2019/07/26
危機管理の神髄
何かをすることは常に何もしないよりはましである
地震を生き延びたという喜びの高揚感がいかに早く薄れるか驚くだろう。それが地震の後の厳しい現実がしみ込んでくるときだからである。
真夜中である。寝に行くときあなたは数時間寝てから起床し仕事に出掛けようと思っていた。もちろんその全てが今はない。蒸発して窓の外へ消えた。
もとの現実は心地よかった。かなりのことは想定内のことだった。このパラレルな宇宙は居心地が悪い。もう一つの世界へ戻りたいと思う。しかしその前にこの新しい現実を何とかしなければならない。
この、あなたの真実のとき、見渡す周りは悪いことだらけである。あれはガスの臭い? 隣のバンドロスさんは無事だったろうか? 電気は止まっているようだ。どこかで浴槽には水を張っておいた方が良いと聞いた。蛇口を回すが水は出ない。おふくろに電話をしたが携帯は通じない。電池の節約で電源を切っておくべきだった。これは私がおかしいのではなく本当に起きたことなのだと言ってくれる人がどこか外にいるということが分かっていたらどんなに気が楽だったろう。古いトランジスタラジオはその辺になかっただろうか。
もとの現実というのは、高度に発達した人間の頭脳のおかげで可能となったモダンな社会であった。人間は、思考・推論し、問題を整理して解決し、物を創り出すために、高度に開発された頭脳を(感覚と組み合わせて)使うという点において特別である。もとの現実においてはあらゆることの鍵は考えることである。この新しい現実から抜け出してもとの現実に戻るための鍵も考えることである。あなたの思考の機械は、それを最も必要とするときに動かなくなってしまう。クライシスはあなたの頭脳の最も古い原始的な部分を活性化させた。
一般にトカゲの脳として知られる扁桃体(へんとうたい)が、闘うか、逃げるか、とどまるかを決める基本的本能のあるところである。昔あなたの祖先がトカゲであった頃は、闘うか逃げるかにフォーカスするために、あなたの生存本能は他の全ての思考を抑えつけた。あなたの最善の選択肢が逃げることであるならよいが、ほぼ全てのことにおいては好ましいことではない。扁桃体が支配しているときに次のステップを考えるのは容易ではない。それはパニックに味方してより高度の思考を破壊するからである。ドーパミン、アドレナリン、コルチゾールのようなホルモンのカクテルを出す。ホルモンのカクテルがあなたの体に浸透すると、筋肉は緊張し固まる。
良い日にもあなたの頭脳は新しい情報を処理するのに非常に限られたキャパシティーしか持たない。あなたが新しい情報について何かを決めようとするとき、その思考はあなたがその新しい情報にしがみつくことを求める。しかし災害のシナリオでは、活動中の記憶はこの新しい現実があなたの感覚に投げかけている全ての情報を処理するのに忙しい。
そうこうするうちにホルモンのカクテルが効いてより高いレベルの思考をつかさどる前頭前皮質が活動しなくなる。知力はそれをあなたが最も必要とするときにあなたを見放す。それが奇妙な行動を始める理由である。
頭脳が活動を停止すると、目の前にある現実よりも感覚に依存するようになる。ストレスの多い思考や情報は無視して、危険からは遠のいているのだと説明して安心する。よく知っている方法で問題を解決しようとする、何度も何度も、その結果にかかわらず繰り返すという古いルーチンに後ずさりする。何事もないかのようにふるまうかもしれない。
しかしそれは良い動きではなく最適ではない結果に終わる可能性が高い。なぜならばパラレルな宇宙では、何かをすることは何もしないことよりも常に好ましいからである。
それでは何をすべきか?
