2018年の台風21号では、関空内に多くの利用者が閉じ込められた(写真は台風当日ではありません)

災害は戦いであると私は思っています。私も昨年は戦いました。誰と戦ったのか。相手は「台風21号」です。戦いの翌朝、自宅の屋根を見上げると瓦があちこち向きを変え、庭にあったはずの小道具は消えていました。海辺の自宅(兵庫県芦屋市)は、海に流されてもおかしくないほど揺れました。「あーもう終わりかな」と恐怖におびえていました。

そのとき、関西国際空港はもっと大きな戦いの最中にありました。空港は海を埋め立てて造られたもので、高波に襲われ滑走路はすっぽり浸水してしまいました。電気系統が不具合になり停電。おまけに対岸のりんくうタウンとつながる1本の連絡橋に大型船が突っ込み、一般車両は通れません。その橋にはガス管がはめ込まれていたので破損しガスも停止しました。

そんな中、逃げ場を失い最も困惑したのは訪日外国人客です。約5000人余りの外国人が帰国できずビルの中に閉じこめられました。この話はまた次回書きましょう。

さあ、具体的に何が起こったでしょうか。まず足止めをくった空港利用者の不安と落胆の吐息です。つぎに襲ってきたのは空腹、喉の渇き、前後してトイレの課題などです。これに対応したのは関西エアポート株式会社の危機管理担当の方々、いわゆる社員たちです。

彼らの戦いの様子をビデオのように鮮明とはいきませんが、追ってみたいと思います。

■2018年9月4日に午後1時~2時に台風が接近、直撃。
■同日午後5時過ぎから食べ物

ビスケットと飲料水を社員がグループになって客に配りました。深夜0時~1時半にかけて離れた場所にも客がいるとのことで、そこでも同様に配布。
■9月5日朝(午前6時30分~11時)
下記の3つを客に配りました。
・コンビニ(空港内のファミリーマート)の売れ残り弁当は700食
・国が注文要請してくれたローソン提供の弁当は2700食。この弁当はりんくうタウンの対岸にある弁当の工場で調達し緊急車両で橋を渡って運搬。緊急車両は通行可。一般車両は通行止め。    
・備蓄していた食べ物(空港内)
   
空港から脱出した客は計7800人(従業員の日本人を含む)外国人は5000人規模(正確な数は不明)。
■9月6日午前11時30分~午後1時 
保存パン、ビスケット、水を配る。まだ暑いので熱中症を懸念してバス待ちの人に水を配る。
■乳児に粉ミルクを配る。
■飲食店などの店舗は閉鎖された。

・ガスの供給が停止した。
・従業員の勤務体制も考慮。
  
さて、戦いが終わった後の現在の状況は興味深いものです。同社に問い合わせてみると、現在BCP(事業継続計画)の見直しをしている最中とのことです。というのは国土交通省から日本全国16の空港にたいして通達が来たからだそうです。「備蓄食料は大事です。滞留客の食事がうまくできるようにやり方を変えたい。その方向でいま検討中」なんだとか。

さらに注目すべき肝心な話もあります。それは1月は、来月分(2~3月分)の災害の備えをしているという。えっ、と思われるかもしれませんが、つまり昨年の戦いで消費した不足分の補充をしている。これは当面の応急措置だというのです。

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