2020/01/10
アウトドア流防災ガイド あんどうりすの『防災・減災りす便り』
安全神話パターンその3 人物崇拝系
次に人物崇拝系の安全神話をご紹介します。この、人物崇拝系の地域では、その人を名前で呼んではいけないルールがあったりします。再度、山梨県の話でごめんなさいですが、山梨県では決して「武田信玄」と呼んではいけません。必ず「信玄公」と呼びます。それが山梨のお作法です。

信玄公は、信玄堤というものをつくり、荒ぶる川を治めた功績でも有名です。
信玄公の功績が素晴らしいのは間違いありませんが、2019年10月の台風19号で、Twitterでは、下記の図とともに、「信玄堤があるところだけ特別警報が出ていない」「信玄堤が山梨を守った」というTweetがバズっていました。

ただ、これはもしかすると特別警報の意味が理解されていない可能性もあるなと思っています。
この時、気象庁が発表したのは大雨特別警報です。
https://www.data.jma.go.jp/obd/stats/data/bosai/report/2019/20191012/20191012.html
大雨特別警報は、気象庁によると「すでに浸水の発生が想定される状況下で、数十年に一度の大雨となりさらに雨が降り続くと予想される場合に」発表されます。
つまり、「数十年に一度の大雨となりさらに雨が降り続くと予想される場合に」だから、そこに雨が今後降り続く予報でなければ特別警報は出ません。いくら信玄堤があったとしても、雨を降らせないことまではできません。雨が降り続かない予報だから特別警報にならなかった可能性もあります。
その辺りがもう少し検証されたらいいのになと思っています。ちなみに、細かい情報ですが、気象庁の特別警報には、洪水の特別警報はありません。洪水予報は、気象状況だけでなくインフラの整備状況なども合わせて、国土交通省や都道府県と共同で実施するからと記載されています。
信玄公は偉大ですよね!思わず、シェアしたくなる気持ちもわかります。そして、防災情報がたくさん新しくなったので、警戒レベル情報と特別警報など、それぞれがどういう意味かということが、わかりにくく難しいのかなと考えさせられました。
もうひとり名前を呼んではいけない方を紹介します。松陰先生です。山口県萩市では、「吉田松陰」と呼び捨てにすることなんてあってはいけません。国家の危機に、有能な人物を育成することにより対応したという松陰先生は、危機管理の偉人として、地元で深く愛されています。とはいえ、松陰先生が、具体的な安全神話と結びついた話を直接お聞きした訳ではないので、ここで紹介するのは、ずれているかもしれません。どちらかというと、松陰先生の後継者につながる政治家の方達が守ってくれるから安全というお話をお聞きしています。ですけど、人物への深い愛を象徴するお写真をいただいたので、紹介しますね。
こちらがその写真です。萩市を走る巡回バス、その名も「松陰先生」です。

この巡回バスは、東回りと西回りがあり、東回りが「松陰先生」なのです。では、西回りはというと、その名は「晋作くん」なのです。高杉晋作も偉大な人物かと思いきや、かなりフレンドリーな扱い(笑)。いかに松陰先生に対する愛が深いか感じ入ってしまいました♪
その他のパターンとして、
「天皇家由来の〇〇があるから」「▲▲(企業名)の重要施設があるから」という場所や、とにかく安全だと理由もなく信じられているなど、様々な安全神話パターンがありました。
でも、最初に言ったように、強い地元愛は、とっても素敵な事だと思っています。
お正月のお雑煮が、全国各地で違うように、安全神話も各地で違うなあと思っています。
安全神話はなぜ生まれるのかということに対し、山梨大の秦康範氏はもうひとつ、なるほどと思う事を指摘してくださいました。
「一言でいうと、『ひとは信じたいものを信じる』ということですね。」
これ、山岳遭難時や災害時も気をつけなければいけない事ですが、災害前から「ひとは信じたいものを信じる」傾向があることに気をつけておきたいなと思いました。
どうか今年は、愛ゆえに安全と信じたいから神話に頼るのではなく、愛が末長く続くよう、本当に安全なまちづくりをする地域が増える一年となりますように。
(了)
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