2019/05/17
危機管理の神髄
みんなが知っての通り世界の終わりだ
誰もがこれを信じてほしいというのではない。『灯りが消える』でテッド・コッペルは“プレッパー(備える人)”のことを取り上げている。希望の煉瓦壁を超越した生き方をしている人たち、核爆弾や大停電への備えに精を出して食料品や生活用品を山のように買い溜めている人たちである。
プレッパーは、大災害はもうすぐそこまで来ていると心底思っている。それを特別の言葉で表現してグループのアイデンティティ(同一性)を創り出している。ヨーヨー/YOYO (you’re on your own:あなたは自立している)、グッド/GOOD (get out of Dodge:とんづらする)、そして言うまでもなくテオトワキ/TEOTWAKI (the end of the world as we know it:みんな知っての通り世界の終わりだ)といった頭字語である。
全米に何百万人といるプレッパーのうちコッペルはワイオミングへの入植者の例を紹介している。家を建てるために何千個という日干し煉瓦を手作りし、魚を貯めるために3エーカーの湖を掘った人である。
プレッピング(準備)がかっこうよいものになる前はモルモン教徒もプレッパーであった。モルモン教会の災害準備は他に比類のないものである。巨大な倉庫、ハイテクのバター・チーズ工場、果樹園、自前のトラック会社―最悪の事態を予想するという長い伝統の賜物である。
ブラックスワンに責任をもつのは誰か?
切迫した終末に備える人もいる一方、大方の人は希望の煉瓦壁に囲まれて暮らしている。自分と家族のために準備をしようと思うか思わないか、二種類の人がいるというのが現実である。それは人間の性である。
しかし私のようにそれを職業としている人間には当てはまらない。あなたはブラックスワンとの闘いに出かける準備を私に頼っている。災害ビジネスにおいてはそれを“問題の責任を持つ”という。しかし我々災害専門家も人間である以上、同じ希望の煉瓦壁と格闘せざるを得ない。それゆえあなた方が我々を責めるとき、我々は貴重な時間と金を使って準備キャンペーンを行い、あなた方の責めにする。
ニューヨーク市では16年前に希望の煉瓦壁が崩れ落ちた。美しい9月の朝、9時59分、世界貿易センターの南タワーが崩壊して、宇宙に大きな穴を切り刻んだときである。私はロウワー・マンハッタンにある保健省本部の3階の窓から目撃した。床が揺すぶられ、部屋に雷のような轟きが断続的にこだましたとき、社会構造が破壊されたように感じた。私にはいよいよ終末なのだと思えた。
その朝からニューヨークの災害専門家はもはや大災害に対する我々の脆弱性について幻想を抱くことはなくなった。あの恐ろしい日に我々には洞察という贈物が与えられた。それは我々を恐れさせるどころか大いに力づけるものであり、それをしっかりとつかんで離さないよう懸命に仕事をした。それ以降の行動のすべては、我々は可能な限りの準備をはるかに上回るインパクトに曝されているという認識の下でなされたものである。ブラックスワンと闘えるほど強くはないので、我々のチーム、計画、資源、能力を構築する努力をやめるわけにはいかない。
私が2006年にニューヨーク市緊急事態管理局(以降OEM)に入局した後、我々はその洞察という贈物を地域そして国中の同僚みんなのものにしようと努力した。その主張を福音のように周囲の郡や州さらには連邦に説いて回った。我々が彼らを援助するというだけでなく、彼らに我々をよりよく援助させるためである。
これから見ていくように本物の前進があった。絶え間ない闘争ではあったが。解決すべき複雑な問題、資源の制約、政治など多くの課題はあったが、ほとんどのものは我々の頭の中にあるものであった。もしくは、より具体的には我々が助力を求めなければならない人たちの頭の中にあるものであった。
(続く)
翻訳:杉野文俊
この連載について http://www.risktaisaku.com/articles/-/15300
おすすめ記事
-
「自分の安全は自分で」企業に寄り添いサポート
海外赴任者・出張者のインシデントに一企業が単独で対応するのは簡単ではありません。昨今、世界中のネットワークを使って一連の対応を援助するアシスタンスサービスのニーズが急上昇しています。ヨーロッパ・アシスタンス・ジャパンの森紀俊社長に、最近のニーズ変化と今後の展開を聞きました。
2025/08/16
-
-
白山のBCPが企業成長を導く
2024年1月1日に発生した能登半島地震で震度7を観測した石川県志賀町にある株式会社白山の石川工場は、深刻な被害を受けながらも、3カ月で完全復旧を実現した。迅速な対応を支えたのは、人を中心に据える「ヒト・セントリック経営」と、現場に委ねられた判断力、そして、地元建設会社との信頼関係の積み重ねだった。同社は現在、埼玉に新たな工場を建設するなどBCPと経営効率化のさらなる一体化に取り組みはじめている。
2025/08/11
-
三協立山が挑む 競争力を固守するためのBCP
2024年元日に発生した能登半島地震で被災した三協立山株式会社。同社は富山県内に多数の生産拠点を集中させる一方、販売網は全国に広がっており、製品の供給遅れは取引先との信頼関係に影響しかねない構造にあった。震災の経験を通じて、同社では、復旧のスピードと、技術者の必要性を認識。現在、被災時の目標復旧時間の目安を1カ月と設定するとともに、取引先が被災しても、即座に必要な技術者を派遣できる体制づくりを進めている。
2025/08/11
-
アイシン軽金属が能登半島地震で得た教訓と、グループ全体への実装プロセス
2024年1月1日に発生した能登半島地震で、震度5強の揺れに見舞われた自動車用アルミ部品メーカー・アイシン軽金属(富山県射水市)。同社は、大手自動車部品メーカーである「アイシングループ」の一員として、これまでグループ全体で培ってきた震災経験と教訓を災害対策に生かし、防災・事業継続の両面で体制強化を進めてきた。能登半島地震の被災を経て、現在、同社はどのような新たな取り組みを展開しているのか――。
2025/08/11
-
-
-
中澤・木村が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/08/05
-
-
リスク対策.PROライト会員用ダウンロードページ
リスク対策.PROライト会員はこちらのページから最新号をダウンロードできます。
2025/08/05
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方