2016/05/16
ニュースリリース
インターリスクレポートNo.16-014 BCMニュース<2016号外>より
執筆 株式会社インターリスク総研
事業リスクマネジメント部 事業継続マネジメントグループ長
マネージャー 上席コンサルタント 山口 修
1.はじめに
「平成28年熊本地震」(以下、熊本地震)が発生してから半月が経過するなか、企業の事業所・工場の稼働停止に関して数多くのマスコミ報道やプレスリリース等がなされている。
本稿では、これら数多くのマスコミ報道や企業が自らホームページで公表した内容等から読み取れる「熊本地震が企業に与えた影響」と「企業の地震対応の特徴」に関する当社の分析結果を紹介する。
なお、今回の分析は、まずは、熊本地震が発生した4/14以降から5/6までの数多い報道の中から、報道件数の多い「製造業」かつ「事業所が丸一日以上稼働停止した」企業33社を選定するところからスタートした。そのうえで、選定した企業の被災事業所ごとに「地震の揺れの大きさ(震度)」、「震度5弱以上の揺れの回数」、「稼働停止期間」、「物的被害」の切り口から「熊本地震が企業に与えた影響」を分析した。また、あわせて、マスコミ報道や当該企業のホームページの公表内容で紹介されている当該企業の対応事項を「初動対応(人命安全確保)」、「現状把握」「復旧対応(被災事業所の復旧・代替生産等)」の3つのフェーズに分けて分析し、「企業における地震対応の特徴」を洗い出した。
2.熊本地震が企業に与えた影響
ここでは、選定した企業33 社の事業所のうち、被災地(九州)に所在し、かつ「操業を完全停止した期間」が1週間(4/16~4/22)以上に及んだ20事業所を対象に、「地震の揺れの大きさ(震度)」、「震度5弱以上の揺れの回数」、「稼働停止期間」、「発生した物的被害」の関係を分析した結果を紹介する。
分析結果は以下図表1のとおり。
この結果を見る限り、全ての事業所が「震度6弱」以上かつ3回以上の「震度5弱」以上の揺れに見舞われている。また、9割の事業所で操業に影響を与える物的被害が発生している。
もちろん、この結果のみから、地震の揺れ・停止期間・発生被害の関係を結論づけることはできないが、少なくとも、長期間の稼働停止を想定した地震BCP(事業継続計画)の整備においては、「震度6弱」という揺れの大きさがキーワードになると思われる。
なお、上記の分析対象に入ってはいないが、被災地域以外の事業所が、被災地に所在する企業や事業所から部品等を調達できずに「1週間以上の稼働停止」に追い込まれている事実も忘れてはならない。事実、今回選定した企業のうち3社(自動車関連)がサプライチェーン途絶を理由に「操業の一時または全部停止」を公表している。
3.企業の地震対応の特徴
ここでは、選定した企業33社を対象に、数多くのマスコミ報道や当該企業がホームページに自ら公表した内容から、企業が実施した地震対応の特徴を、(1)初動対応(人命安全確保)、(2)現状把握、(3)復旧対応(被災事業所の復旧・代替生産等)の3つのフェーズに分けて分析した結果を紹介する。
(1)初動対応フェーズにおける特徴
人命安全確保を目的に、地震発生後の早い段階で実施するいわゆる「初動対応」において、ほとんどの企業が、二次災害防止の観点から「建物の立ち入り制限」を徹底していることが確認できた。「建物の立ち入り制限」を実施すると、その間は建物内の設備稼働確認等ができず、復旧の前提となる現状把握に時間がかかってしまうことになるが、それでも「建物の立ち入り制限」を徹底する各企業の対応から、「人命安全が最優先」という初動対応方針が十分に浸透していることが伺えた。なかでも、あえて時間をかけて専門家による耐震診断まで実施している企業が3社(IT関連1社、その他2社)もあったことが印象的であった。
なお、この「建物の立ち入り制限」に関しては、建物内に逃げ遅れた人が残っている場合、「余震による二次被害発生のリスクを冒してまで建物内に助けに入るべきか否か」というホットな問題がある。今回は夜間に地震が発生したとの事情もあり、かかる問題は発生しなかったようであるが、この機会に検討してみることを推奨したい。
(2)現状把握フェーズにおける特徴
①「現状把握」のへの着手
上記「初動対応」が一定落ちついた後に実施する被害状況や復旧見込等の「現状把握」においては、まずは、被災地域に所在する多くの事業所で「現状把握」の着手に時間がかかった点を指摘したい。なかでも、「現状把握」の着手に10日以上かかった企業が3社(IT関連2社、その他1社)もあったことが印象的であった。この「現状把握」に着手すらできない一番の要因は、大きな余震が立て続けに起こる中、「人命安全が最優先」の方針から建物に立ち入ることができなかった点にあることは間違いない。また、大雨により事業所周辺エリアに避難勧告が発令され、「現状把握」の着手を先延ばしにせざるを得なくなった事例(IT関連)にも留意すべきである。
