2012/09/25
誌面情報 vol33
減災・防災・救災を備えた安全社会の構築
危機管理デザイン賞の審査委員長で大阪大学大学院工学研究科教授の
川崎和男氏は、東日本大震災後の日本社会のあり方と危機管理の展望について、デザインの観点から新たな姿を提案する。8月1日の事前説明会での、講演内容を抜粋して紹介する。
日本では危機管理が叫ばれていますが、海外に目を向けると、スイスには「民間防衛」という本が出ています。この本には、災害や、万が一他国から攻 撃を受けた場合のことなど、とても詳しく、その時 国民は何をすべきか、どうやって自分の身を守り、 コミュニティを守り、国を守っていくかということ が、子どもでも読めるように工夫をして書かれています。アメリカにも、サバイバルブックやマニュア ルがありますが、残念ながら日本にはこうしたものが見当たりません。
僕はデザインが危機管理の1つの解決手法になると考えています。3.11 により、日本はかつてない国 難に直面していますが、 これを乗り越えるには、「私」と「公」がそれぞれの役割を再確認し、減災・防災・救災を備えた安全で安心できる社会にしていく必要があります。災害が起きても、その被害をいかにすくなくするかという「減災」そして災害を防ぐ「防災」 、それから災害から「救い出す=救災」という復旧・復興の制度設計と、それにまつわる新しい貿易産業をデザインによって創出していきたいと考えています。
■「範」原発
僕は東芝出身でして、東芝のデザインセンターに対して、「原子力発電にデザイナーが関与すべき、 そうでないと原子力は、エンジニアだけの世界で、 いわゆる建設だけで終わってしまう」ということ を 3.11 の前から提案をしていました。福井県出身ということもありますが、福井県には大飯原発を含 め 14 基の原発があるわけですが、おおい町の人が、 金がほしいから原発を動かしたということを言わ れると実に残念です。 「反対」の反原発ではなくて、 環境問題も考えなくてはならない今、模範の「範」 の「範原発」が必要だと思っています。プルトニウ ムは別として、トリウム燃料サイクルのような、安 全でクリーンな新しい原子力技術です。かつて、核燃料サイクル機構から、小型原子力エンジンという 話が持ち込まれたことがあるのですが、僕は小型原 子力エンジンでは名前を聞いただけで皆が嫌がるから「小型アトミックエンジン」にしたいと提案し、 デザイン開発したことがあります。鉄腕アトムの両脚についているエンジンのようなイメージです。原発を建設しようとするから、制度がないものになってしまう。ならば、「建設」をするのではなく、小型なアトミックエンジンを「生産」して、それをスマートグリッドでちゃんと管理をするという新しい 発想による原子力計画が必要だと思うのです。アフリカのガボン共和国というところでは、天然ウラン による天然の原子炉が発見されましたが、そこでは なんら問題が起きていない。そういうこともしっか りと見ていくべきです。それから、今は自然エネルギーにしても、効率の悪い太陽光発電ではなく、小さな水力発電などを考えていく必要があります。5メートルの高さから直径5メートル深さ1メートル 程度の池に水を落とししてやるだけで、だいたい 200 世帯ぐらいの電力を賄えるのです。今はヒステリーに近いような反原発運動が起こっていますが、 正しい方向を見つめていくための知性と、しっかりとした知識が求められています。
■「までい - プロジェクト」
3.11 では、日本中がパニックに陥りましたが、震災後、復興計画を描いてほしいという要望があり、 10 カ月ぐらいかけて復興計画を描きました。その 結果「までい - プロジェクト」というものを提案しました。 「までい」というのは東北弁で「真面目 に」とか「地道に」とかいう意味です。英語で書け ば MADEI ですが、ちょうど「モニュメンタル アドバンスト デザイン エンジニアリング イニシアチブ」の頭文字になります。つまり、危機管理 の防災産業をちゃんとつくりながら、復興計画を やっていく。それから復興を具現化するための原資計画も考える必要があるということです。お金がな いからといって消費税を上げていったのでは、どう しようもないので、新しい PFI(Private Finance Initiative)を設立するのです。どうすれば PFI と その配当を投資した個々人や組織、企業に還元でき るかを徹底的に考えつきつめることで実現できるはずです。
