パリ・オリンピック競技大会をめぐる脅威

2024年7月26日から8月11日までの間、第33回オリンピック競技大会がフランス・パリを中心に開催される予定です(パラリンピック競技大会は、8月28日から9月8日までの間)。現時点で既に開催まで100日を切っており、今回はブラジルのリオデジャネイロ・オリンピック競技大会以来、8年ぶりのコロナ禍の制限がない大会となります。

今大会では、「ゲームズ・ワイド・オープン」をスローガンに、フランスの伝統的なモニュメント、環境に配慮した会場が利用される予定であり、例えば、パリ市内では、エッフェル塔スタジアム(ビーチバレー)、コンコルド広場(スケートボード等)、アレクサンドル3世橋(トライアスロン等)、パリ市庁舎(陸上)が活用され、また、パリ郊外では、ベルサイユ宮殿(馬術等)、エランクールの丘(自転車等)も利用される予定です 1

さらに、今回のパリ・オリンピックの開会式では、選手等1万人以上が約160隻の船舶に乗り、セーヌ川を約6キロメートルにわたって航行する予定で、約30万人が河川敷で開会式を観覧できる見込みです 2。この形式は、競技場以外で開催される初の開会式となるとのことです。ただし、マクロン大統領は、2023年12月、開会式の直前に連続テロが起きた場合などを想定し、「潜在的な脅威が発生した場合のプランBやプランCなどが当然ある」と述べ 3、その後、同大統領は、パリのトロカデロ広場やスタッド・ド・フランス(国立競技場)のいずれかに、開会式会場が変更される可能性があると述べました 4

1. オリンピックとテロとの関連性

(1)オリンピックがテロの標的となる可能性
少し前の話ですが、1972年のドイツ・ミュンヘン・オリンピック競技大会においてイスラエル選手団襲撃事件が、1996年の米国・アトランタ・オリンピック競技大会においてオリンピック百年記念公園爆弾テロ事件がそれぞれ発生しています。

オリンピックは、世界各国からメディア関係者が取材のため派遣され、多くの国・地域に試合や街の状況等が放映されるなど、世界の耳目を集める世界最大のスポーツイベントの一つであると言えます。そのため、テロを標榜する組織や個人は、オリンピックに便乗することで自らの犯行や主義主張を世界に向けて即座に発信でき、一定の被害が出た場合は、開催国に対する政治的・経済的な打撃を与えやすいと言えます。よって、オリンピックはテロの標的になる可能性が常に内在すると考えられ、主催国はその威信をかけて安全対策に万全を期します。

(2)パリ・オリンピックの警備体制
2024年4月10日、パリ・オリンピック・パラリンピック組織委員会のエスタンゲ会長は「パリ大会で実施されるセキュリティ対策は最高水準のもので、開会式では4万5000人が警備にあたるなどその規模は極めて大きい。大会成功のカギはセキュリティにかかっていて大会全体の安全が確保されなければならず、なりゆき任せは一切ない」と強調したと報じられています 5

(イメージ:写真AC)

他方で、既にオリンピックへのテロへの懸念も指摘されており、フランス当局だけでは対処するのが厳しいため、ポーランドやドイツ等がオリンピック警備のために警察官をフランスに派遣すると発表しています 6。現時点でオリンピック開催中、フランス警察と憲兵隊を併せて最大4万5000人に加えて、軍兵士1万8000人、民間警備員約2万人の動員も検討されている模様です。

なお、2021年7月23日から8月8日までの間に開催された東京オリンピック競技大会では、都道府県警察において、約5万9,900人(最大時の警察官動員数の合計)の警備体制を構築し、各会場等における警戒警備・車両突入テロ対策、大規模集客施設等に対するテロの未然防止対策、小型無人機対策等に取り組んだとされています 7

(3)フランスのテロ警戒レベル
2024年3月24日、フランス当局は「モスクワでの事案を受け、イラク・レバントのイスラム国(ISIL)による犯行声明とフランスが直面する脅威を踏まえ、国内のテロ対策行動計画を最高の『urgence attentat(テロの切迫)』に引き上げる」旨を発表しています。また、4月9日の報道によれば、ダルマナン内務大臣はパリ・サンジェルマン(PSG)対FCバルセロナの欧州チャンピオンズリーグ準々決勝第1戦(パリ西部パルク・デ・プランスにて開催)の警備を強化する旨も述べました。

これらを踏まえると、フランスにおけるテロ警戒レベルは既に最高水準まで高められており、また、インテリジェンスを活用して、何らかの具体的なテロに係る脅威情報も逐次入手する体制も確保していると推察されます。今後オリンピックが近づくにつれて、また、オリンピック期間中は個別具体的なテロ脅威情報を入手し、状況に応じてそれに伴う警備体制を強化していくものと考えられます。

(4)中東情勢の影響
現在進行しているイスラエルとハマスとの紛争やイランによるイスラエルへの攻撃等を受けて、パレスチナ自治区やレバノン南部を中心に、イスラエル及びその周辺国では戦闘が発生しており、当面イスラエルを巡る地域情勢は流動的です。今後もイスラエルとハマス等との戦闘が続く場合、またイランとイスラエルによる対抗措置が継続する場合、中東地域のみならず世界各地において、イスラエル人や欧米人等をターゲットとした事件がこれまで以上に発生する可能性が否定できません。さらに、パレスチナへの連帯を示す関連の抗議活動が世界各地で行われていることも報じられています。

フランス当局は、イスラエル国防軍のガザ地区(パレスチナ自治区)での行動に対する批判を強めており、本件に関する外交的スタンスや中東における軍事的プレゼンスが米英とやや異なることを踏まえると、フランス権益がテロの標的になる可能性は低いという見方もあるかしれません。しかし実際に、2023年10月7日以降、フランスにおいて次の関連する事案が発生しています。

  • ・    2023年10月13日:アラスの学校において、1人が刺殺、3人が負傷する事件が発生。犯行者は過去にイスラム過激派の容疑で逮捕されていた。
  • ・    2023年12月2日:パリにおいて、過激派組織「イスラム国」(IS)に忠誠を誓っていたとみられる人物がエッフェル塔から1キロ未満の地点でナイフとハンマーを使って襲撃し、1人を殺害、2人を負傷させた事件が発生。犯行者はテロ容疑事件で4年間服役していたが、2020年に釈放されていた。