2014/02/26
防災・危機管理ニュース
【特別寄稿】
災害時における企業の安全配慮義務の検証から企業防災のさらなる取り組みへ
丸の内総合法律事務所 弁護士 中野明安

この判決は平成23年3月11日の東日本大震災の津波被災に関するものです。七十七銀行女川支店の行員ら14人のうち13人が支店屋上に津波から逃れるために避難したもののその後全員が津波に流され、12人が死亡・行方不明となりました。遺族らは職員だった家族の死亡等は同銀行が使用者としての安全配慮義務を懈怠していたためであるとして、同銀行に対して損害賠償を求めていましたが、仙台地方裁判所は、2月25日に「請求棄却」の判決をくだしました。私は、この判決(以下、七十七銀行判決と言います)は今後の企業の防災活動の規範的な意味を有することとなると思っていますが、そのポイントを確認してみたいと思います。

1 安全配慮義務の適用範囲について
今回、七十七銀行判決では、「会社は、従業員が業務に従事するに当たっては、その生命及び健康等が地震や津波といった自然災害の危険からも保護されるよう配慮すべき義務を負っていた」を明確に判示しました。「自然災害なのだからやむを得ない」などという考え方や言い訳は通用しないということです。実は、これまで企業の労働者に対する安全配慮義務は災害時にも求められると思いつつも、現実に判決で「裁判所が考える安全配慮義務とは」どのように判断するのか、ということはなかなか確認できませんでした。これまで明確な検証を経てこなかった法的論点に裁判所の1つの判断が加わったものです。
2 安全配慮義務を尽くしたかどうかの検討について
七十七銀行判決は、会社の労働者への安全配慮義務が災害時にも適用されることを示した上、以下の論点を取り上げ、会社の安全配慮義務違反の有無を検討しました。
(1) 立地の特殊性に合わせた店舗の設計義務違反について
(2) 安全教育を施した者を管理責任者とする配置義務の違反について
(3) 避難訓練等実施義務の違反について
(4) 災害対応マニュアルの適否、同マニュアルに支店屋上を避難場所に追加したことについて
(5) 情報収集義務違反について
(6) 最初から別の高台に避難すべき義務について
(7) 被告本店の指揮等の対応について
前述のとおり、私は、七十七銀行判決は今後の企業防災活動の規範となると申し上げましたが、その理由の1つは、この判断項目です。もちろん原告の主張構成がそうだから、ということもありますが、防災のチェックリストかと見間違うほどの内容です。法的に安全配慮義務違反となるかどうかの検討に当たってもこのような防災活動において検討が必要とされる論点が検討項目に挙げられるということです。
そのうえで、たとえば店舗の設計については女川町の過去の津波の最大高を確認したうえで、店舗の高さにかかる設計建築義務違反はないと判断しています。また、災害対応マニュアル(七十七銀行では「災害対応プラン」という名称で策定をしています)に記載する避難場所を選定する際には、行政機関と相談し、また行政機関等が提供する情報に基づき避難場所の選択肢を増やすなどこととしたということでした。避難訓練等の実施義務については、マニュアルの周知、年に1回は防災体制の確認及び通信機器等の操作訓練等を実施し、社内広報誌においても被害想定などを記した行政機関作成の報告書の内容を紹介し、実際の避難場所までの避難訓練の実施も行い、その他避難場所の伝達、資料の回覧などもしていたということです。さらに、情報収集については、大津波警報の認識と、海の見張り、ラジオ放送の視聴、ワンセグ放送の視聴などが職場でなされており、義務違反とは言えないとしています。
これらの検証の結果、最大震度6弱の長時間にわたる揺れを体験したとしても屋上を超す巨大津波の予見までは困難と判断し、そして、屋上に避難するとの会社(支店長)の判断が不適切だったとはいえない、と結論づけました。
このように法的観点から安全配慮義務を尽くしたかどうかを判断するということは、具体的にはどういうことをどのように検討するのか、ということを七十七銀行判決は企業のみなさんに示した、ということができると思います。1つの事例に対する判断(判決)ではありますが、それは今後の防災には大きな規範となると考えます。
3 災害時における安全配慮義務の履行について
七十七銀行判決では、請求棄却という結論になりましたが、企業の皆さんにとっては、大きな課題が示されたものと認識していただきたいと思います。すなわち、裁判所ではひとたび災害時に従業員が死傷するなどの事態に至ることで、企業の安全配慮義務違反を争点として様々な検証、例えば企業の防災意識を高めているか、防災マニュアルは適切か、見直しを継続して取り組んでいるか、訓練を適切に実施しているか、など、様々な観点からの検証を受ける、ということです。
繰り返しますが、これまで災害時における企業の従業員に対する安全配慮義務が争点となりこれほど詳細に検討をし、判断をした事例というものを私は知りません。企業においては、現時点で直ちに、その防災レベル=安全配慮義務(法的義務)の履行度チェックをするべきという警鐘を鳴らした判決という位置づけが的確と感じます。
以上
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