2019/05/20
もしも社内で不祥事が起きたら
5.否認を貫く嫌疑対象者に対するヒアリング手法
(1)嘘を多く語らせる
多くの関係者から十分に供述を得、客観的証拠を揃えて準備万端といった状態で嫌疑対象者ヒアリングに臨んでも、どうしても自白をしない、全面否認に遭うこともあります。そのような嫌疑対象者にはどのようにヒアリングを行えばよいでしょうか。ポイントは、否認の対象者には多くを語らせる、ということにあります。嘘をついている場合には、語らせれば語らせるほど嘘を重ねていくものだからです。
最初に、オープン質問法により、否認する嫌疑対象者に好きなように弁解を多く語らせます。そのとき何をしていたのか、誰と会ったのか、何時に帰社したのか、どのような理由、誰の指示で業務文書を作成したのか、といった様々な確認事項について最初から追及スタンスで聞くのではなく、最初は自由に語らせるのです。この間、メモを取り、うなずきながら調子を合わせるようにして話をただひたすら聞く、こうして嫌疑対象者は「これで疑いをうまく晴らすことができた」とホッと安心した瞬間、調査担当者は「大変、申し訳ありませんが、今お話ししていただいた内容を最初からもう一度話して下さい」とお願いするのです。
嘘は、それを重ねるだけ拡大していくという性質があります。嘘に嘘を重ねるという性質です。それとともに、嘘の重要な性質として記憶に定着しないという性質があります。もしその者の記憶、頭に残っているビジュアルな記憶に基づいて話をするのなら、何度同じことを聞かれても同じ話を記憶を通じてすることができますが、嘘による作り話というものは、生身の「体験」と違って、それをもう一度繰り返して話すには記憶の定着度が弱すぎるのです。必ず、話に変遷があらわれ、質問者に嘘の作り話であることがばれてしまうのです。その変遷した点について、以前の説明との違いについて一答一門法を用いて追及すれば、観念するのも時間の問題です。一問一答法では、相手に考える隙を与えず矢継早に質問をします。こうするとさらなる作り話を考え出す暇がなくなり、致命的な嘘や白々しい嘘を言ってボロが出ることになるのです。
(2) 否認する理由を見極めたヒアリングの実施
このように追及してもさらに否認し続ける場合には、否認の理由を分析し、その理由に応じて手法を考える必要が出てきます。それでは、どのような否認の理由があり、どのような手法で対応すればよいのでしょうか。
以下に検討します。
否認する理由は大抵は次の4つに集約できます。
①自己保身、②家族、③共犯者を庇う、④会社への恨みや上司への反感、です。
①自己保身が否認の理由の場合
「会社を首になりたくない」「捕まりたくない」といった自己保身が否認の理由と考えられる場合は、今回の不祥事がどれだけ会社に損害を与え、信用を棄損し、全社員がバッシングの対象となっているかについて話し、辞退の重大性を理解させ、対象者に「保身だけを考えている自分は身勝手だ、卑怯だ」との気持ちを起こさせます。
②家族が理由で否認の場合
「家族に自己の不正を知られたくない」「会社から解雇されたら家族が路頭に迷う」などといった気持ちが否認の理由と考えられる場合には、それを逆手に利用して説諭します。「責任から逃れる態度は、却って家族のあなたへの信頼を裏切ることになりませんか」「お子さんは父親を嘘つきだなんて思いたくないでしょう」「あなたがどんな境遇になっても最後に味方になるのは家族なんですよ」などと家族の絆を強調すると、ヒアリングが奏功することがあります。
③共犯者を庇う
共犯者がいてその者を庇っているようなときは、「開眼説得」を試みます。「あなたは利用されているだけですよ」などと説得して、目を覚まさせる手法が効果的です。
④会社への恨みや反感
「会社の調査には協力したくない」という日ごろの会社への不満から生じる反感に対しては、「共感説得」が効を奏す場合があります。つまり「確かに会社にも問題がありますよ」などと共感を示して、相手とのチャンネルを構築するのが第一歩になります。その上で、最後には「そんな会社の犠牲になることなんてないんじゃないですか」などと説得を試みると効果を発揮する場合があります。
いずれにしても、こうしたヒアリング手法は高度なテクニックを要し、場合によっては、弁護士等の専門家に委ねた方が良い場合があります。
(3)否認を打ち崩すための最終手段
このように質問法を変えたり、理由によって対応を変えたりしてみても否認をする場合には、客観的証拠や関係者の供述を示し、そうした重要証拠に照らして嫌疑対象者の弁解が矛盾していることを指摘しつつ追及します。客観的証拠や関係者の証言は、ヒアリング当初は嫌疑対象者に示すべきではありません。逆にそうした証拠に「合わせた」新たな弁解を誘因する結果になるからです。しかし、ヒアリングも進み、嫌疑対象者の弁解も固定した段階に至っては、こうした客観的証拠を示し、関係者証言を紹介するなどして矛盾を突くことは効果的です。
これらの方法は正攻法ですが、時には心理作戦に出てみてもよいでしょう。具体的に言うと、ヒアリングを突然中断する。「そうですか、これほど伺ってもそのようにおっしゃるなら、もう仕方がありませんね、ここで打ち切りにしましょう」などと言って退席するのです。ヒアリング対象者としては、突然こうした扱いをされると不安になるものです。
また、情報を提供した関係者への疑念をわざと示すのも方法としてとられます。「やはり、○○さんのおっしゃっていたことはいい加減な嘘話なのですね。信用できませんね」などと嫌疑対象者に告げると、嫌疑対象者に罪悪感が生まれ、「やはり本当のことを話そう」という気を起こさせることがあります。ヒアリングはまさに心理戦なのです。
以上のようなあらゆる手段を用いても、嫌疑対象者が嘘の供述を変えない場合には、一問一答での回答内容を証拠化するしかありません。「嘘の証拠化」をするのです。こうした不自然な嘘の弁解を証拠化することによって、懲戒処分者の判断を容易にし、その処分に正当性を与えることになるのです。また、後に訴訟となっても、そうした白々しい嘘を裁判官が信用するはずもなく、敗訴リスクが低減します。
6.総括―ヒアリング手法のまとめ
以上4回にわたって社内調査におけるヒアリング調査について解説してきました。ヒアリングが社内調査成功の鍵ということが理解できたと思います。ヒアリングがうまくいくかいかないかによって、不祥事についての社内調査が成功するか失敗に終わるかが決定されるといっても過言ではありません。また、同じヒアリングでも、内部通報者、関係者、嫌疑者といった対象者ごとにその手法は異なるということも重要なポイントです。
ヒアリングの質問法について言えば、オープン質問法により多くの情報を得、一問一答法により相手の矛盾を突く、という違いがあるので、こうした手法を対象者および状況によって適切に使い分けることもさらに重要です。
弁護士法人中村国際刑事法律事務所
https://www.t-nakamura-law.com/
(了)
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