2016/10/14
誌面情報 vol57
CBRNの誕生
CBRNは、1995年以前の東西冷戦時代には、Atomic(原子力)、Biologica(l生物)、Chemical(化学)の頭文字を取ってABC兵器と呼ばれていたが、冷戦時代にAtomicからNuclearに変わりNBCと呼ばれるようになり、2000年以降は、放射性物質を爆弾に入れた「ダーティーボム(汚い爆弾)」と呼ばれる兵器が出現し、放射性物質(R)が加わった。さらに現在では、インターネットの発達で自家製簡易爆弾の作り方が簡単に入手できるようになり、多くのテロ行為で使用されるようになったため、爆発物(Explosive)も取り入れてCBRNEとも呼ばれている。
意外に思えるかもしれないが、日本はCBRNEすべてを経験している数少ない国である。
1995年のオウム真理教による地下鉄サリン事件(C)はまだ記憶に新しいが、あまり知られていないことで1993年には同じオウム真理教による亀戸炭疽菌事件(B)があった。
これらは、世界中を震撼させたCBRNEテロ事件であった。それ以前では、1974年の三菱重工ビル爆破事件(E)が戦後最大の国内テロ事件であった。テロ以外では、2011年3月11日の東日本大震災における福島原発事故(N/R)や、2012年の日本触媒工場の爆発事故(C/E)、あるいはエボラ熱やMERSなど致死率の高い感染症(B)なども広い意味でCBRNE災害と呼ぶことができるかもしれない。
一方、海外では、1979年のスリーマイル島原発事故(N、米国)、1986年のチェルノブイリ原発事故(N、ソビエト連邦〈現ウクライナ〉)、2001年の米同時多発テロとあわせて世界を震撼させた炭疽菌事件(B、米国)、2006年のリトビネンコ中毒死事件(R、英国)、2005年のロンドン同時爆破テロ事件、2013年のボストン・マラソン爆弾テロ事件(E、米国)、2015年にパリで発生した同時多発テロ事件(E、仏)などがある。
CBRNそれぞれの特性

さてCBRNの1番目の(C)化学兵器については、原材料となる化学薬品はいろいろなところから入手が可能である。入手した量に比例して兵器を作ることができる。特定の個人が薬品を多量に入手すれば怪しまれるかもしれないが、購入量が少なければ警察にも察知されにくい。また、地下鉄サリン事件のように、きわめ
て短時間に広範囲にわたり多くの人間の生命を危険に陥れることができる。
2番目の(B)生物兵器については、化学物質と違い、最初は微量でも培養して増やすことが可能だ。素人では難しいと思われがちだが、知識を持った人であれば、細菌などは水分と栄養物さえあれば家庭のキッチンでも簡単に増やすことができるという。大量に作ることはできなくても、脅し程度の目的には十分なので非常に厄介である。目には見えず、匂いもしない、病原体が成長・増殖して様々な健康被害を引き起こす可能性が伴うのもBの恐ろしさである。
米国CDC(Centers for Disease Control and Prevention:疾病管理予防センター)は、生物テロに使われる可能性がある病原体を、その病原性の強さや社会的インパクトに応じてカテゴリーA~Cに分類し、カテゴリー別にそれぞれ具体的な病原体を指定している。カテゴリーAに指定されている炭疽菌、ボツリヌス毒素、ペスト菌、天然痘ウイルス、野兎病菌、ウイルス性出血熱(エボラ出血熱など)は、すべて過去に生物兵器として開発が試みられていたものだ。2001年にアメリカで郵送テロに使われた炭疽菌は、寒天培地の上で簡単に培養することができる。
カテゴリーBについても、いくつかの菌は生物兵器として開発されていた。このような病原体がテログループの手に渡ると、テロに使用される可能性が出てくる。
(R)の放射性物質と、(N)は、かなりの知識がないと簡単にテロに使うことはできないとされる。が、原発事故など今や身近なリスクと言っていいかもしれない。
ただし、英国で殺害されたアレキサンダー・リトビネンコ(元ソ連国家保安委員会〈KGB〉、ロシア連邦保安庁〈FSB〉職員)は、死後、体内からウランの100億倍の放射能を有するポロニウム210が大量に検出されたと報じられており、こうした放射性物質がテロ行為などで使われる危険性は否定することができない。
そして、個人レベルで最も簡単に作れてテロに用いられているのが(E)爆発物だ。海外のテロ事例を見ても、によるものが圧倒的多数を占め爆発物ている。IED(improvised explosive device:簡易爆弾)による海外の有名なテロ事件を挙げてみると、少し前の事例ではあるが、1995年のオクラホマ・シティ連邦ビルの爆破事件がある。
これは米国史上最悪のIEDテロで169人が亡くなる大惨事になった。ここで使われたのは硝酸アンモニウム肥料だが、この事件以降、農薬や肥料の大量購入を警察がチェックするようになったと言われている。また、アトランタ・オリンピック公園爆破事件では、パイプ爆弾が使用された。殺傷力を高めるためにパイプの中に爆発物のほか、釘や金属片が詰められていた。
そして、2004年のマドリード列車爆破事件では、携帯電話がタイマーとして使われ、ラッシュアワー時に4列車で10回も爆発が起きた。これも191人という多くの人が犠牲になった。翌年2005年のロンドン同時爆破事件は、地下鉄とバスが標的になったが、この時に使われた爆弾は過酸化アセトンであったと推測されている。飛行機に乗る時に、チューブや瓶に入っている化粧品をチェックされることがあるが、実は化粧品が過酸化アセトンの元になるという。
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