2013/01/29
防災・危機管理ニュース
インターリスクレポートより
株式会社インターリスク総研コンサルティング第二部 篠原雅道
インターリスクレポートは、MS&ADインシュアランスグループのリスクコンサルティング会社であるインターリスク総研が、企業を取り巻く様々なリスクについてご提供するリスク情報誌です。
はじめに
2011年3月11日に発生した東日本大震災は、広範、かつ長期的複合災害であったことから、企業の事業継続への取組みを始め、様々な活動へ大きな影響を及ぼすこととなる未曾有の大災害であった。本稿では、企業に取組みが求められる事業継続マネジメント(BCM)を、東日本大震災の事例を参考に、その実効性を高めていくための各種課題を浮き彫りにする。その過程では、インターリスク総研社が2011年8月から9月にかけて実施した日本の全上場企業(3,209社。ただし、被災地に本社を置く企業は除く)に対してのBCM取組状況に関する実態調査(以下当社調査注)で判明した結果を参照した。これら知見に基づき、今後の事業継続の取組みに関して以下5項目につき提言したい。
■提言1:社会的責任の一環としての取り組み
企業は、大災害が発生しても、倒産することなく事業を継続し、社会的な責任を果たす役割を有する。企業は、事業を継続し、組織としての存続性があってこそ、様々な社会貢献を実現できるのだ。緊急時、企業は自治体や様々な団体と連携し、例えば食料供給や緊急物資の収集・配送など社会貢献が求められる。緊急事態が発生した場合でも、平常時に備えた対策がきちんと有効に働くことが大事であるし、地域住民、取引先、自治体との機能的な連携は欠かせない。図1は、当社調査による日本企業の事業継続に取組む契機についての調査結果であるが、「コーポレートガバナンス・CSR(企業の社会的責任)の一環」「顧客への供給責任を果たすため」や「従業員を守るため」といった自発的、な判断が大きく影響している。つまり、事業継続への取り組みについては、いかにして社会的責任を果たすかという視点で取組んでいく必要があるといえよう。
■提言2:事業継続性を向上させるための仕組み作り(BCMS)
当社調査によれば、東日本大震災をふまえて今後改善が必要である取組みとして、「事業継続能力を継続的に向上させる仕組み作り」、「組織内へのBCP(事業継続計画)取組みの浸透」、「組織力/危機管理対応力の向上」が上位3つに挙がった(図2参照)。
「事業継続能力を継続的に向上させる仕組み作り」とは、マネジメントシステムというPDCAの仕組み作りを指す。企業の継続性を担保するには、事業継続マネジメントシステムを構築・運用しながら、企業として事業戦略と事業継続戦略を一体化させ、取組みを推進することが重要である。そして、これら戦略には、企業にとってのステークホルダー(顧客や地域住民、自治体など)の期待やニーズを取り込むことが必要であることは言うまでもない。
組織としての目標を達成するためには、戦略を立て、それを明文化して社員に浸透させ、実行していくことが必要だ。また、本質的な対策として機能する事業継続戦略を持つためには、「特定のリスク(例:地震、台風)ごとにBCPを作成する」という取組みでは十分とはいえない。「重要な事業を継続するために必要な経営資源の調達性」という観点から(結果として多様なリスクを想定することとなる)包括的なBCPを策定していくことが求められる。ここでの経営資源とは、組織が活動し目的を達成するために、必要なときにいつでも利用できるように準備しておかなければならないすべての資産、人員、技能、情報、技術、施設、設備、並びに物資を指す。
企業が将来にわたって存続し、社会的責任を実現し続けるためにも、事業継続マネジメントシステム(BCMS)を構築し、その枠組みの中で、BCPの実効性を確実に高め、事業戦略と本質的に連動した事業継続の取組みを推進していくことが重要である。
■提言3:BCP(事業継続計画)の実効性確保
BCPは策定したら終わりではない。その実効性を担保するためには、様々な訓練・演習を実施していくことで、BCPの各機能を検証し必要に応じて向上させる必要がある。
当社調査によれば、策定に取組んでいる企業数は、着実に増加している(図3)。
また、東日本大震災時に事業継続の取組みが「うまくいった」「どちらかといえばうまくいった」旨を回答した企業の合計は、半数を上回っている。これは、「日頃の備えが活かされた結果である」(ある製造業A社)と考えることができよう(図4)。