かかる「現状把握」に着手できない状況は「人命安全を最優先」に対応した結果であり、ある意味やむを得ないものといえる。このことから、「現状把握」に関する項目・手順等の事前準備は、スムーズな「現状把握」に有効であるが、「かかる準備をいくらしても、人命安全確保の観点から一定時間がかかることがある」ということを十分認識しておくことが必要である。
②「現状把握」のやり直し
次に、「現状把握」に着手はしていたものの、大きな余震が起こるたびに「把握のやり直し」を実施していたため、全体の把握に時間がかかったとする企業が2社(自動車関連1社、日用品関連1社)あった点に着目したい。
かかる「把握のやり直し」を実施するか否かは、発生した余震の大きさや、現状を把握する対象の特性に応じて結論が臨機応変に変わるものであるが、どうような場合に「やり直し」をすべきかについて事前検討しておくと、有事の際のスムーズな「現状把握」に役に立つ。
③「サプライチェーン途絶」に関する「現状把握」
さらに、「サプライチェーン途絶」に関する「現状把握」において、東日本大震災時よりも、スピード・精度とも大幅に向上したとする事例(自動車関連)がある点に着目したい。具体的には、東日本大震災後に構築した、2次、3次メーカーと呼ばれる中小企業も含めた部品の仕入れ先情報を「見える化」したデータベースが、今回の地震の際、生産に支障が出る品目を素早く特定するのに役に立っている。
かかるサプライチェーンの事前の「見える化」対応は、有事の「現状把握」に有効であることは、かねてから指摘されているが、実際に実行できている企業はまだまだ少ないのが現状である。また、一旦「見える化」をしたとしても、品目の追加・廃止、部品構成の変更、仕入れ先の変更等が、日々発生しているなか、メンテナンスが大変だという声をよく聞く。
この「見える化」の対応については、すべてのサプライチェーンを対象とするのは手間もかかるし、メンテナンスも大変であるため、対象を重要な品目に絞り込む、省力化のためシステムを導入する等の工夫をすることとセットで検討してみることを推奨したい。
3)復旧対応フェーズにおける特徴
①「復旧対応」のボトルネック
上記「現状把握」の結果を踏まえて実施する被災事業所の復旧対応・在庫の分配、代替生産の手配等の「復旧対応」において、まずは、「復旧対応」を妨げることになった主たる要因(以下、ボトルネック)として、「停電」、「従業員の参集障害」、「物流機能の停止」、「生産委託先の稼働停止」が目立った点に着目したい。
■「停電」
今回の選定企業33社の中で、「停電」がボトルネックとなって事業所の稼働停止が1週間以上に及んだ企業は6社(自動車関連2社、IT関連3社、その他1社)あったが、そのうち2社は、電力会社からの通電に10日以上かかった点、また、他の2社は高圧変電装置が損壊した点が印象に残った。これら4社に発生した事態は、当該企業にとって想定外であったと想像されるが、大災害発生時にはかかる想定外の事態が起こりうることを改めて認識したい。
■「従業員の参集障害」
「従業員の参集障害」をボトルネックとして指摘している企業は4社(自動車関連2社、IT関連1社、その他1社)あったが、そのうち2社は「通勤手段(交通網)の障害」、残り2社は「被災した従業員の生活確保を優先」をボトルネックの理由だとした。前者理由についてはよく指摘されるが、後者についても十分に留意すべきである。
■「物流機能の停止」
「物流機能の停止」がボトルネックとなる恐れがあることを指摘していた企業は多数あったなか、実際に物流が確保できずに出荷する製品に優劣をつけた事例(その他1社)が目についた。
地震発生時には、「救援物資の物流が優先され、一部の企業物流は止めざるを得ない状況」になることを改めて認識したい。
■「生産委託先の稼働停止」
「生産委託先の稼働停止」をボトルネックとして指摘している企業は1社(自動車関連1社)のみであったが、自社の生産に生産委託先を活用している企業が多い実態に鑑みると、もっと多くの指摘があっても不思議ではない。今後は、かかる「生産委託先の稼働停止」がボトルネックとなりうることにも十分留意すべきである。
②「全体最適」を考慮した復旧対応
次に、多くの企業において、「復旧対応」は、稼働停止期間が比較的短かったとの事情もあり、「出来ることから復旧する」ものであったが、ここでは、稼働停止期間が長期に及んだ企業のうち、グループにおける「全体最適」実現の観点から、特徴ある「復旧対応」を実施した3社(自動車関連1社、IT関連1社、その他1社)の事例に着目したい。
■(事例)自動車関連企業
当該企業は、キーとなる部品が長期間調達できなくなる恐れがあると判明した時点で、グループ全体で20を超える生産ラインを停止させた。これは、長期的な視点からグループにおける「全体最適」を図るためには、前提となる正確な「現状把握」が重要だと判断した結果だと推察される。なお、東日本大震災においても、同様の判断から、製品在庫の出荷をグループ全体でストップした事例があった。
