誹謗中傷の加害者となってしまうリスク
第10回:暴露系インフルエンサーの深夜の投稿
吉野 ヒロ子
1970年広島市生まれ。博士(社会情報学)。帝京大学文学部社会学科准教授・内外切抜通信社特別研究員。炎上・危機管理広報の専門家としてNHK「逆転人生」に出演し、企業や一般市民を対象とした講演やビジネス誌等への寄稿も行っている。著書『炎上する社会』(弘文堂・2021年)で第16回日本広報学会賞「教育・実践貢献賞」受賞。
2024/06/12
共感社会と企業リスク
吉野 ヒロ子
1970年広島市生まれ。博士(社会情報学)。帝京大学文学部社会学科准教授・内外切抜通信社特別研究員。炎上・危機管理広報の専門家としてNHK「逆転人生」に出演し、企業や一般市民を対象とした講演やビジネス誌等への寄稿も行っている。著書『炎上する社会』(弘文堂・2021年)で第16回日本広報学会賞「教育・実践貢献賞」受賞。
2024年5月22日の深夜のことです。ふとX(旧Twitter)を見ると、トレンドが星野源さん・新垣結衣さん夫妻の関連で埋め尽くされていました。なんぞ?と思ってクリックすると、すぐに暴露系インフルエンサーと呼ばれている滝沢ガレソ氏(@tkzwgrs)がXに下記のような投稿をしたことがわかりました。
名前は挙げていませんが、該当するのは星野さん・新垣さんしか思い当たりません。ですが、10億円支払ったという根拠が、他の方の投稿で2月にアミューズが10億円の損失を出していたからという話になっていて、アレ?と引っかかりました。そもそも、芸能事務所が出版社に10億円どかんと支払う、という状況に想像がつかなかったからです。
星野さんの所属事務所であるアミューズのサイトを見たら、24年の2月にIRリリースが出ていました。
「業績予想の修正に関するお知らせ」(2024年2月14日・株式会社アミューズ)
https://ssl4.eir-parts.net/doc/4301/tdnet/2398967/00.pdf
確かに営業利益の予想でマイナス10億円としています。ですが、「営業利益、経常利益、親会社株主に帰属する当期純利益につきましては、イベント制作に係る営業原価や、人件費等の固定費が増加したことに加え、新規事業が見込み通り推移しなかったこと等により、期首予想を下回る見通しとなりました」と普通に説明されています。
そもそも「東証プライム企業が、株主に説明できないような理由で10億円も使い、それをIRで虚偽の理由をつけて公表するとか今どきあり得るだろうか?」とか「出版社側は、このお金をどういう名目で受け取ればいいの?」とか「こんなもみ消しが通用するなら、旧ジャニーズ事務所はとにかく週刊誌の懐にお金をねじ込めばよかったのでは?」とか、私の頭の中は「?」でいっぱいになりました。
ですが、Xでは、このスキャンダルが本当だという前提で、喧々諤々、いろんな方がいろんな方向に噴き上がっていらっしゃいます。炎上の研究を通じて、人類は釣られやすい生き物だと認識していましたが、大変困惑してしまいました。
このスキャンダル?に対し、アミューズは異例の対応を取りました。同日の朝3時台に、アミューズ法務部のX公式アカウント(@AmuseLegal)が完全否定したのです。
「滝沢ガレソ氏によるXでの投稿に関連して、アミューズ所属の星野源の名前を挙げての憶測が拡散され当社にも多くのお問合せが寄せられています。星野源において当該投稿にある事実は一切なく、また当社が記事をもみ消した事実も一切ありません。虚偽の情報の拡散、発信には法的措置を検討いたします。(後段略)」
危機管理広報では素早い対応が必須と言われていますが、こんな時間に対応した事例を私は初めて見ました。また、メディアやネットでよろしくない情報が出た場合、「一部報道では」とか「ネットでは」というように相手方をはっきり書かないことが多く、「滝沢ガレソ氏」と名指しで否定しているのも、珍しいことです。アミューズ法務部の本気がうかがえる対応だと思いました。
このようなコメントを受け、翌朝からの各メディアの報道は「アミューズははっきり否定している」と組み入れたこともあってか、同社の株価にも大きな影響はなかったようです。
さらに、翌日、星野さん・新垣さんがソーシャルメディアを通じて否定し、28日には星野さんがパーソナリティをしている生放送のラジオ番組「オールナイトニッポン」に新垣さんも電話出演し、まったく事実ではないこと、星野さんのInstagramのアカウントに誹謗中傷が相次ぎ、新垣さんも心を痛めていることなどを話しました。
また、去年の冬あたりにテレビ関係者から夫婦関係が破綻しているのではないかという憶測が出て、芸能マスコミがかなり張り付いたけれど、引っ越しされたのがわかっただけで結局何もなかったのだという報道もあり、すぐに事実無根だという流れになりました。
ただし、一度思い込んでしまったことをなかなか修正できない方はいらっしゃいます。この記事を書いている5月31日では、Xでもまだ星野さんが不倫をしていると罵倒していらっしゃる方が散発的に見受けられ、それを見つけた方が、アミューズ法務部のアカウントに報告しているのを確認しました。
一度火がつくと、大勢では収まっても、少数の思い込みの激しい方がずっと攻撃を繰り返したりするのが、この種の問題の恐ろしいところです。
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