2018/08/27
安心、それが最大の敵だ
粕壁中学教師時代の作品
楸邨が粕壁中学に勤務したのは昭和12年(1937)までの8年間で、その間の作品は「寒雷」(処女作)に収められている。「古利根抄」(昭和6~9年作)などの中から私の好きな句を抜き出してみよう。
・洲の鴨のふたたび鳴かぬ夜の雨
・摘みわけてゐる綿の実に夕日影
・降る雪にさめて羽ばたく鴨のあり
・行く鴨にまことさびしき昼の雨
・山茶花(さざんか)のこぼれつぐなり夜も見ゆ
・行きゆきて深雪の利根の船に逢ふ
・老いし水夫(かこ)吹雪の面を手に拭う
・あわれなる寄生木(やどりぎ)さへや芽をかざす
・末枯に鶏をはしらせ電車来ぬ
暴風雨くる夜の人ごゑは晩稲刈(おくてがり)
稲妻のきらめく畦(あぜ)に稲負へり
稲妻のちから衰へしぐれきぬ
・菜が咲いて鳰(にお)も去りにき我も去る
秋桜子の勧めで「馬酔木(あしび)」発行所に勤務しながら、東京師範学校(現筑波大学)の上にできた国立大学で今日の大学院に相当する東京文理大学国文科に進学する。31歳の大学生(実質的には研究生)である。
・身のほとり木の芽の光ふるごとし
◇
昭和26年(1951)秋、楸邨が46歳の時、高齢の彫刻家・詩人高村光太郎を岩手県の山間地山口村(当時)の自己離謫(るたく)の地に訪ね初面会をした。印象記を「俳句遠近」に載せている。「人間探求派」らしい文章の一部を引用したい。
「光太郎翁はこんなことをいわれた。『僕はバッハのブランデンブルグ協奏曲がどうしても聞きたくなることがある。それは今花巻の知人の家にしかない。思いたつと僕はすぐ花巻まで歩いてゆく。そしてとにかく何よりも先にブランデンブルグ協奏曲に耳を傾ける。するとだね、僕の中に睡っていたものがさっと目を覚まして、僕の中で生きて動き出すんだ。これが消えない中に薄(すすき)の原の中の夜道を山口村に帰って来るのだよ。君、その道道、薄の上の空をだね。ブランデンブルグ協奏曲が波濤のように走り奏でられるんだ。僕ももちろんその曲の中で歩いている。月も星も薄も何もかも曲の中にあるわけだ』。私は残念ながらそれまで音楽には縁が遠くて親しむことがなかった。両手をタクトのように振りながら話してくれる翁の水っ洟(ルビぱな)がときどき飛び散ったことを忘れることができない」。
傑出した芸術家の精神性をこれほど見事に描いた訪問記にはなかなか巡り会えない。
- keyword
- 安心、それが最大の敵だ
- 加藤楸邨
- 萩原朔太郎
- 俳句
- 詩
安心、それが最大の敵だの他の記事
おすすめ記事
-
企業理念やビジョンと一致させ、意欲を高める人を成長させる教育「70:20:10の法則」
新入社員研修をはじめ、企業内で実施されている教育や研修は全社員向けや担当者向けなど多岐にわたる。企業内の人材育成の支援や階層別研修などを行う三菱UFJリサーチ&コンサルティングの有馬祥子氏が指摘するのは企業理念やビジョンと一致させる重要性だ。マネジメント能力の獲得や具体的なスキル習得、新たな社会ニーズ変化への適応がメインの社内教育で、その必要性はなかなかイメージできない。なぜ、教育や研修において企業理念やビジョンが重要なのか、有馬氏に聞いた。
2025/05/02
-
-
備蓄燃料のシェアリングサービスを本格化
飲料水や食料は備蓄が進み、災害時に比較的早く支援の手が入るようになりました。しかし電気はどうでしょうか。特に中堅・中小企業はコストや場所の制約から、非常用電源・燃料の備蓄が難しい状況にあります。防災・BCPトータル支援のレジリエンスラボは2025年度、非常用発電機の燃料を企業間で補い合う備蓄シェアリングサービスを本格化します。
2025/04/27
-
自社の危機管理の進捗管理表を公開
食品スーパーの西友では、危機管理の進捗を独自に制作したテンプレートで管理している。人事総務本部 リスク・コンプライアンス部リスクマネジメントダイレクターの村上邦彦氏らが中心となってつくったもので、現状の危機管理上の課題に対して、いつまでに誰が何をするのか、どこまで進んだのかが一目で確認できる。
2025/04/24
-
-
常識をくつがえす山火事世界各地で増える森林火災
2025年、日本各地で発生した大規模な山火事は、これまでの常識をくつがえした。山火事に詳しい日本大学の串田圭司教授は「かつてないほどの面積が燃え、被害が拡大した」と語る。なぜ、山火事は広がったのだろうか。
2025/04/23
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/04/22
-
帰宅困難者へ寄り添い安心を提供する
BCPを「非常時だけの取り組み」ととらえると、対策もコストも必要最小限になりがち。しかし「企業価値向上の取り組み」ととらえると、可能性は大きく広がります。西武鉄道は2025年度、災害直後に帰宅困難者・滞留者に駅のスペースを開放。立ち寄りサービスや一時待機場所を提供する「駅まちレジリエンス」プロジェクトを本格化します。
2025/04/21
-
-
大阪・関西万博 多難なスタート会場外のリスクにも注視
4月13日、大阪・関西万博が開幕した。約14万1000人が訪れた初日は、通信障害により入場チケットであるQRコード表示に手間取り、入場のために長蛇の列が続いた。インドなど5カ国のパビリオンは工事の遅れで未完成のまま。雨にも見舞われる、多難なスタートとなった。東京オリンピックに続くこの大規模イベントは、開催期間が半年間にもおよぶ。大阪・関西万博のリスクについて、テロ対策や危機管理が専門の板橋功氏に聞いた。
2025/04/15
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方