復旧・復興への対策事業は被災地各地で開始されていますが、すべてが金太郎飴のような対策案になっています。被災地に関してのテーマは「帰れるふるさとをつくる」ことにつきます。でも、最近は 「もう帰らない」と言う人たちも増えてきてしまっています。住みたい街というのは働きたい街にすることでもあります。そのためには、僕は、思い切っ て「空中都市」をつくってしまう発想があってもいいと思っています。
一番懸念するのは、とてつもなく高い防潮堤を築こうという発想です。東日本大震災では、手抜き工 事と思われるような防波堤はすべてやられています。津波そのものよりも、引き潮の力の方が約6倍 から 60 倍強いと言われていますが、これらの事実を踏まえた上での復興計画が必要なのです。
しかし、10m 以上を想定しての防潮堤では、海岸線の景観はすべて失ってしまいます。「つち」と 「 とち」 のあり方からの発想が必要です。そのためには、「人工地盤・人工岩盤・人工水盤」を整備する、それほどの壮大なプランづくりが必要だと思っていま す。
処理していない多くのがれきは全国に運ぶべきで はなく、それぞれのところに埋めればいいと考えています。そして下水、排水の循環システムによって放射線物質の拡散を防ぐのです。
さらに、人工地盤によって上、中、下の構造をもつ町並みを人工的に実現し、 情報のネットワークと、 水、電力などライフラインを敷き、クラウド環境も 整備します。
人工地盤は、一番低いのが「減災レベル」という もので4mの高さに整備します。人工地盤の裏側には「はやぶさ」のまわりを覆ったあのシートをかければ放射能を防げると思うのです。次に「防災レベル」となる8m。減災レベルの人工地盤部分は津波 が来た時には防ぐことができません。防災レベルは 何とか食い止めるという高さです。それから 12 m。 病院や公共施設、 商業施設などを設置する高さです。 そして「救災レベル」である 16 mの高さの人工地盤上に安心できる住み家をつくるのです。
人工地盤というのはどんなものなのかというと、 1.6 メートルぐらいの六角形のセル(6.6㎡)で、そ のセルを 625 個つなげたものをユニットと呼びま す。さらにモジュール化して、このユニットを 25個並べればだいたい 400 m× 400 mの六角形ができて、その上はコンクリートにしてもいいし、土にしてもいいし、あるいは水を張ってもいい。この 400 mの地盤が、例えばサッカーグラウンドで考えると 5面とれます。それから野球は4面とれます。
実際の人工地盤のモデルは東芝のデザインセンターの中にあります。計算をしまして、1ユニット は 70 万円かかるのですが、量産すれば 10 万円ぐらいでできるでしょう。人工地盤を張ってしまえば、 どんなに揺れようが、上の方はしのげるということです。護岸工事はやらないで、海岸線沿いは減災レベルにします。第一期工事は高いところからやり、 住宅や病院、学校をつくる。より安全性が必要なと ころからつくって、最後は減災レベルへという工程で行えばいいと思います。
■南海トラフの備え
南海トラフへの備えが緊急に必要です。とくに高知県黒潮町は津波の高さが 34.4 mと予測されてい て、それが2分間で来るといわれています。黒潮町の地図上で幼稚園と学校の所在を確認したところ、 かなりの数があることがわかりました。また介護施設も町の中に多くあります。地震発生から2分間 で 30 m近い津波が襲ってきたとしたらどうなるで しょう。政府は山の上を削ってそこに全部移動する という方針も考えているようですが、その費用を考えたら、人工地盤できちっとつくってやるほうがいいと思うのです。子どもたちがいくらトレーニングをしても、揺れている最中に2分間で逃げられるわけがありません。
