第13回 食品製造業の事業継続(1)

小山 和博
外食業、会計事務所勤務を経て、(株)インターリスク総研にて 2007 ~ 2017年の間、事業継続、危機管理、労働安全衛生、事故防止、組織文化に関するコンサルティングに従事。2017 年よりPwC総合研究所に参画し、引き続き同分野の調査研究、研修、コンサルティングを行っている。
2016/08/04
業種別BCPのあり方
小山 和博
外食業、会計事務所勤務を経て、(株)インターリスク総研にて 2007 ~ 2017年の間、事業継続、危機管理、労働安全衛生、事故防止、組織文化に関するコンサルティングに従事。2017 年よりPwC総合研究所に参画し、引き続き同分野の調査研究、研修、コンサルティングを行っている。
ある古典落語に「食う寝るところに住むところ」という一節がある。子どもに名前を付けるに当たり、食と住に困ることがないようにという願いを込めて提案されたものである。食べることの不自由が命の危機に直結するのは、江戸の昔から変わらない。
現代の日本社会において、国民の食を支える役割を担うのは、食品製造業である。食品製造業の2012年における製造品出荷額等は28兆6000億円、従業員数は約110万人と製造業の中でも最大級の規模を誇り、その存在感は非常に大きい。そこで今回は、食品製造業の事業継続について考える。
編集部注:「リスク対策.com」本誌2015年1月25日号(Vol.46)掲載の連載を、Web記事として再掲したものです。(2016年8月4日)
東日本大震災における被害と復旧
東日本大震災における食品製造業の被害と復旧については、さまざまな研究が行われているが、今回は、東日本大震災における食品製造業の広範な被害とその復旧について、業界紙の記事をベースとして事実を把握するとともに、計量経済学的な分析を行っている「東日本大震災における食品製造業の被害状況と復旧対応―専門紙からみた被災実態・被災への対応と操業停止期間の計量分析―」(鎌田譲、農林水産政策研究第22号)を基に、被害と復旧について概観する。
さて、この論文によれば、食品製造業の東日本大震災による事業中断は535件が確認されている。その工場の立地を整理したのが表1である。
直接被害を受けなかった中部・西日本でも、事業中断が発生した工場は50もある。その要因としては、包装・資材や原材料の調達困難、計画停電、物流障害などである。東日本大震災の際の計画停電は、静岡県・山梨県でも実施され、産業への影響が大きかった。
被害の種類としては、直接被害では、建物・設備の損壊が最も多く、間接被害ではライフラインの停止が最も大きな影響を生じたことが分かっている(表2)。建物そのものの被害により操業に影響が生じた工場は、全体の半数以下であり、間接被害の影響が大きいことが分かる。なお、この論文によれば、地盤の液状化や原発事故の影響による事業中断も確認されているとのことである。
原材料不足・入手困難の問題が深刻だったと報告されたのは、乳製品製造業、パン製造業、調味料製造業などが挙げられる。この論文によれば、乳製品製造業は、農家から製造工場までのサプライチェーン全体に被害が生じたことが事業中断に大きな影響を与えたと報告されている。まず、農家は、計画停電により搾乳機や生乳を冷蔵保管する装置が使用できなくなった。農家から工場への生乳の輸送に当たっては、燃料不足の影響が大きかった。加えて、原発事故による放射性物質の拡散により、一部地域では原料となる生乳の出荷制限が行われたことも混乱に拍車をかけた。乳製品の原料となる生乳は、製品特性上、緊急の増産も長時間の保管も困難であり、サプライチェーンの混乱が事業中断に直結しやすいという特徴があるとの指摘がある。
パン製造業や調味料製造業では、直接の原材料である小麦や穀物などに不足が生じたのではなく、クリーム、生地練りこみ用の油脂、つゆの原材料となる水産物由来のエキスといった副原材料の調達困難による影響が大きかったと報告されている。
この論文の最大の特徴は、各工場のとった対策についても集計し、被害状況や操業停止期間との間で統計的な相関関係を確認したことである。まず、各工場のとった対策の動向を紹介する(表3)。
この論文では、計量分析の結果として、建物・設備損壊、浸水、設備損傷、停電が生じた場合は、操業停止期間が長くなること、特に建物・設備の損壊が甚大になると操業停止期間が1カ月程度長くなることが明らかであることを導き出した。そのうえで、復旧対応としては、商品絞込対策が効果を見込めることも明らかにした。
この分析結果を受け、この論文では、建物・設備への直接被害への対策、特に建物・設備の耐震化が重要であること、被害が生じた場合、当該建物・設備の復旧には相当の時間を要することから、操業停止期間中に他の製造拠点で代替生産を行うことを事前に検討しておくべきであるとの提言が行われている。
この論文は、今後の食品製造業の事業継続を考えるにあたって重要な価値を持つと考える。一読を強くお勧めする。
業種別BCPのあり方の他の記事
おすすめ記事
リスク対策.com編集長が斬る!【2023年5月30日配信アーカイブ】
【5月30日配信で取り上げた話題】今週の注目ニュースざっとタイトル振り返り/特集:高年齢労働者のリスク
2023/05/30
もうAI脅威論を唱えている段階ではない
インターネット上の大量のデータを組み合わせて新しいデータを生成するAIが脚光を浴びています。一般企業においても経営改革の切り札としてAI技術への関心が急拡大。一方で未知なる脅威が指摘され、リスクや倫理の観点から使用を規制する動きも。AIの未来は明るいのか。東京大学次世代知能科学研究センターの松原仁教授に聞きました。
2023/05/28
リスク対策.com編集長が斬る!【2023年5月23日配信アーカイブ】
【5月23日配信で取り上げた話題】今週の注目ニュースざっとタイトル振り返り/特集:化学物質災害・事故対応に役立つ情報基盤サイト
2023/05/23
重要リスクの理解深めるファシリテーション
重電機メーカーの明電舎は2016 年度から、全社的リスクマネジメント活動を開始。3ラインモデルと呼ばれる機能分担手法とCSAと呼ばれるリスク分析・評価手法を用いて体制を整備し、一般社員や管理職のファシリテーションを充実して重要リスクの把握、共有に務めながら活動への理解を深めています。同社の取り組みを紹介します。
2023/05/18
リスク対策.com編集長が斬る!【2023年5月16日配信アーカイブ】
【5月16日配信で取り上げた話題】今週の注目ニュースざっとタイトル振り返り/特集:AIを使ったBCP教育・訓練
2023/05/16
ブランドを守る! 日本コカ・コーラのERM
「コカ・コーラ」を筆頭に、多くの製品ブランドで日本の飲料業界をリードする日本コカ・コーラ株式会社。同社では、アトランタにあるグローバル本社や国内に5社あるボトラー社とともにコカ・コーラシステムを構築し、全社的リスクマネジメントに取り組んでいます。その体制と仕組みを紹介します。
2023/05/14
ヒヤリ・ハット共有で成長を支えるリスクマネジメントオイシックス・ラ・大地
新鮮で安全な有機野菜や特別栽培野菜などの食品の宅配事業を展開するオイシックス・ラ・大地は、毎月開催しているリスク管理委員会で日々のヒヤリハットを共有し、再発防止に努めるとともに、インシデントなどへの早期対応ができる体制を目指し活動を続けています。同社執行役員の山下寛人さんにご発表いただきました。2023年5月9日開催。
2023/05/11
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方