暴風警報と児童生徒の登下校――6月の気象災害――
暴風警報は休校の判断基準を目的としていない

永澤 義嗣
1952年札幌市生まれ。1975年気象大学校卒業。網走地方気象台を皮切りに、札幌管区気象台、気象庁予報部、気象研究所などで勤務。気象庁予報第一班長、札幌管区気象台予報課長、気象庁防災気象官、気象庁主任予報官、旭川地方気象台長、高松地方気象台長などを歴任。2012年気象庁を定年退職。気象予報士(登録番号第296号)。著書に「気象予報と防災―予報官の道」(中公新書2018年)など多数。
2023/06/20
気象予報の観点から見た防災のポイント
永澤 義嗣
1952年札幌市生まれ。1975年気象大学校卒業。網走地方気象台を皮切りに、札幌管区気象台、気象庁予報部、気象研究所などで勤務。気象庁予報第一班長、札幌管区気象台予報課長、気象庁防災気象官、気象庁主任予報官、旭川地方気象台長、高松地方気象台長などを歴任。2012年気象庁を定年退職。気象予報士(登録番号第296号)。著書に「気象予報と防災―予報官の道」(中公新書2018年)など多数。
2004(平成16)年は台風の当たり年だった。上陸台風は10個を数えた。言うまでもなく、気象庁の72年間(1951~2022)の台風統計における上陸台風最多年となっている。しかも、第2位は6個(2016年、1993年、1990年の3回)だから、2004年はダントツの第1位だ。この記録は、当分破られないのではないか。
その2004年には、早くも6月に2個の上陸台風が現れ、いずれも高知県に上陸した。11日に上陸した第4号は史上5番目、21日に上陸した台風第6号は史上10番目に早い上陸台風である。台風第4号による死者・行方不明者はなく、浸水被害が37棟発生したほか、交通機関に影響が出た。台風第6号では、死者・行方不明者5人、負傷者116人、住宅損壊224棟、浸水61棟などの被害が発生した。
台風0406号(2004年台風第6号)の上陸に際しては、被害というほどではないが、暴風警報と児童生徒の登下校の関係がクローズアップされた。今回はこの問題に注目してみる。
台風0406号の経路図を図1に示す。6月12日3時にカロリン諸島で発生した熱帯低気圧は、13日21時にヤップ島付近で台風となった。この台風は、フィリピンの東海上を北上しながら、14日から15にかけて爆発的に発達して大型の非常に強い台風となり、16日9時には生涯を通じての最強勢力(中心気圧915ヘクトパスカル、最大風速50メートル/秒)を獲得した。その後は針路を北北西にとり、20日朝に沖縄近海に達するまでの約4日間がこの台風の最盛期であった。20日朝に転向点を過ぎ、台風は次第に東進成分を持ち始めたが、東へは向かわず、加速しながら北上成分の大きい動きを見せ、21日9時半頃、暴風域を伴ったまま高知県室戸市付近に上陸した。その後台風は、兵庫県を通り、若狭湾付近から日本海を進み、22日3時に津軽海峡西方で温帯低気圧に変わり、さらに北海道西岸沖を北北東に進み、オホーツク海を経て、アリューシャン列島の南海上へ進んだ。
この台風により、高知県室戸岬で最大瞬間風速57.1メートル/秒(21日7時40分、南東)を記録するなど、中心付近では暴風が観測された。また、紀伊半島や四国の太平洋側で、18日から22日にかけての総降水量が400ミリメートルを超えたところがあった。
台風の接近に伴い、近畿地方の各府県では、6月21日の明け方に次々と暴風警報が発表された。最初に発表されたのは和歌山県で、4時30分の発表である。次いで、5時00分に兵庫県南部、5時10分に京都府南部、5時20分には大阪府と三重県に発表された。滋賀県は少し遅かったが、それでも6時40分には発表された。ところが、奈良県だけは7時を過ぎても暴風警報が発表されず、取り残される形になった。奈良県に暴風警報が発表されたのは10時32分で、周囲の府県より5時間以上も遅く、そのとき台風は徳島県内を北北東に進んでいた。暴風警報の発表状況の経過を図2に示す。
このような状況下、気象庁ホームページの「ご意見・ご感想」には、疑問や不安を訴える投書が寄せられ始めた。奈良県だけ警報が出ない…、奈良県は本当に安全なのか…、子どもを学校に送り出して大丈夫なのか…、といった具合である。図2のような状況では、奈良県民が不安を抱くのも当然かもしれない。当時、インターネットというツールが普及し始め、国民が官公庁に直接アクセスできる新しい窓口として、ホームページが急速に浸透しつつあった。
暴風警報が発表されると学校が休みになる地方は多い。2004年当時も、近畿地方では、朝の時点で暴風警報が発表されていれば休校、というルールが一般的であった。だから、6月21日は学校が休みになった府県が多かった。しかし、奈良県だけは例外である。奈良県では、朝、暴風警報が発表されていなかったので、台風が接近していても、子どもたちの登校する姿が見られた。それを不安に思った人の率直な気持ちが、先の投書になったと思われる。