もし危険の中にいるのなら、最善の第一歩は抜け出すことである。危険の中にいるのでなければ、この新しい現実との交戦を準備するためにほんの一瞬立ち止まってみるのが最善の第一歩である。深呼吸をして一瞬それを止める。ゆっくり呼吸をすれば落ち着き、トカゲの脳によって受けたダメージを回復できる。自分がリラックスし始めていると感じる。肩を落とし、目を閉じる。1分後頭の中のネガティブな声にポジティブな声で対抗する。自分に語りかけてみよう(大きな声で)。ポジティブなフレーズを考えよう。何もかも大丈夫だといったような。それを何度も何度もマントラのように自分に繰り返す。今どんなに悪く見えようが、どんなに悪いことになろうが、もとの現実に戻るのだと信じよう。
しかし座して救出を待つだけではそこにはたどり着けない。あなたの状況の責任を持つべきときである。
あなたの高度に発達した頭脳のスイッチをオンにして、感覚と意志をもって行動しよう。もし今なせば今後数時間あるいは数日のうちに状況を改善することになるだろうことがたくさんあるのだから。
最初の質問は常に同じである。とどまるべきか進むべきか。今いるところから動かないでいるのが安全かどうか考えよう。あなたがいる建物のことを知ろう。見て聞くのだ。ひびが入る音、軋る音がないか耳をそばだてよう。建物が不安定になっている兆候である。床と壁と天井が作る内側の隅を注意深く見よう。隅の線が傾いている、あるいは歪んでいるのであれば抜け出すのだ。
とどまるならば、アパートでは通常はストーブの後ろにあるガス栓を探して、スイッチを切ろう。あの特徴のある卵の腐った臭いを発するガスに用心しよう。煙、破裂した管、露出された電気コードなどの危険がないか見回そう。余震がきたらしっかりと体を保てるよう準備しよう。
トランジスタラジオを見つけて、市町村の指示に従おう。広範囲の損害、停電、水道水煮沸命令とのことならば、立ち去るのが最善の選択である。最も近い公共受付センターと避難所の場所を聞き逃さないようにしよう。そして準備ができたら持ち出し袋をつかんで外へ出る。可能なら道の真ん中を歩く。
家にとどまるならば、浴槽と流し台に水を一杯にし、それも可能ならばであるが、排水口のプラグが固くしまっているかを確認する。湯沸かし器(底のエッジ部分に配水バルブがある)とトイレのタンクに水があるかチェックしよう。冷蔵庫と冷凍庫のドアは閉めたままにしておこう。節電モードにし、通知ボタンを切り、スクリーンの明るさを減らし、GPS、位置サービス、ブルートゥースをオフにして携帯電話のバッテリーを節約しよう。今どこにいてどうするつもりかをEメールあるいはメッセージで友人と家族に伝えよう。電話が使えない場合に備えて、重要な電話番号を控えておこう。情報を入手するためにウェブサイトやソーシャルメディアをモニターしよう。意思決定のポイントとなる点を見つけて自分の置かれた状況を理解しよう。思考を凝らし、進むべき道を選択し、そして行動するのだ。来たるべき数時間あるいは数日間、あなたは思考・選択・行動の基本プロセスによってパラレルな宇宙を航行し続けるのである。
困難を極め、疲労の極に達するかもしれないが、気を許さず、集中して、このプロセスを何度も繰り返すという意識的な努力を続けなければならない。もちろんこれらのうち一つとして明確なものはなく、大方の人はあれこれ推測するだけである。
このシナリオでは、数千もしくは数百万の人さえあなたと同様の影響を受ける。あなたと同じように心地よい感情と秩序の感覚を破壊された人たちである。誰も答えを持ち合わせていない疑問がそんなにも多くある。日常生活の壊されたリズムに替わって恐怖が染み込んでくる。彼らは社会組織が解体されるような不思議な感覚を持つ。大きな問題に直面した時の人の行動はいつも同じである。固まってしまうのである。最適とはいえない結果であるパラレルな宇宙に囚われて、救助され誰かが何をすべきかを告げるまで、しゃがみ込み気を紛らわそうとする。
(続く)
翻訳:杉野文俊
この連載について http://www.risktaisaku.com/articles/-/15300
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