2017/06/26
防災・危機管理ニュース

「第12回グローバルリスク報告書2017年版」が今年1月に世界経済フォーラム(通称:ダボス会議)で発表された。世界の学術界、政府、国際組織、NGO、企業などのリーダーにグローバルリスクについてアンケート形式で調査したものを反映させており、今後10年間に世界で発生するリスクの可能性と影響度を評価している。今年の調査では、発生可能性が高いグローバルリスクのトップは「異常気象」。同報告書の編集に携わる、マーシュ・アンド・マクレナン・カンパニーズのグループ会社で、保険仲立人大手のマーシュブローカージャパン代表取締役会長の平賀暁氏に、今年の報告書のポイントを解説してもらった。
「前年に引き続いての傾向だが、ほとんどのリスクが今後10年間での発生可能性と、その被害程度が増大している。今年は初めて、発生の可能性が高いグローバルリスクのトップに『異常気象』が挙げられたほか、これまで29あった主要リスクに『地域またはグローバルガバナンスの失敗』が付け加えられ、30になった。そして潜在的なリスクとして『新興テクノロジーに起因するリスク』が発表された」と平賀氏は報告書を総括する。
グローバルリスク報告書のアウトライン
解説に入る前に、「グローバルリスク報告書」とは一体どのようなものなのか振り返ってみたい。本報告書は冒頭でも既述したように毎年1月に開催される世界経済フォーラム年次総会の討議に活用されるほか、各国の政府や企業らの長期戦略策定にも影響を与えるとされている。リスクの洗い出しには世界119カ国の有識者や政府、国際組織、企業、NPOなどから745人がアンケートに回答しているほか、13000人の企業経営層に自国の事業運営を阻害する主要リスクに関する見解を回答させている。
ではグローバルリスクとはどのように定義されているのだろうか。本報告書では以下のように表現されている。
1、 少なくとも2大陸に及ぶ大きな地理的影響がある
2、 3つ以上の産業に及ぶ産業間共通の影響力がある
3、 100億米ドル超の大きな経済的影響または1600人超の人命損失を伴う社会的影響力がある
4、 人的被害および人命損失を伴う大きな社会的影響がある
5、 今後10年間にどのように表れ、またはどのように影響を及ぼすのか不明である
6、 原因に対処し、影響を低減するために官民両セクター間の協力を必要とする。
選ばれた30の主要リスク
リスクは5つのカテゴリー(経済、環境、地政学、社会、技術)で構成され、2017年は30のリスクを評価対象としている。昨年は29だったが、今年は「地域またはグローバルガバナンスの失敗」が新たに追加された。図1は縦軸を「影響の大きさ(Impact)」、横軸を「発生の可能性(Likelihood)」として30のリスクを表現した「グローバルリスクの展望(Global risk Landscape)」だ。今年のレポートでは最も発生確率が高く、影響も大きいリスクとして図の右上に「異常気象」が挙げられているのが分かる。

図1について平賀氏は、「主要リスクの数はほぼ変わっていないが、これまで報告書で挙げてきたリスクに対して国際的な対処策が十分に施されていないので、発生の可能性も影響度も年々増大している」と警鐘を鳴らす。
そして、「発生の可能性が高いリスク」「影響が大きいリスク」の上位5傑を、年別に変遷が分かるようにしたものが図2の「グローバルリスク展望の変遷(Global Risk Trend)」だ。今年、発生可能性高いリスクの2位に入っている「非自発的移住」は、いわゆる移民・難民問題のこと。昨年は1位のトピックだった。

「移民問題は、天災や異常気象によるものから貧困問題、テロや戦争によるものまで原因はさまざま。本来であれば、リスクに対応するには結果だけでなく原因を解決しなければいけない。災害が発生すれば結果として経済リスクも増大する。そこを関連付けて考えなければいけない」(平賀氏)
本報告書は、このような要望に応えるために3年前から図3の「リスク相互関連性マップ」も発表している。マップの中心にいくほど結びつきの数と強さが大きくなっていくのだが、この中心に「大規模な非自発的移住」が位置している。