一方で、今回の震災において「BCPの有効性・実効性が十分ではなかった」ことや、「より強化・改善が必要だ」と反省する企業も多数存在することが判明した。物流業B社や製造業C社のように「BCPを策定していたにもかかわらず、役割分担を決めていなかったために、うまく機能しなかった」という企業などがこの典型である。また、目標復旧時間を設定していなかったので、いつの時点でどのように具体的な復旧作業に着手するかについても対応できなかったと指摘する企業もあった。
策定後のBCPが正確に機能する仕組みとして維持していくためには、平常時(緊急時ではないとき)の教育・訓練が重要である。教育や訓練によって必要なスキルを個人・組織レベルに落とし込んでいくとともに、そのプロセスで見つかる問題を抜き出して、BCP全体を修正、改善していくことが求められている。
同じく当社調査によると、多くの企業でBCP策定後の取組みに以下のような課題が浮き彫りになっている。
前述の通り、BCPの有効性向上のためには、教育・訓練のプログラムが必要である。各教育・訓練の実施にあたっては、目標および目的を定め、その目標を達成できたかどうかを評価することが大切である。
また、訓練においては、様々な状況を想定したシナリオを作成しなくてはならない。つまり、不測の事態に備えるためには、事業の中断を引き起こすトリガーとなり得る災害やイベントを単純に想定するアプローチでは十分とは言えない。企業を取り巻くリスクや脅威は歴史的にも多種多様であり、常に変遷を続けている。将来に向けてすべてのトリガーを想定することは不可能に近い作業である。では、どのように訓練を企画していけばよいのだろうか。初めから複雑なシナリオに対して複雑な対応作業を実践するのではなく、基礎となる訓練をいくつも積み重ねることが重要である。また、同時進行で組織内にBCPを浸透させていくためには、容易に作成できるシナリオから、段階を経て複合的な災害・リスクを想像し、結果としてさまざまなシナリオを想定した訓練を重ねる必要がある。製造業D社は、1週間で最重要の業務を再開させる訓練を行うなどの対応を行っている。これらの訓練については、客観的な評価を得て、さらに実効性を高めるべきである。そのためのひとつのアプローチとして「BCIの実践的ガイドライン2010グローバルエディション」に掲載されている各種テスト(=訓練)を活用、踏襲することが推奨される。
■提言4:サプライチェーン継続のための取組み
サプライチェーンを継続するためには、まず取引先(供給者や外部委託先)の操業停止が自社に与える影響等を評価し、把握する必要がある。次に、その取引先が、BCMにどのように取組んでいるのか確認することが重要である。さらに、サプライチェーンとしての全体的な事業継続性を高めていくため、取引先と連携し共同での訓練を実施することなどを検討、実施していくことが求められる。実際に、政府・内閣府は、サプライチェーンの継続性を観点にした訓練を実施・推奨している。
東日本大震災は、サプライチェーンを取り巻くリスクについて再考する好機となった。帝国データバンクによると、今般の震災に関連して300社を超える企業が倒産したことが判明している。このうち直接損害で倒産した企業は約10%であり、残りの90%弱の企業は間接損害(取引先の操業停止など二次的に発生した損害)によって倒産したと言われている。
当社調査によれば、非被災地域においても東日本大震災により影響を受けた企業は約75%存在しており、「取引先の操業停止などによる調達・供給の困難」という影響を受けた企業はそのうちの約3分の1を占めている。間接的影響による倒産の多くが原材料の供給停止、売り先の事業中断など、サプライチェーンの途絶により発生している。また同じく約73%の企業は「取引先がBCPを策定している必要がある」と認識しているものの(図5)、取引先に対してBCPの策定を要請している企業は1割にも満たない(図6)。ましてやBCP策定を取引の条件としている企業は、現時点、国内では非常に限定的といえる。
表面的にBCMが奏功して、自社体制が目標復旧時間内で復旧できたとしても、直接の取引先や自社で直接把握できていない二次、三次サプライヤーからの供給途絶を原因として、結果として自社の業務も停止せざるを得ないという事態も想定される。サプライチェーン継続のためには、次のようなチェックポイントを網羅する対策が肝要である。特に自社の主要な製品・サービス提供の継続に必要な取引先については、当該企業にも同等のBCP取組みを実践するよう要請し、これを確認すべきである。
・基幹製品となるものから順に、その製品の製造に必要な原材料・部品等についてサプライチェーンの実態を把握する。
・調達先、供給先や外部委託先の洗い出しやそれぞれに対する依存度を特定し、自社に対する影響度を把握する。
