単独行者のリスクマネジメントの心得とは(イメージ:写真AC)

■まったりとした時間の尾瀬だった

一人でまったりとした時間を過ごすのも山の楽しみ(イメージ:写真AC)

尾瀬ヶ原はすでに晩秋の気配が漂っています。広大な山吹色の原っぱの所々には池塘が広がり、透き通った快晴の空の青さを映し出しています。凛とした空気とノスタルジックな雰囲気、そして木道の真ん中に一人佇んで晩秋の湿原を眺めている自分。ハルトはこの孤独感が嫌いではありません。

しばらく歩いていくと、こんもりとした白樺の林の奥に今宵の宿がありました。冬季休業まであと数日を残すだけとなった山小屋はひっそりとしています。宿泊手続きをしながら、小屋番の青年に「今夜は僕だけですか?」とハルトが聞くと「あと2名いらっしゃる予定です」

一人湯船につかるのも至福の時間(イメージ:写真AC)

もうお風呂は入れますよ、とのことだったので、大部屋の隅にリュックを置き、一風呂浴びに行きました。一人ゆるゆると湯船につかりながら、まったりとした時間を楽しみます。「悪くないねえ…」などとハルトには似つかわしくないセリフを口にしながら、夕食はきのこ尽くしの鍋料理かな、などと想像しました。

部屋に戻ると2人の登山者が寝床をこしらえていました。どちらも単独行のようです。一人は60代のYさん、もう一人はハルトより少し若そうなNさんです。「こんにちわ」とお互い声をかけ、みなそれぞれの寝床に陣取ると、夕食までの手持ち無沙汰の時間の中で、Yさんが話の口を切りました。

「若い頃は仲間と山に登っていたけど、歩調を合わせるのがちょっとつらくなってきてねえ。10年ほど前からは、一人マイペースで歩くことが多くなりましたよ」。ハルトがすかさず返事をします。「僕なんかは一人歩きの方が性に合っているので根っからの単独行です」

■単独行は危険なのか?

3人の会話は、夕食の席についてから自然に弾むようになりました。「単独行は危険だなんてよく言われるけど、必ずしもそうとは言えないですよね」とNさん。

単独行は危険なのか(イメージ:写真AC)

「過去の遭難事例を見れば、パーティ登山だって危険ですよ。単独でもパーティでも舵をとるのは基本的に一人だから、もしリーダーやガイドの判断や指示に誤りがあれば、全員が誤った方向へ引きずられることになります。下手をするとメンバーの信頼関係が破たんして、ばらばらの行動をとるはめになる」

ハルトが答えます。「単独登山=無謀登山なんてステレオタイプ的な見方も嫌ですね。よくニュースや山の雑誌なんかにあきれ返るような迷惑登山者の事例が出ている。彼らの多くは心から山が好きというわけではなく、商品や観光スポットとしての山を体験してみたくなっただけです。いわゆる野次馬的な人々と言ってもよいかもしれない」

ここでYさんが単独行の株を上げます。「単独行者の多くは慎重かつ自立した人たちなんだよね。山はどんなところか知っているから、あやふやな気持ちでは怖くて登れやしない。ただ、その自立心が裏目に出て、心配をかけまいと誰にも言わずに山に出かけてしまうという難点はあるけど。いずれにしても無謀登山は個人に根差した問題であって、単独登山のスタイルと一緒くたにしてはいけない」