2019/09/12
危機管理の要諦
人々の期待値は変化する
そもそも災害に関しては、復旧のメドを正確に予測することは難しい。本来、被害の全体像が把握できるまでは、復旧「見通し」など示せるはずはなく、復旧「目標」ということになる。その「目標」が、あたかも「見通し」であるかのように人々に伝わり、期待を抱かせる。
2016年の熊本地震の後、熊本県知事の蒲島郁夫氏が「ギャップ仮説」ということを繰り返し話していたのを思い出す。蒲島氏の恩師であるハーバード大学教授の故・サミュエル・ハンティントン氏が唱えた理論で、簡単に説明すると、人々は災害などが起きると、復旧に向けて大きな期待を描くが、その期待値は短期間のうちに変化するというものだ。
その期待に実態が素早く追いつかないと不満を生み、それが暴動にまで繋がるという。つまり、期待値が小さいうちに期待に沿う状態を可能な限り早く作らなくてはいけない、もしくは、現実を見極めた期待値を持たせることが大切になる。
しかし、最初から何も復旧見通しを示さなければ、当然、不満が生まれてしまう。そのため、多くの機関、あるいは政治家は、早い段階から復旧見通しを発表しようとする。もちろん、メディアもそれを聞き出そうとする。しかし、繰り返しになるが、その予測を短期間で正確に出すのは難しく、結果として見通しの多くは外れ、その甘さから、またも不満が噴出する。
では、どうしたらいいのか?
まずは安全に対するアナウンスを徹底
ギャップ仮説によれば、特に人命救助を中心とした初動期においては、期待値がそれほど大きくないため、その段階で、命を守る行動など、確実にやるべきことをしっかりと伝え、それを実行することが住民に安心してもらう上で重要になる。全体的な見通しができなくても、最低限できることを伝え、それを実行すれば、ある程度の期待値は満たせるということだ。
翻って、今回の停電で、当該事業者や国、県、自治体は、初期において、どこまで住民の安全を守るためのメッセージを明確に出しているだろうか? 批判を受けないように、根拠なき「目標」だけを急いで発表していないか? 現場の状況も確認せずに、希望的な数字だけを安易に発表し、そのことが実は期待値とのギャップを大きくしているのではないか?
不明なものは不明としっかり伝える
もちろん、人々に期待を持たせることも大切なことで、そのために目標なり、見通しを示すことも必要だろうが、例えば、「数日以内の全面復旧を見込んでいるが、まだ被害の全容がつかめないので正確に伝えることはできない」など、不明なものは不明であるとしっかり伝えるべきではないか。
ところで、同じ停電でも、人によって実際に被るリスクは変わってくる。高齢で持病を持っている人は、「非労作性」の熱中症になる可能性があるし、人工呼吸器をつけている人は数時間でも停電が命にかかわる。家の中で燃焼系発電機を回せば一酸化炭素中毒になるし、夜間は犯罪が増える危険性もある。電気が復旧した際、通電火災が起きる危険も忘れてはいけない。
甘い復旧の目標を示して期待を持たせるより、まずは、こうしたさまざまなリスクが存在することを見据えた上で、確実にそうしたリスクを持っている人に注意を呼び掛けることが、より重要になる。
(了)
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