第8回 自治体の事業継続 (上)
東日本大震災で明らかになった自治体BCPの必要性

小山 和博
外食業、会計事務所勤務を経て、(株)インターリスク総研にて 2007 ~ 2017年の間、事業継続、危機管理、労働安全衛生、事故防止、組織文化に関するコンサルティングに従事。2017 年よりPwC総合研究所に参画し、引き続き同分野の調査研究、研修、コンサルティングを行っている。
2016/06/30
業種別BCPのあり方
小山 和博
外食業、会計事務所勤務を経て、(株)インターリスク総研にて 2007 ~ 2017年の間、事業継続、危機管理、労働安全衛生、事故防止、組織文化に関するコンサルティングに従事。2017 年よりPwC総合研究所に参画し、引き続き同分野の調査研究、研修、コンサルティングを行っている。
はじめに
本稿の締め切り間際となっていた2月28日、時事通信社が行った自治体における事業継続計画(以下、BCPという)の策定状況に関する調査報道に接した。この報道によれば、都道府県、政令市、県庁所在市の98自治体中、BCPの策定が完了した自治体は49自治体にのぼる。一方、未策定の49自治体のうち策定中なのは32自治体で、残りの17自治体は「予定なし」「か検討中(時期未定)」と回答したとも報じられている。この記事では、優先業務の選定に関する庁内の調整などが策定の障害とされている。
編集部注:「リスク対策.com」本誌2014年3月25日号(Vol.42)掲載の連載を、Web記事として再掲したものです。(2016年6月30日)
国が全上場企業に対してBCPの策定を求めている状況において、一部自治体がBCP策定の必要性を感じていないとしたら、東日本大震災の教訓が生かされていないと考えられる。そこで、当初の予定を変更し、自治体におけるBCPを取り上げる。今回は、自治体におけるBCPの必要性について具体的な事例に基づいて検討することとし、策定の手法については次回に解説する。
東日本大震災前の状況
わが国の地方自治体では、災害対策基本法に基づく対応の基本計画として「地域防災計画」が準備されており、災害への初動、応急、復興に向けた各種対応については、この中に定められている。このため、東日本大震災以前、自治体関係者の中には、BCPの策定は屋上屋を架すものではないかという見方が根強くあった。
一方、2009年11月に内閣府(防災担当)、総務省消防庁が実施した全国の都道府県と市町村を対象とした地震発生時の業務体制に関する調査では、47都道府県庁のうち37団体(78.7%)、1795市区町村のうち1696団体(94.5%)が地震発生時の業務体制が整備されていないと回答しており、地域防災計画を実行する仕組みがないという実情があった。このような事態に至った要因について、自治体職員へのヒアリング調査の結果に基づく一例を表1に示す。
東日本大震災における自治体の被害と対応例
このような準備状況の下、2011年3月に東日本大震災が発生し、各地に甚大な被害を生じた。特に自治体では、庁舎自体が損壊し、機能停止に陥った事例が少なくなかった。
一例として、岩手県上閉伊郡大槌町(かみへいぐんおおつちちょう)の事例を取り上げる。
大槌町は、東日本大震災により、市街地の約6割が津波の浸水被害を受け、全人口15277人の11.2%にあたる1709人が死亡・行方不明となる大きな被害を記録した。中でも町役場は、特別職を除く職員136名中32名(23.5%)が死亡・行方不明という甚大な被害を受けた。
同町の地域防災計画では、地震が発生した場合、町役場に津波が迫る危険があるため、海抜約25メートルの高台にある大槌中央公民館に対策本部を設置することが定められていた。ところが、町長も副町長も防災を所管する総務課長もこの計画を把握していなかった。
そのため、地震動が収まった際、町長は大槌町災害対策本部を役場前の駐車場に設置する決定を行った。テントや机を設置し、第一回対策本部会議を開催しようとするところで、津波が町役場を襲った。その結果、町長、課長級職員7名全員が行方不明となり、その後全員の死亡が確認された。一般職員も129名中25名が死亡・行方不明となった。行政経験の豊富な管理職が一度に失われたことはその後の役場運営に深刻な影響をもたらし、行政が最も機能を発揮する必要がある発災直後に、町役場の行政能力は著しく損なわれることとなった。
業種別BCPのあり方の他の記事
おすすめ記事
入居ビルの耐震性から考える初動対策退避場所への移動を踏まえたマニュアル作成
押入れ産業は、「大地震時の初動マニュアル」を完成させた。リスクの把握からスタートし、現実的かつ実践的な災害対策を模索。ビルの耐震性を踏まえて2つの避難パターンを盛り込んだ。防災備蓄品を整備し、各種訓練を実施。社内説明会を繰り返し開催し、防災意識の向上に取り組むなど着実な進展をみせている。
2025/06/13
「保険」の枠を超え災害対応の高度化をけん引
東京海上グループが掲げる「防災・減災ソリューション」を担う事業会社。災害対応のあらゆるフェーズと原因に一気通貫の付加価値を提供するとし、サプライチェーンリスクの可視化など、すでに複数のサービス提供を開始しています。事業スタートの背景、アプローチの特徴や強み、目指すゴールイメージを聞きました。
2025/06/11
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/06/10
その瞬間、あなたは動けますか? 全社を挙げた防災プロジェクトが始動
遠州鉄道株式会社総務部防災担当課長の吉澤弘典は、全社的なAI活用の模索が進む中で、社員の防災意識をより実践的かつ自分ごととして考えさせるための手段として訓練用のAIプロンプトを考案した。その効果は如何に!
2025/06/10
緊迫のカシミール軍事衝突の背景と核リスク
4月22日にインド北部のカシミール地方で起こったテロ事件を受け、インドは5月7日にパキスタン領内にあるテロリストの施設を攻撃したと発表した。パキスタン軍は報復として、インド軍の複数の軍事施設などを攻撃。双方の軍事行動は拡大した。なぜ、インドとパキスタンは軍事衝突を起こしたのか。核兵器を保有する両国の衝突で懸念されたのは核リスクの高まりだ。両国に詳しい防衛省防衛研究所の主任研究官である栗田真広氏に聞いた。
2025/06/09
危険国で事業展開を可能にするリスク管理
世界各国で石油、化学、発電などのプラント建設を手がける東洋エンジニアリング(千葉市美浜区、細井栄治取締役社長)。グローバルに事業を展開する同社では、従業員の安全を最優先に考え、厳格な安全管理体制を整えている。2021年、過去に従業員を失った経験から設置した海外安全対策室を発展的に解消し、危機管理室を設立。ハード、ソフト対策の両面から従業員を守るため、日夜、注力している。
2025/06/06
福祉施設の使命を果たすためのBCPを地域ぐるみで展開災害に強い人づくりが社会を変える
栃木県の社会福祉法人パステルは、利用者約430人の安全確保と福祉避難所としての使命、そして災害後も途切れない雇用責任を果たすため、現在BCP改革を本格的に推進している。グループホームや障害者支援施設、障害児通所支援事業所、さらには桑畑・レストラン・工房・農園などといった多機能型事業所を抱え、地域ぐるみで「働く・暮らす・つながる」を支えてきた同法人にとって、BCPは“災害に強い人づくり”を軸にした次の挑戦となっている。
2025/06/06
リスク対策.PROライト会員用ダウンロードページ
リスク対策.PROライト会員はこちらのページから最新号をダウンロードできます。
2025/06/05
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方