国際政治学者 和田 大樹

2015年1月早々、フランスの新聞社シャルリーエブドがアルジェリア系移民の集団に襲撃され、多くの無実の人々が犠牲となってしまった。その事件の実行犯の兄弟は、以前にイエメンにあるアルカイダの拠点で軍事訓練を受け、アルカイダなどの国際テロ集団との関わりが指摘されている。そしてその事件直後にテロには屈しないとする国際社会の強い団結が示される中、今度は日本人2名がイスラム国(IS)に人質として獲られ、殺害予告を受ける事件が発生し、日本中を震撼させた。

この事件では“なぜISへの空爆に参加しない日本”、“日本との間に直接的な歴史対立がなく、これまで中東諸国と良好な関係にある日本”がなぜ標的となるのかといった議論が少なからずある。しかし日本人がイスラム系テロリストの標的になったのは、何も今回が初めてなことではない。下記のとおり、日本とイスラム過激派との歴史を振り返れば、日本人が標的とされた(もしくは巻き込まれた)事件は多くあり、欧米と違い日本はイスラム系テロリストの標的になることはないとする意識を持つことが危険なのである。

今日の国際情勢では、ISのようなイスラム系テロリストもグローバル化の影響で多大なる情報を入手しており、“日本は米国の同盟国であり、我々の世界から石油を奪取する者”と判断されることもある。下記図1から図3(筆者作成)はその歴史について表にしたものである。

図1:日本とアルカイダ系組織との関わり

 1987年 後のアルカイダNo.3ハリド・シェイク・モハメドが静岡県などに3か月間滞在
1994年12月 マニラ発成田行のフィリピン航空434便が沖縄の南大東島付近上空で爆発し、那覇空港へ緊急着陸、日本人男性1名が死亡。実行者はアルカイダのラムジュ・ユセフ
2003年~2004年 アルカイダとの関わりがあるアルジェリア系フランス人リオネル・デュモンが偽造パスポートで4回入国し、計9か月間日本に滞在
2003年10月 アルカイダ幹部を名乗る人物が、インターネット上で日本も攻撃の対象になるとする声明を発表
2004年3月 スペインマドリッド列車爆破テロ後、イギリスのアラビア語紙に届いたアルカイダの犯行声明の中で、欧米と共に日本が名指しされていた
2008年4月 当時アルカイダのNo.2であったザワヒリが、“米国の同盟国である日本も攻撃対象”であるとする声明を発表

図2:9.11同時多発テロ以降発生した代表的な国際テロ事件

2002年10月 バリ島爆破テロ事件
2003年 ジャカルタ米国系ホテル爆破テロ
2003年 イスタンブール連続爆破テロ
2004年3月 マドリッド列車爆破テロ事件
2004年 ベスラン学校占拠人質テロ事件
2005年7月 ロンドン同時多発テロ事件
2005年 アンマン米国系ホテル爆破テロ
2007年 アルジェ国連事務所爆破テロ
2008年11月 ムンバイ同時多発テロ
2009年 ジャカルタ米国系ホテル爆破テロ
2010年7月 カンパラ同時多発テロ
2011年1月 モスクワ国際空港爆破テロ
2013年1月 アルジェリア・イナメナス襲撃事件
2013年4月 ボストンマラソン爆破テロ事件
2013年9月 ナイロビショッピングモール襲撃事件

図3:日本人が死傷したテロ事件

1997年11月 ルクソール事件(邦人 10名死亡)
1998年8月 在ケニア・在タンザニア両米国大使館爆破事件(邦人1名負傷)
2001年9月 米国同時多発テロ事件(邦人 24名死亡)
2002年10月 バリ島爆破テロ事件(邦人2名死亡 13人負傷)
2003年11月 イラク外交官射殺事件(邦人 2名死亡)
2004年10月 イラク日本人青年殺人事件(邦人1名死亡)
2005年7月 ロンドン地下鉄同時多発テロ事件(邦人1名負傷)
2005年10月 バリ島同時爆破テロ事件(邦人1人死亡)
2008年11月 ムンバイ同時多発テロ事件(邦人1名死亡 1人負傷)
2013年1月 アルジェリア・イナメナス襲撃事件(邦人10名死亡)

簡単ではあるが、図1~図3を観ただけでも、日本がイスラム系テロリストの標的となる場合があることが分かる。単に巻き込まれた事案が多いのも事実ではあるが、イスラム系テロリスト集団も、“いつ自分が警察に捕まるか、殺されるか分からない”という非常に緊張感を持った中でいる以上、“日本人だからやめておこう”などと冷静に判断できるものか。

そしていくら日本が歴史的にも、宗教的にも欧米国家ではないとしても、彼らは昨今の国際情勢、国際政治を独自に解釈し、“日本は米国の同盟国であり欧米の手先である”と判断することもよくある。私たち日本は確かに中東諸国との独自の外交を展開し、良好な関係を築いてきた。それは日本人として誇るべきことであり、今後も最大限発展させていかなければならない。しかしこのような事件にあっては、相手もイスラム初期のカリフ国家の復興を目指す(サラフィージハーディスト)集団である以上、欧米の政治的価値観や経済体制を取り入れ、非常に世俗化が進んでいる現在日本が、彼らを十分に理解し、人質事件の際にうまく交渉が出来るとは考えにくい。

当然のことではあるが、一般のムスリムの方々も彼らのやり方を非難しており、そのような難しい考えを持つ集団の標的に日本人もなることがあることを、我々は今後も強く頭に入れておく必要がある。

和田大樹

(わだ・だいじゅ)


1982年4月生まれ。専門は国際政治学、国際安全保障論、国際テロリズム、中東・アフリカの安全保障など。清和大学と岐阜女子大学でそれぞれ講師や研究員を務める一方、東京財団やオオコシセキュリティコンサルタンツで研究、アドバイス業務に従事。2014年5月に主任研究員を務める日本安全保障・危機管理学会から奨励賞を受賞。“The Counter Terrorist Magazine”(SSI, 米フロリダ)や “Counter Terrorist Trends and Analysis”(ICPVTR,シンガポール)などの国際学術ジャーナルをはじめ、学会誌や専門誌などに論文を多数発表、また行政機関、大手メディアへのアドバイス、コメントも行う。所属学会は日本防衛学会、日本国際政治学会、国際安全保障学会、防衛法学会など。学歴 慶応義塾大学大学院博士後期課程。