最大16mの高さの人工地盤では 30数mの津波に対応できないと思われるかもしれませんが、アク ティブなエアロセルというのを考えていまして、4mと8mの減災レベルと防災レベルの間にフロート がついています。このフロートが津波を感知した時に持ち上がるようにする計画です。
デザイナーの考えることは「絵に描いた餅」だと言われることをずっと経験していますが、そうでは ないといえる自信があります。かつて地下鉄をつくろうと言い出した人がいて、あるいは大陸間に鉄道の線路をはろうという人がいて、それらはいずれも 実現してきました。それに、羽田の沖の滑走路は完璧なる人工地盤です。あそこを人工地盤でつくり、 滑走路をつくれば国際航空化できるという発想でした。多くの人から指摘されましたが結局成し遂げた のです。絶対成し遂げるという意欲でもってやればできるのです。現状、日本の技術は業界ごとにバラバラですが、デザインが接着剤の役割を果たしていけば可能だと考えています。
■ピース・キーピング・デザイン
もう1つ、僕は今「PKD(Peace Keeping Design)というものを提案しています。 」 世界の貧困問題、たとえば、ワクチン接種や、トリアージタグなど、 現在の問題点を徹底的に洗い出した、商品の改良・ 開発・普及までを全体的にデザインしています。
例えば現在使われているトリアージタグは、緑(軽処置) 、黄(緊急治療) 、赤(最優先治療) 、黒(死亡および不処置)になっていて、救急現場で、後で 病院に運ぶ「黄色」の判断をされた怪我人がそこで 亡くなってしまったら訴えられるから、トリアージ タグを使うのは嫌だというドクターすらいます。
亡くなっていれば黒ですけれども、早く運ぶか、 後から運ぶかで訴えられるリスクが違ってくるのです。そこで考えたのが、いっそのこと緑、赤、黒の 3段階にして、運ぶ、運ばないに割り切ってしまう ということ。これがデザインによる本質的な解決の 手法です。
現地で緑か赤か黒の印をつけることで、この人は たぶん病院に運ばれただろうというのがわかるわけ ですね。今は名前などをバーコードで入れるようにしていますが、そのうち IC チップをつけて、最終的には「遺伝子チップ」を入れるというようなことを考えています。
■「死」の想像力
皆さんは「幸」という字を見ると、当然幸せをイメージすると思いますが、幸福の「幸」という字は 非常に恐い文字であり、手が縛られている状況を表しています。手を縛られているというのは不自由で すよね。手を縛った人間を崖から突き落とし、それ でも生きていたら幸運だったということを意味しているのです。人間は手を縛られ不自由な状況にあり ながら「幸」を得るために努力するのだということをまず認識してかからなければいけないということです。
同じような問題を例に挙げると「いじめ」があります。いじめをしても、これは死に至るだろうという想像力がない。 「いじめ」っていうのをいつまでもひらがなを使っていることが問題です。このひらがなをやめるべきだと思います。漢字にしたら「苛め」や「虐め」になる。そのことで犯罪という意識が生まれます。今、こうした基本的な問題が日本人を、反原発にしろ、いじめにしろ、日本の国難をさらに深めている精神構造をつくっていると思うので す。
世界の貧しい国では、毎日 5000 人の子どもが感 染症で死んでいます。毎日です。ジェット機が1日に何台墜落しているかということに置き換えて考えると、1日に 10 台のジェット機が墜落しているということになります。 こうした想像力が一番必要で、 理解できる具体例として問題を教えなければいけません。
■私と公
「私」という字は「禾」に「ム」。「公」という字は「八」に「ム」 。これをちゃんとわからないといけないと思うのですけど、禾」は稲穂を意味します。 それからムは腕をギュッと曲げている。稲穂を自分のものにしている。つまり欲望です。だから 「私」 っ ていうのは結局、欲望を意味する。一方、欲望というものを屋根の下に入れてしまおうとするのが 「公」 なんですね。ここから「滅私奉公」という言葉が出てくる。私を押し殺して、 そして公のために尽くす。 私の欲望なんてどうだっていいという考え方です。
