を広げて整理してみましょう。

まず重要なのは、生物の生存基盤、大地と水と大気の場は、止まっているわけではないということです。場は常に動いている。場を動かしているものが何かというと、おおもとは太陽エネルギーです。太陽エネルギーが水や大気を動かし、長い年月をかけて地形を動かす。

加えて、地球内部のエネルギーもある。深海では常時噴き出していますが、地表面でも火山噴火や地殻変動などがときどき立ち現れます。つまりすべての物質は、元をたどれば太陽と地球のエネルギーを原動力に循環している。そしてすべての生物は、その循環の範囲で生存しているのです。

ただし、人間がほかの生物と違うのは、言語を持ったこと。これにより、経験によって得た情報を知的資産として蓄え、次の世代に引き継ぐことが可能になりました。人間が一生のうちに得られる情報はたかが知れていますが、言語を持ったことで、我々は前の世代、その前の世代、さらに前の世代の情報も使うことができます。

この情報を使って技術を発展させた人間は、自分たちに有利になるようエネルギーを最大限にマネジメントしてきました。太陽エネルギーは平等に地表に降り注ぎ、植物を筆頭にすべての生物がそれを利用しますが、我々はそこに太陽光発電パネルをかざし、空間軸を超えて利用します。

あるいは地下に眠っている太古の生物の死骸、いわばエネルギーが経年劣化して変質した状態といえますが、これを掘り返して再び燃料に使います。まさに時間軸を超えてエネルギーを利用する。このように、放っておくと増大していくエントロピーを制御し、産業を発展させ、文明を築き、数を増やし、寿命を延ばしてきたのです。

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