「今年新しくリスクに加わった『地域またはグローバルガバナンスの失敗』も、大規模な非自発的移住と大きな関連がある」と平賀氏は指摘する。
地域またはグローバルガバナンスの失敗
「地域またはグローバルガバナンスの失敗」とはどのようなものなのだろうか。これまでも地政学リスクとして「国家統治の失敗」「国家間紛争」「大規模なテロ攻撃」などは存在していた。平賀氏は「アメリカのトランプ政権だけでなく、イギリスのEU離脱をはじめ、ヨーロッパでもフランス、ドイツ、ベルギーなどで今年行われる選挙の行方次第では極端な保護政策をとる可能性のある国が増える可能性がある。これらのことが、国連などの国際機関の弱体化を招き、国家間をまたいだ地域やグローバルガバナンスを弱めている」とする。
そしてもう1つ同氏が挙げているのがSNSの台頭による国家の崩壊だ。2011年にはフェイスブックを使った呼びかけがきっかけでインドで大規模なデモが発生し、当時の政権が転覆した。ISIL(イスラム国)もSNSを駆使して連絡を取り合い、イスラムと全く関係のない国の若者にテロへの参加を呼び掛けている。「シャドーキャビネットのように、SNSでつながったもの同士が意見を交換し合い、国家や法律への順守よりSNSの仲間の優先させている」と指摘する。
「自然災害」と「異常気象」
「発生する可能性が高い」1位の「自然災害」は、本報告書では「自然災害」とは区別されている。「自然災害」は地震、津波、火山、磁気嵐などの地球物理学的な災害を指す。「異常気象」は洪水や暴風、山火事などの局所的な被害を表している。これに対して平賀氏は「新興国では新しい都市の大半が海岸沿いにできる。世界4大文明を引き合いに出すまでもなく、人間の暮らしには水辺が食料調達や物流などの面においても都合がよい。しかし新興都市が海岸沿いに増えれば、それだけ洪水などの被害に会う人も増える。この事態に対しても、グローバルで十分な対策は打てていない」とする。

新興テクノロジーに起因するリスク
今回、報告書で新しく追加されたのが「新興テクノロジーに起因するリスク」だ。本報告書では第4次産業革命を形成する12の主要な先進技術とリスクについて考察している。
「第4次産業革命」とは「AI」「IoT」「ロボット」「3Dプリンター」などに代表される新興テクノロジーによる産業の革新のこと(注1)。本報告書では以下のような技術を「第4次産業革命を形成する12の主要な技術」としている。
1、3D印刷
2、 先端材料とナノマテリアル
3、 人工知能とロボット工学
4、 バイオテクノロジー
5、 エネルギーの回収・貯蔵・輸送
6、 ブロックチェーンと分散型元帳
7、 地球工学
8、 ネットワーク接続したセンサーの偏在化
9、 ニューロテクノロジー
10、新しいコンピューティング技術
11、宇宙技術
12、仮想現実(VR)と拡張現実(AR)
「例えば『スペーステクノロジー(宇宙技術)』が進化すれば、スペースデブリ(宇宙ゴミ)による環境問題が発生するだろう。IoTによって自動運転技術が発達すれば、サイバーテロによる乗っ取りなどのリスクが高まる。ロボット分野では医療介護サポートなどが期待されているが、間違って患者を死に至らしめることがあるかもしれない(図4)。第1次産業革命では石炭による公害が深刻な社会問題になったのと同様に、産業が発達することでリスクも伴う」(平賀氏)。本報告書では、特に「人工知能」と「ロボティクス」は全てのリスク分類を超えてグローバルリスクを増幅させる可能性があると分析している。

