2019/05/17
危機管理の神髄

家や貴重品を失うこともありうる。家族や友人との別離があるかもしれない。失職してお金に困る可能性もある。
信じようが信じまいが、災害は健康に良くない。自然災害は慢性病を悪化させるとの研究結果がある。処方箋薬を入手できなくなり、治療の機会を失うからである。メンタルヘルスにも影響がある。記憶や集中力が減退する。さらに悪いことには、PTSD、うつや不安症もあり、あなたの生活の質に深刻な影響がある。
最後に災害はあなたの共同体生活に重大な中断をもたらす。友人や隣人、クラブやスポーツチームのようなソーシャル・ネットワークを失い、あなたは孤立する。しかしあなたは悪いことは起きないだろうとの希望を持ち、そうしたことは考えたくないと思う。それが、あなたが準備をしない理由である。
準備をしない言い訳は、準備すべき理由と同じくらいたくさんある。あなたはなぜ準備をしないのか? いくつかの理由を考えることができる。まず運命論から始めよう(運命と言えばその通り、もう時間切れならそれで済ますこともできる)。恐怖がある(災害対応計画は不吉である。計画をすると起きるのではないか)。反抗的態度がある(恐怖とともに生きることを拒絶する)。お金がかかる(お金の余裕がない。自分は裕福ではない)。見当違いの信頼である(政府が面倒を見てくれるだろう)。自己満足がある(始めるには年をとりすぎている)。信仰がある(神の加護がある)。思うに真の理由はよくある引き延ばしであろう。いずれやることになるだろう思いながら、ぐずぐずと先延ばしにする。
ここにデータがある。あなただけではない。15年間にわたる調査の結果、ほとんどの人は準備をしていない。
ハリケーン・カトリーナの4年後、連邦緊急事態管理庁(FEMA)の調査に回答した人のうち家に災害対策用品を備えているのは5割をわずかに超える程度だった。他の全国サーベイも同様の惨憺(さんたん)たる結果を示している。全国民の9割以上は重要だとは思っているが、緊急事態の準備を始めた人は5割でしかない。地震や津波のような危険地域に住んでいる人でさえそれほどの準備はしていない。
準備をしない理由の根底には希望という人間固有の感情がある。希望は我々の日々の生活には極めて有用なものである。例えば朝、仕事に飛び出す前に時間を取って巨大な恐ろしい世界で起こりうるすべての悪いことを思い浮かべるとすればどうだろう。胎児のような姿勢で毛布にくるまれて、家に居ようと思うかもしれない。
希望によって我々は恐怖に妨げられずに日々の生活を送ることができるが、今やっておけばどうしようもない悪いことが起きた時に役に立つようなちょっとしたことをするのを妨げる。
「最善を望み、最悪に備える」ということを聞いたことがあるだろう。それはいいアイデアなのであるが、多くの人は最善を望んだところでストップしてしまう。実際に準備をするとなるとやめてしまう。やることが多すぎる、買うものがたくさんすぎる、恐ろしすぎて考えたくない。そして熟慮するかわりに、あらゆることを否定することで突き通すことのできない煉瓦壁のようにブロックしてしまう。
希望の煉瓦壁。
その壁は心地よい。「私には起きないだろう」と思わせてくれるのだ。
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