画像を拡大 2016年の熊本地震後に整備した「有事 実働マニュアル」。災害発生からの流れ がわかりやすくまとめられている

安否確認98%、被災社員には「一人ひとりに返事を」

安否確認は、10年前の反省を踏まえて自動化されている。国内で震度5以上の地震が起きると、出張中の社員も含め全社員に自動でメールが飛ぶ。今回はさらに「困っていることはないか」を問うフォームでの追加確認を2度実施し、翌日夕方までに約98%の安否を把握した。

その結果、被害の大きかった八代市・宇城市・氷川町などの地域に住む社員は7人、家族まで含めると27家族に上ることが分かった。「そこが分かれば、あとは徹底的にケアしていけばいい」(西川氏)

「水が出ない」「猫がいて避難できない」といった社員には社員寮の空室を提供。寮のどの部屋が使えるか、誰に頼めば最速で鍵を届けられるか、こうした課題には、西川氏と、詳細を把握している社員が連携して素早く解決していったという。

「私一人ではなく、日頃から現場をよく知る社員たちが的確に動いてくれたおかげです」と感謝を込めて語る。

もともと大事にしている「お客様の声からはじめる」という考え方は、社員に対しても同様。西川氏は「フォーム上の回答だけでなく、直接話すことで本音が聞けることもありました。控えめな社員も多く、本当の困りごとを打ち明けていない社員も複数いたように感じます。『 ありがとう、その人に聞いてみるね』の一言が大事。書いて、読んで、終わりはやめようと、全体への呼びかけより個別の対話を重視しました」と災害後のコミュニケーションの在り方を説明する。

働ける人が頑張る

被災した社員には十分な支援を行う一方で、被害を受けていない社員には、日常を維持し働き続けることの重要性を繰り返し伝えている。

社員を守ることと、顧客の期待に応えて事業を続けること。経営者としてのせめぎ合いを尋ねると、西川氏は「今回はせめぎ合いとは思っていません」ときっぱり言い切る。

「10年前に比べれば、私達経営陣もかなり余裕を持っていましたし、被災の対象人数は限られています。経済活動ができる私たちは、しっかり経済活動をして熊本にもお客様にも返していく。この方針は10年前と変わっていません」。

社員の中には、災害で不安を抱える人もいるが、出社できる環境を整えることの重要性を説く。

「大丈夫な人に『出てこなくていいよ』ということが、私はむしろ悪だと思っています。10年前、出社を呼びかけた時、出社できた社員は50%でした。一番被災して大変な社員に合わせて判断しがちですが、そこまで被害を受けていない社員もたくさんいますので、大変な社員を特定して徹底したフォローを実施。でも、自宅で何日間も誰とも話さず塞ぎ込むより、会社に出てくることで、みんな涙を流しながら喜んで話すんです。結果的に、社員とお客様を天秤にかけるのではなく、どちらの想いも共有することで、120%の力を出すことができます」

同社の代表的な商品である基礎化粧品「ドモホルンリンクル」や、医薬品「痛散湯」などは、10年、20年と使い続ける顧客が多い。発災当日からコールセンターにはお見舞いの言葉が寄せられ続けているという。

「2016年の熊本地震と比べると、2016年の避難者数は最大18 万4000人でしたが、今回は最大9000人と、被害は前回より局所的という事実がありました。それにもかかわらず、県外の方人から『10小高い丘の上に建つ再春館製薬所本社 年前よりひどいのでしょう』と声をかけられることもあります。観光業では、被災地から遠く離れた場所でもキャンセルが出て、すでに数十億円規模の損失が出ています。本来であれば、被災を免れた地域が経済活動を回し、その税収を被災地の支援に充てなければなりません。しかし、被害のない人にまで被災者意識が広がり、全国的に『ひどいところ探し』のような状況になっていることを危惧しています」(同)

2016年の地震では、発災5日目に全社員の前で「絶対に皆の安全をしっかり守る」と語りかけ、社員・家族・取引先に何度も手紙を書いた。しかし今回は、より心配させたくないという思いで、あえて同じことをしなかった。「そこまでやると、逆にみんなに重たいものとして捉えさせてしまいます。今回私たちへの被害はそこまでではない、普通に乗り越えていこうというメッセージでもあります」

事業継続の要は「顧客対応・製造・配送」自動倉庫に張り付いた

翌日の方針も、シンプルに「通常出社」とした。ただし条件を付けた。「大変な人、何かあった人は柔軟に在宅勤務も可能。コロナの時のように、在宅でもお客様対応ができるシステムを作った経験があるので、全員にパソコンを持ち帰ってもらい、自宅でも業務ができるようにしておきました。災害は予想がつきません。今日決めたことが明日も同じとは限らないので、後で選択肢が取れる形にしておくことを常に考えました」

事業継続にあたっては「お客様対応、製造、配送」の3つの指標で判断をしたという。「今回のボトルネックは配送、正確にはその手前の自動倉庫でした」と西川氏は説明する。約1カ月分の製品を収める自動倉庫の棚が崩れ、出荷ができない状態に陥ったのだ。10 年前も稼働再開に10日を要した最大の要因は、この「商品を出せない」ことだった。

「ここさえ埋まれば余裕が生まれるという感覚はありました。だから私は2 日目、一日中自動倉庫の復旧に力を注ぎました」(西川氏)。被害の程度が「10 年前の10分の1以下程度」だったこともあり、現場の復旧は極めて迅速に進んだ。

地震当日は出荷できなかった受注分についても、翌日には商品の取り出し・検品・梱包を完了させ、実質わずか1日で出荷を再開させた。

運輸会社の全国的な荷受け停止といった懸念事項も事前に想定範囲内として織り込んでおり、平時からの備えが真価を発揮した。あらかじめ設定変更のみで切り替えられるよう構築していた基幹システムを活用し、即座に神奈川県の物流拠点からの全国発送体制へ移行。これにより、荷受け停止地域からの出荷影響を最小限に抑え、本社機能に万一の事態が生じてもお客様へのお届けを継続できる強固なバックアップ体制を実証した。