(注1) 産業革命…19世紀のイギリスで発生した第1次産業革命からはじまり、20世紀中盤の車に代表される化石燃料による内燃機関という技術がもたらしたモータライゼーションが第2次産業革命。そして20世紀後半のインターネットやコンピュータによる通信手段の革新が第3次産業革命とされる。
地球を滅ぼすには、何もしなければいい。重要なのは「トップのリーダーシップ」
グローバル・リスク調査に2012年から調査パートナーとして参画している日本政策投資銀行 サステナビリティ企画部 BCM格付主幹の蛭間芳樹氏は、「『我々が宇宙人だとして、どうやって地球人を滅ぼすか?』という問いがあれば、私は『このまま静観していればよい。地球が抱える問題を今の人類は解決できない』と答えるだろう」としている。
■世界経済フォーラム グローバル・リスク報告書2017の衝撃――危機管理の経営力が問われる時代(蛭間芳樹 / 日本政策投資銀行)(SYNODOS)
http://synodos.jp/economy/18918
平賀氏はこの言葉を受け「私も同じ気持ちだ。ただしこのまま人類がこの報告書の中身にきちんと向き合わなかったらの話だ。今年のダボス会議のテーマは『Responsive and Responsible Leadership』(迅速で責任のあるリーダーシップ)だった。世界のリーダーたちに、リスクに対してももっと積極的にリーダーシップを発揮してほしい」とグローバルリスクにおけるリーダーシップの重要性を訴えた。
■グローバルリスク報告書2017年版
http://www.marsh-jp.com/mj/newsroom/global2017.html
(了)
防災・危機管理ニュースの他の記事
おすすめ記事
-
被災時に役立ったのはBCPではなく安全確保や備蓄
今号から、何回かに分け、内閣府「令和3年度企業の事業継続及び防災の取組に関する実態調査」の結果を解説するとともに、防災・BCPの課題を明らかにしていきたい。第2回は、被害を受けた際に有効であった取り組みについて
2022/05/19
-
最後に駆け込める場所をまちの至るところに
建築・不動産の小野田産業は地震や津波、洪水、噴火などの自然災害から命を守る防災シェルターを開発、普及に向けて取り組んでいます。軽くて水に浮くという特色から、特に津波避難用での引き合いが増加中。噴火用途についても、今夏には噴石に対する要求基準をクリアする考えです。小野田良作社長に開発の経緯と思いを聞きました。
2022/05/18
-
新しいISO規格:ISO31030:2021(トラベルリスクマネジメント)解説セミナー
国際標準化機構(ISO)は2021年9月、組織向けの渡航リスク管理の指針となる「ISO31030:2021トラベルリスクマネジメント」を発行しました。企業がどのようにして渡航リスク管理をおこなったらよいか、そのポイントがまとめられています。同規格の作成にあたって医療・セキュリティの面から専門的な知識を提供したインターナショナルSOS社の専門家を講師に招き、ISO31030:2021に具体的に何が書かれているのか、また組織はどのようなポイントに留意して渡航リスク管理対策を講じていく必要があるのかなど、具体例も交えながら解説していただきました。2022年5月17日開催
2022/05/18
-
BCPは災害で役に立たない?
今号から、何回かに分け、内閣府「令和3年度企業の事業継続及び防災の取組に関する実態調査」の結果を解説するとともに、防災・BCPの課題を明らかにしていきたい。第1回は、BCPの見直し頻度と過去の災害における役立ち度合いについて取り上げる。
2022/05/18
-
政府調査 BCP策定率頭打ち
内閣府は5月18日、令和3年度における「企業の事業継続及び防災の取組に関する実態調査」についての結果を発表した。それによると、大企業のBCPの策定状況は、策定済みが前回の令和頑年度から2.4%伸び70.8%に。逆に策定中は0.7%減り14.3%で、策定済と策定中を合わせた割合は前回とほぼ同じ85.1%となった。政府では2020年までに大企業でのBCP策定率について100%を目標としてきたが頭打ち状態となっている。中堅企業は、策定済みが40.2%(前回34.4%)、策定中が11.7%(前回18.5)%で、策定と策定中を足した割合は前回を下回った。
2022/05/18
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2022/05/17
-
-
-
SDGsとBCP/BCMを一体的にまわす手法~社員が創り出す企業のみらい~
持続可能な会社の実現に向けて取り組むべきことをSDGsにもとづいてバックキャスティングし、BCP/BCMを紐づけて一体的に推進する、総合印刷サービスを手がける株式会社マルワ。その取り組みを同社の鳥原久資社長に紹介していただきました。2022年5月10日開催。
2022/05/12
-
企業が富士山噴火に備えなければならない理由
もし富士山が前回の宝永噴火と同じ規模で噴火したら、何が起きるのか? 溶岩や噴石はどこまで及び、降灰は首都圏にどのような影響を及ぼすのか? また、南海トラフ地震との連動はあるのか? 山梨県富士山科学研究所所長、東京大学名誉教授で、ハザードマップや避難計画の検討委員長も務める藤井敏嗣氏に解説いただいた。
2022/05/11
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方