BCP(事業継続計画)という言葉を聞けば、地震、津波、新型インフルエンザ、洪水など、自然災害や致死率の高い感染症を思い浮かべる人が多いだろう。イギリスでは、7月末から開催されるオリンピックに備え、各企業が事業継続計画の見直しを行っている。想定する脅威は「テロ」だけではない。大量に押し寄せる観光客による交通網の麻痺や、通信回線のダウン、デマによる従業員の大量欠勤など高い確率で起こりうる諸々の課題に対して、通常通りの業務が継続できるかを検証している。


利益を最大化するために政府・企業が対策強化

「オリンピックに備えたBCP(事業継続計画)を取材させてほしい」こんな依頼に、首をかしげる人は誰もいなかった。BCP 発祥の地と言われるイギリス。オリンピックを経済の好機ととらえるとともに、オリンピック期間中にビジネスを中断させる要因となる様々なリスクに備えた取り組みが始まっていた。

 オリンピックに沸くロンドン。と、思いきや、開催1カ月前の6月末、市街地を歩いても五輪の旗はどこにも見当たらなかった。オリンピックらしい風景といえば、テムズ川に架かるタワーブリッジに飾られた大きな五輪のマークと、オックスフォードサーカスの繁華街に各国の国旗が掲げられているぐらいだった。

 イギリスでは、エリザベス女王の即位60 周年を記念する「ダイヤモンド・ジュビリー」の祝賀式典が6月17 日に開催されたばかり。さらにテニスのウインブルドン選手権も開催中で街中の装飾が間に合わないほどビッグイベントが続いている。

 それでも、地下鉄や道路には、いたるところに、オリンピック期間中の混雑の回避を呼びかけるポスターや標識が設置されている(写真右)。


 オリンピックのために設けられた政府機関ODA( Olympic Delivery Authority: オリンピック運営局)で事業継続と危機管理の責任者を務めるSteveYates 氏は「厳しい経済状況にも関わらず、オリンピック開催前にすべてのチケットが売り切れておりとても順調だ。民間企業にとっては、絶好のビジネス機会になることは間違いないが、こうした大イベントがもたらす交通やスタッフの問題に企業は備えなければいけない」と指摘する。

 政府では、3年ほど前、ODA や同じくオリンピックの関連団体であるLOCOG(London Organising Committee of the Olympic and ParalympicGames:ロンドンオリンピック・パラリンピック組織委員会)に対して、オリンピック期間中における民間企業向けのビジネス継続のための小冊子を作成
するよう要請した。Yates 氏はその策定の中心としてかかわった人物でもある。Yates 氏は「ほかにいろいろな業界について精通している人を集めて、政府がどう対策を考えているか、民間はどう考えているかを融合して、BCP について何か提示できないかと思って小冊子を作った」と振り返る。

もし従業員が集まらなかったら?
 小冊子「Preparing your business for the games:オリンピックに向けたビジネス対策」では、オリンピック期間中、以下のような状況をイメージしてBCP を策定、あるいは見直すことを勧めている。

1、 もし、十分なスタッフがいなかったらどうなるか。
2、 もし、交通網が麻痺したら。
3、 もし、あなたのサプライチェーンが影響を受けたら。
4、 もし、あなたの事務所に立ち入れなくなったら。
5、 もし、ゲーム期間中に重大な事故や、危機が発生したら。

 その上で、BCP のアドバイスとして、次の5点を提案している。
・ 事業活動においてどのような側面が重要で、オリンピックゲームがどのようにそれらを途絶させるか考慮すること。
・ 事業の鍵となるようなサービスと製品を提供し続けることができるように、事業の中断に対処するための戦略を決定し、経営資源(人、建物、テクノロジー、調達品、投資家)などについても考慮すること。
・ この戦略を実行するための事業継続計画をつくること。
・ 大会までの準備期間中に、実際に計画を訓練してチェックしてみること。
・ 計画の重要性が組織のすべてのレベルで理解されるように落とし込むこと。

 このほか、具体的に考慮すべき点と解決のヒントが、従業員、インターネットとリモート環境、通信、交通(鉄道、道路)、インフラ、運送、サプライチェーンなど項目別に詳しく示されている。

見えているリスクに確実に備える
 BCP は本来、不慮の災害や事故に備えて作るものだ。特にイギリスは、日本の地震のように特定の大災害が多発することはなく、むしろ、テロなども含め幅広いリスクに備える必要があるため、1つの災害だけを想定して計画を作るのではなく、「もし建物に入れなくなったら」、「もし交通機関が動かなくなったら」、「もし人が集まらなかったら」など、災害や事故によって、結果的に経営資源が受けるだろう被害を考え、そうした事態になった場合に、いかに事業を継続させられるかという観点からBCP を作るのが主流だった。

 しかし、今回の“オリンピックBCP”は違う。Yates 氏は、オリンピックで予想される事業を混乱・途絶させる要素は特定できているので、それらに備えなくてはいけないとする。

 確かに、オリンピックは、いつ始まって、いつ、どこに何人の観光客が来るのか、それにより、どこでどのような問題が発生するのかが予想しやすい。

 この明確に見えているリスクに対して事業を中断させないことで、オリンピックというビッグイベントがもたらすビジネスチャンスを生かし利益を最大化させるという考えがオリンピックBCP の根幹にある。