■(事例)IT関連企業
当該企業は、2つの事業所が同時に大きな被害を被ったが、1つの事業所の復旧を先送りして残りの事業所の復旧を先行させた。これは、2つの事業所を同時に復旧させるより、いわゆる「主力製品」を扱う1事業所をいち早く復旧させた方が、グループにおける「全社最適」の観点から適切であると判断した結果だと推察される。
■(事例)その他企業
当該企業は、全製品の運送が物理的にできない局面に直面したため、一部製品の運送を見送る対応をした。これは、グループにおける「全社最適」の観点から、取扱い製品に優先順位をつけた結果だと推察される。
稼働停止期間が長期に渡る場合、上記事例のような対応が必要な局面に遭遇する可能性は高い。そして、かかる対応をスムーズに実施するためには、事前に「何が自グループにとって最適か」を整理していることが必要である。ところが、BCPを整備していない企業はかかる事前整理を実施しておらず、BCPを整備している企業でも曖昧な整理に留まっているところがまだまだ多いのではなかろうか。これらの事前整理は、限られた予算の中で、設備の補強や在庫の積み増し等、「投資」を伴う対策を検討する際にも役に立つため、BCP整備においては必須の対応だと言える。
③現地復旧対応以外の復旧対応
最後に、事業所の稼働停止が発生した際に、当該事業所の早期復旧対応(以下、現地復旧対応)以外に、国内外の自社他工場や生産委託先等他社工場における「代替生産」の実施や、国内外の「在庫」の活用等、前記「現地復旧対応」以外の対応で製品の供給を継続させた事例に着目したい。
■「代替生産」の実施
前記「現状把握」が完了していない段階で、数多くの企業が「代替生産」の方針を公表していたが、実際に「代替生産」の実施を確認できたのは5社(自動車関連1社、IT関連3社、その他1社)であった。「代替生産」は、企業にとってコストがかかる対応であることから、「現地復旧対応」に一定以上の時間がかかる場合にのみ実行する「最終手段」であることが通常である。今回、「代替生産」の実行が確認できた企業が5社に留まったのは、予想よりも早期に「現地復旧対応」が完了したことが要因ではなかろうか。また、この「代替生産」に踏み切った5社のうち2社については、「同じ製品を生産している他工場の出力を上げる」、「既存の生産委託先に増産を依頼する」等、「代替生産」実施のハードルが比較的低い事情が確認できた。このことから、「代替生産」対応の検討にあたっては、経営効率を考慮したうえで、例えば「稼動停止期間が2週間以上に及ぶ場合に「代替生産」を実施する」等、「どのような局面で実施すべきか」ということも合わせて整理しておくことが重要であると思われる。
一方、生産に高度な技術が求められる、特別な生産設備を使っている、特定の取引先向けに大幅にカスタマイズした特殊品を作っている等、「代替生産」をやりたくてもできない製品があることを忘れてはならない。「代替生産」ができない場合は、設備固定等の被害発生予防の強化、製品在庫の積み増し等の他の対策を検討することが必要となる。
■「在庫」の活用
「在庫」の活用につき公表している企業は2社(自動車関連1社、IT関連1社)に過ぎなかった。日頃から「在庫は悪」との声をよく聞くが、特に、受注生産の生産形態をとる企業にとって、事業所の稼働停止を想定した事前の「在庫積み増し」は抵抗感が強い対応ではなかろうか。この「在庫」の活用は、確かに、経営効率の観点から、安易に取りえない対策であることは間違いないが、「供給責任を全うする」点では抜群の効果が期待できるため、たとえば、「代替生産」等他の手段をとりえない場合に検討する、「全体最適」実現の観点から特定の製品についてのみ検討する等、検討対象を絞り込んで検討してみることを推奨したい。
5.おわりに
本稿では、当社が実施した「熊本地震が企業に与えた影響」と「企業の地震対応の特徴」に関する分析結果を紹介してきたが、これらは、熊本地震によって得られた「教訓」だと言い換えることができる。紹介した「教訓」は、分析のもととなったデータが不十分で、かつインタビュー等による突っ込んだ調査を実施していない等の事情から、全体のほんの一部に過ぎないかとは思うが、今後のBCP等地震対策を構築・見直しする際の参考としていただければ有難い。
[2016年5月発行]
【お問い合わせ】
株式会社インターリスク総研
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http://www.irric.co.jp
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転載元:株式会社インターリスク総研 InterRisk Report No.16-014
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