6月21日朝の時点では、奈良県内で風の強いところはなく、児童生徒の登校に問題はなかった。問題が起きたのは、その後である。授業開始後の10時32分、奈良県に暴風警報が発表されたことにより、授業は打ち切られ、児童生徒は風雨の中を下校することになった。保護者を始め、教員や、多くの奈良県民から、疑問を訴える声があがった。ドシャ降りと強風の中、びしょ濡れになって…、児童が帰宅するには危険…、黙っていられない…、警報を早めに出せなかったのか…、中途半端な時間帯に発令しないでいただきたい…、災害を加担しかねないタイミング…、学校の対応にも問題…、というわけである。
では、実際の風の吹き方がどうであったかというと、この日、奈良県内で観測された風速は、南部の十津川(とつかわ)村風屋(かぜや)における10メートル/秒が最大であった。これは、警報基準(20メートル/秒)はおろか、注意報基準(12メートル/秒)にも達していない。奈良地方気象台で観測された最大風速は6.8メートル/秒、最大瞬間風速は19.3メートル/秒であった。
東海地方でも、暴風警報が発表されると休校措置がとられるのが一般的である。台風0406号の接近に際し、中心の経路から東側にやや離れた東海地方でも、暴風警報の発表された県があった。
岐阜県では、6月21日8時25分に暴風警報が発表されたが、1時間45分後の10時05分に強風注意報に切り替えられた。これを児童生徒の立場からみると、登校した直後に暴風警報が発表され、休校が決まって下校を始めた頃に警報が解除されたが、そのまま帰宅した、ということになる。台風に、いや暴風警報に、振り回されたという印象が強かったであろう。
愛知県では、9時58分に暴風警報が発表された。岐阜県とは異なり、すぐに解除されることはなかった。既に授業が開始されていたが、途中で打ち切られ、児童生徒は下校を開始。調理中の給食は廃棄処分となった。
気象庁のホームページには、怒りにも似た投書が寄せられた。1時間半かけて学校に行ったのに、SHR(ショートホームルーム)だけで下校…、雨風の中歩いて家帰る…、すごく危ない…、傘もさせずにズブ濡れ…、警報発令は遅すぎ…、もっと早く警報出して…、気配りがない…、何のための暴風警報…、など。
東海地方における実際の風の吹き方を見ると、この日、岐阜市で33.6メートル/秒、名古屋市で32.1メートル/秒の最大瞬間風速が観測されており、台風を実感させる風が吹いたと言ってよいであろう。警報の基準要素となっている10分間平均風速で見ると、岐阜市で観測された最大風速は17.0メートル/秒であり、これは岐阜県の警報基準(17メートル/秒)と同じである。すなわち、岐阜市では、かろうじて警報に合致する風が吹いた。ただし、岐阜市で最大風速や最大瞬間風速が観測されたのは、警報が解除された後の15時前後であった。一方、名古屋市で観測された最大風速は15.7メートル/秒であり、愛知県の警報基準(陸上20メートル/秒、海上23メートル/秒)には届かなかった。
台風に関する解析と予想の発表は、すべて気象庁本庁の統制によって行うことが決められている。図3に、21日6時観測(左)および21日9時観測(右)による台風予報図を示す。いずれも、観測時刻の50分後までに気象庁本庁から発表されたものである。21日6時現在(左図)では、台風は足摺岬の南約90キロメートルにあり、北北東へ進んでいた。赤円は風速25メートル/秒以上の暴風域で、台風中心の南東側に広く、北西側に狭い。台風は四国東部に上陸し、近畿北部を通って、21日18時には北陸地方の沿岸部または海上に進むと予想された。暴風域の大きさが変わらなければ、奈良県にも暴風域がかかることになるが、奈良県は内陸部のため、暴風域に入ったとしても、風速はかなり弱められると見られた。
ところが、その3時間後の21日9時の資料(右図)では、様子が少し違っていた。暴風域の大きさに変化はないが、台風の中心位置が室戸岬のすぐ近くに解析され、台風が3時間前の予想進路の幅の最も東寄りのコースを進んでいることが分かった。このことが何を意味するか、奈良地方気象台は決断を迫られたであろう。結局は、奈良県内の風速の予想が上方修正され、暴風警報が発表された。既に暴風域がすぐ近くに迫っており、ぎりぎりのタイミングでの警報発表であった。しかし、結果として、この日、奈良県では警報に相当する風は観測されなかった。
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