2016年4月に発生した熊本地震の直後より、被災者・被災企業に対して、弁護士による面談及び電話の無料法律相談・情報提供活動が行われている。このうち電話相談は4月25日より、熊本県弁護士会を中心に、日本弁護士連合会、東京弁護士会、第一東京弁護士会、第二東京弁護士会、福岡県弁護士会、大阪弁護士会が支援して実施してきた。

8月30日、日本弁護士連合会(日弁連)は、4月25日から7月24日までに実施された「5179件」に及ぶ相談の集計結果を「熊本地震無料法律相談データ分析結果(第1次分析)」(以下「分析結果」という)として速報値で公表した。

本稿は、筆者がかつて東日本大震災後の4万件余りの無料法律相談事例の分析を担当した経験を踏まえ、熊本地震における相談傾向の解説と、公共政策上の利活用について個人的見解に基づいて考察を加えるものである。

1.熊本地震におけるリーガル・ニーズの傾向

【図1】は、冒頭に説明した通り、熊本地震の被災者に対して弁護士が実施した無料法律相談・情報提供の結果(相談開始から3か月の間に実施された5179件の電話相談)をまとめたものである。主な相談事例は【表】にまとめた通りである。

「5.不動産賃貸借(借家)」(28.0%)、「6.工作物責任・相隣関係」(23.3%)、「12.公的支援・行政認定等」(15.3%)、「9.住宅・車等のローン・リース(14.8%)」の4類型の相談割合が特に高いことが判明した。以下に、それぞれの類型について若干の考察を加える。

2.借家と近隣の紛争について

「5.不動産賃貸借(借家)」(28.0%)と「6.工作物責任・相隣関係」(23.3%)の相談割合の高さは、熊本地震の被害の特徴を顕著に反映したものと考えられる。熊本地震では、住宅被害だけをみても、熊本県、大分県、宮崎県の合計で、全壊8549棟、半壊27,728棟、一部損壊131,163棟となっている(2016年8月1日時点)。この甚大な家屋損傷被害を前提に、熊本県全体の借家比率(34.6%、なお全国平均は35.8%)や、被災地の中心都市である熊本市の人口規模(約74万人)などの要素を考えると、リーガル・ニーズの多さについて説明が可能ではないだろうか。

これらの相談類型の特徴は、【表】からも読み取れるように、賃貸借契約の当事者同士、被災地域の隣家同士で金銭賠償や住まいの確保に関する「紛争」が起きている点である。そこで、弁護士の電話による無料法律相談が、紛争当事者になってしまった方にとっての情報収集窓口機能を果たしたという評価が可能である。

また、これらの紛争の解決手段として、裁判をすることを望まない者が圧倒的といって良い。そこで、熊本県弁護士会は「震災ADR」制度を開始した。ADRとは、判決等の裁判によらない紛争解決方法(裁判外紛争解決手続)のことである。熊本県弁護士会のADRは、弁護士が、中立の立場で「和解のあっせん人」となって、当事者の言い分を聴取し、「あっせん案」を提示するなどして、紛争の当事者間での自主的な解決(和解)を援助する仕組みである。申立手数料は無料としている。