このことを踏まえ、 「私」 「公」の日本的な再構築 をやらないとだめだろうと思うのです。 稲穂は農業、 食糧を意味します。屋根があって、家族があって、 村落がある。かつて日本は農業や食糧など欲望をコミュニティで全部賄うことができた。この考え方が 日本にはきっちりとありました。しかし、農文化が破壊されて物質主義にいってしまった。我々が農業で自活するということを放棄したということも物質 主義に走らせてしまった原因だろうと思います。
もう1つは、ここに都市文明の拝金主義があったのではないでしょうか。敗戦後、ともかく貧乏でいるのは嫌なんだ、だから貧乏を打ち消すものは「お金」だと、思い込んでしまった。
日本には神道があって自然神、八百万の神を祀りました。 それから仏教があって祖先を祀っています。 こうした風習も徐々に薄れつつあります。外国の資本主義と金融政策がドカンとこれを分断してしまったのではないかというふうに思うのです。
本当に日本に欧米型の民主主義が必要なのかとい う問いかけを、僕は大学人になってからずっと考え ています。
「権利と義務」で考えてみます。権利を主張することは「私」だから主張できる。ところが、権利ば かり主張して義務を尽くさない。権利と義務が逆転して、義務を尽くして権利を手に入れることがなさ れていない。 「公」においても、公の義務っていうものを放棄してしまっている。例えば社会保険制度 の問題もそうですけれども、その義務を放棄してし まって、そして権力だけがあるというようなことに なってしまうと、これも逆転現象を起こす。日本的 な「和」や美意識、倫理性が失われてしまったので はないでしょうか。これが一番の危機的状況で、人 間の精神的な意味での危機状況そのものです。
そんなことを考えますと、先ほどの「幸」 「不幸」 をもう一度見ると、 「幸」 「不幸」をつないできた資 本主義、 民主主義というのは共同謀議、 共同幻想だっ たのではないかと思います。多数決でやればそれで すべてオーケーだということにはなりません。デザインは多数決ではやりません。デザインを多数決でやったらろくなものはつくれない。これは本当にリーダー性でやらなければならないものです。
■社会に、世界に貢献するデザイン
かつて警察大学校で講演したことがありますが、 そこでの提案についても紹介します。今では街角に 公衆電話ボックスがなくなってしまったので、新たな「公衆ボックス」を考えました。ここには全方向 を撮影できるような監視カメラがあり、ここに逃げ 込めば安心できるというものです。もう1つは、警察官の人たちが乗っている自転車。ワシントンのホワイトハウスの周りにいる警官隊やフランスの警官隊を見たことがありますか。韓国ではセグウェイに乗っていました。こうした海外の例を参考にして、 新たなスケーターボードのような自転車を考えまし た。これで追いかけられたら捕まると思わせるよう なものに乗らないといけません。
公共機関や施設で使用されているマークについてですが、車いすのマ
ークを貼って平気で不法駐車をする人がいるというので、四葉マークをつくりまし た。これは正式に警察庁に採用され、法律で制定さ れました。
私が最も敬愛する人物である橋本佐内は数えで 26 歳のとき斬首されました。彼は辞世の句で、26年夢のごとし進み、苦難抗いがたく、最後「誰か知らん、松柏後凋(しょうはくこうちょう)の心」と こう詠みました。松と柏の木は常緑樹です。常緑樹 にもかかわらず、葉っぱが落ちてきた。なんでこの 葉っぱが落ちるようなことになったんだと いうようなことを言っているんです。今、 政治は非常に大事で、橋本左内が生きていたならば、この国の現状を憂いているはず です。また司馬遼太郎は 21 世紀がすごい 時代になると言って期待をもってくれたけれども、今の日本は非常にやばい国になっ てきてしまったというのが現実です。危機管理のデザインで、もう一度、世直しをしたいと考えています。
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