・目標復旧時間を実現するために、取引先などにBCP作成を要請する。
・取引先のBCP実効性を確認する。
特定の業種や一部のサプライチェーンでは、業者間での協力体制(原材料の融通や代替生産など)が震災前から構築されており、円滑な事業継続取組みが展開できたという事例も報告されている。例えば、製造業E社は、海外からの調達先候補を震災前から洗い出し、検討を行っていたため、原材料が調達できないことによる影響を最小限に抑えた。また中小企業にも業者間の広域な連携組織や、設備の貸与や代替生産によりサプライチェーンを維持した例も見られる。しかしながら、その他の企業では、震災を経て既存のBCPの限界や課題を実感しており、取引先と連携したBCM取組みや訓練の共同実施など、サプライチェーンの継続性向上に資する取組みを検討し始めている。
■提言5:組織力及び危機管理対応力の向上
前掲した図2のとおり、今後改善が必要な取組みとして「組織力/危機管理対応力の向上」が挙がっている。これは、BCMの有効性の向上のためには、事業継続を受け皿として受け持つ組織の強化=組織文化への組み込みが必要であるということを示している。災害発生時においても組織が事業を継続するためには、組織の文化としてBCMが定着していることが必要である。
BCMSの国際的規格である英国規格BS25999-2では、「組織の文化にBCMを組み込む」ことが要求されている。これは組織の構成員に対して、緊急時に組織戦略、組織の事業継続戦略実現のためにどのような貢献ができるかを確実に認識させることに他ならない。具体的には、緊急事態が発生した場合、まず自分自身はどのように緊急時対応をすればいいのか、そして、その後の事業継続のためにどのように組織に貢献すればいいのか、といったことを浸透させることである。
組織として緊急時の危機管理対応力を向上させるためには、平常時からその準備を進めておかなければならない。教育・訓練を通じた組織への浸透はもちろんのこと、その組織を引っ張る強いリーダーを育成することにも注力すべきである。
当社が2011年7∼8月実施した「組織パフォーマンス向上への取組みに関する実態調査」によれば、リーダーに求められる資質・特性の上位3つは、平常時・緊急時ともに共通している(図7を参照)。言い換えれば、平常時の組織力向上は、緊急時の危機管理対応力の向上に直結する。平常時に組織力を高めていくことで、緊急時の危機管理対応力は自ずと向上することになる。平常時より、社長自ら事業継続への取り組みを率先していた製造業F社は、東日本大震災により事業が停止したが、3日後週明け月曜日に、暫定復旧と本格復旧を開始する目標日を従業員に宣言し、これを実現させた。リーダーシップが発揮されたことに加え、リーダーと現場の感覚にずれがなかったことを示す好事例である。
また、リーダーシップの発揮は、経営者のみならず現場の管理職、担当者レベルにも求められる。各階層にバランスよくリーダーを配し、統制の取れた危機対応、事業継続対応ができるよう体制整備行い、訓練等によってそのパフォーマンスを確認することが成功へのステップであり、鍵となる。
おわりに
今後、事業継続の取り組みは世界的に益々推進されていこう。現在、国際的には、事業継続の国際標準(ISO22301)が正式発行され、国内外で事業継続の取組みが新たな段階を迎えており、今後企業などの関心は益々高まることが予想される。企業は、可能な範囲で早期にマネジメントシステムとして取組みに着手し、ステップバイステップで構築していくことが求められる。当然のこと経営者には、ステークホルダーの視点に立つ能力(経営能力)が求められている。BCMを経営戦略として捉えることにより、企業は災害耐力を増し、結果として企業価値も向上する。本提言が一助となれば幸いである。
【著者】
株式会社インターリスク総研コンサルティング第二部
BCI日本支部代表理事
BCMSユーザーグループ理事長
BCAO副理事長
日本危機管理学会常任理事 篠原雅道
【お問い合わせ】
㈱インターリスク総研 コンサルティング第二部 BCM第一グループ TEL.03-5296-8918
※本誌は、マスコミ報道など公開されている情報に基づいて作成しております。また、本誌は、読者の方々および読者の方々が所属する組織のリスクマネジメントの取組みに役立てていただくことを目的としたものであり、事案そのものに対する批評その他を意図しているものではありません。
転載元:株式会社インターリスク総研 InterRisk Report No.12-063
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