従業員を帰らせるも留まらせるも安全配慮義務が基本
丸の内総合法律事務所弁護士 中野明安氏に聞く

帰宅困難者対策で企業が法的側面から考えるべきことは(写真:写真AC)
 
丸の内総合法律事務所 弁護士

中野明安氏
なかの・あきやす



1991年弁護士登録(第二東京弁護士会)、丸の内総合法律事務所入所。日本弁護士連合会災害復興支援委員会委員長、関東弁護士会連合会災害対策協議会WG座長、第二東京弁護士会災害対策委員会委員長、災害復興まちづくり支援機構事務局次長、災害総合支援機構副代表理事など多数歴任。一時滞在施設の確保に関するワーキンググループ(内閣府)有識者委員、東京都今後の帰宅困難者対策に関する検討会議委員など。弁護士業務は会社法、労働法、企業における災害対策、安全配慮義務、リスクマネジメントを含む企業法務全般。


前項では帰宅困難者対策の現状と課題、今後の取り組みのポイントを整理した。ここでは、企業が一斉抑制などの取り組みを進めるうえでの法的留意点を整理したい。帰宅困難者対策という社会的な要請に応えるのは企業の責務だが、そこには従業員や顧客、株主との間の民事上の権利義務関係もからむ。内閣府一時滞在施設の確保に関するWG有識者メンバーでBCPや安全配慮義務に詳しい丸の内総合法律事務所弁護士の中野明安氏に、企業が法的側面から考えるべきことを解説いただいた。
(本文の内容は11月15日開催の危機管理塾の内容をQ&A形式にまとめ直したものです)

企業には社会貢献の責務がある

Q. 災害時、法令上の企業の責務とはどのようなものですか?
災害対策基本法には、住民らの責務とともに事業者の責務が書かれています。特に7条第1項、第2項は事業者に関する内容で「防災上重要な施設の管理者」や「防災に関する責務を有する者」は、法令または地域防災計画の定めるところによって責務を果たさなければならないとされています。

「防災上重要な施設」というのは、実は企業にたくさんある。これは災害時に被害の拡大を防止する施設のことで、例えば避難場所として適当な空地を有する施設、駐車場がある施設、ロビーがある施設などがあてはまります。

次の「防災に関する責務を有する者」は消防法上の防火管理者・防災管理者ですから、これもほとんどの企業が該当する。つまり、企業は災害対策基本法7条第1項に該当する事業者だということ。法令または地域防災計画の定めるところによって責務を果たさなければならない立場だと自覚しなければなりません。

7条第2項は、少し限定的な書き方で「災害応急対策や災害復旧に必要な物資・資材または役務の供給・提供を業とする者」は災害時においても事業活動を継続的に実施するとされています。これはまさにBCP。事業継続を前提とし、災害復旧に協力しなさいということです。

ここでいう「災害応急対策や災害復旧に必要な物資・資材または役務の供給・提供を業とする者」は、裾野が広い。例えば病院が該当するとして、病院に資材を納める流通業者や搬入搬出する運搬業者、資材を製造するメーカーもあてはまります。企業は法的にも、災害だからといって簡単に業務を止められないのです。

Q. 帰宅困難者対策も、法令上の企業の責務ですか?
東京都の帰宅困難者対策条例、これは東京都の施策ですが、内容はどの都市圏でも参考になるので紹介します。

ここで事業者の責務としているのは、まず第4条で施設や設備の安全性を確保すること、従業員と家族の連絡手段を確保しておくこと。これが一斉帰宅抑制に極めて重要で、しっかり準備しておかないと帰宅困難者対策の実効性が失われてしまうとしています。

第7条では、施設内待機のための備蓄を要求。帰らせないためには一定の準備が必要といっています。そして第8条は施設内での待機に係る案内、安全な場所への誘導を求めている。安全な場所に誘導することで帰宅困難者対策の実効性が確保されるということです。つまり施設管理者は、利用者保護のためにさまざまな準備をしないといけないわけですね。

加えて12 条は、知事の責務なのですが、東京都知事は民間施設に協力を求め帰宅困難者の受入体制を整備しなければならないとしています。つまり、民間企業は行政の受入体制をお手伝いする立場でもある。この点では東京都、自治体とどう連携するのかが課題です。

従業員・顧客・株主らとの権利義務も発生

Q. 責務を果たすために、企業はどのようなリスク管理を行えばよいでしょうか?
災害時、企業には社会貢献が求められるわけですが、しかしその時、従業員はどうなるのか、株主はどうなるのか、顧客や避難者はどうなるのか。そこにはまた別の、民事上の権利義務関係が発生します。これをどう解決するかが、企業の帰宅困難者対策のポイントです。

[図1]を見てほしいのですが、事業者には行政・自治体からさまざまな要求がなされます。前述の責務や努力義務、協力要請です。ただし、それらと同じレベルで労働者や利用客との間の安全配慮義務、権利義務を考えないといけない。

●帰宅困難者問題における事業者の責務の最大の特徴

画像を拡大  データ出所:上下とも丸の内総合法律事務所

帰宅困難者対策は社会貢献であり、利用客の安全を確保することが重要ですが、一方で従業員の安全対策も必要です。帰宅困難者対策のオペレーションを行うのはほかならぬ従業員です。つまり従業員への安全配慮義務を果たしながら、かつ利用客の安全を確保する。そのうえで社会貢献が求められる。そこに難しさがあります。

また、事業者には株主の目線もあります。もちろん株主は従業員や顧客がケガをして事業の信用を失墜させる事態を望んではいないでしょうが、そこには経済活動として一定の限界もある。費用をいくらでもかけられるわけではありません。善管注意義務(民法644条)をめぐってさまざまな判断をしなければならないところにも、悩ましさがあります。

最後に、従業員は法的にどういう立場かを付け加えておきましょう。冒頭で災害対策基本法7条の第1項と第2項を説明しましたが、従業員すなわち住民の立場は、第3項に定められています。それによると、住民は備蓄などによって自ら災害に備える、自ら身を守る立場です。

つまり、従業員は必ずしも守られる立場にいるだけではない。そのことを理解してもらい、自らの身を守るとともに必要な施策に協力しなければならない立場であることを周知しておく必要がある。そうでないと、いざという時に非協力的な社内環境ができてしまうおそれがあるからです。