2014/01/25
事例から学ぶ
協定に潜む問題点
2013年5月、関東を中心に100店程のスーパーを展開する小売店A社は、それまで自治体と締結していた災害時応援協定をすべて解約した。
神奈川県、横浜市、川崎市、東京都江戸川区、墨田区など、協定数は約10件に及ぶ。
同社が締結していた協定の内容は、災害時には、緊急支援物資としての食料品や生活用品を可能な範囲で優先供給するというもの。数量などは明記されていないし、供給できなかった際の罰則もない。もちろん、要した費用は自治体が負担することも書かれていた。
解約に至った理由は東日本大震災での同社の経験にある。
首都圏のほとんどが直接的な被害を受けていないにもかかわらず、同社の都内や千葉などの店頭には顧客が殺到し、売り場からは食料品や生活物資など、災害協定によって求められているような商品がほとんど消えた。メーカーや問屋に発注しても、入荷の見通しが立たない。幸い、協定に基づく自治体からの要請は無かったが「仮に要請されたとしても商品は出せなかっただろう」と担当者は振り返る。
「協定に書かれていることにはまったく問題がなかったが、これまでの協定は東日本大震災のような大規模災害を想定したものではなかった」。
災害が局地的なものであれば、他の店舗や物流センターから流通在庫を取り寄せて、被災地の自治体、あるいは避難所に届けることはできる。しかし、首都圏一帯が被災するようなケースだったら、ほとんどの店舗が在庫ゼロ状態に陥る。そのような状況では、災害協定を履行するどころか、自社の事業継続もままならなくなってしまう。
「まさか来店してくれたお客様に、これは協定のための物資だから売るわけにはいかないとは言えない」と担当者は語る。全国ネットの小売店なら、他の地域から商品を取り寄せ供給することは可能だが、営業範囲が限られている同社では、調達できる量は知れている。

一方、自治体の担当者の立場になって考えれば、協定の履行は、確約を伴わないものと分かっていても、いざ災害が起きれば、市民の生活を守るために必死になって要請をしてくることが想定される。仮に、他社からの調達も見込めなくなった時に、避難所で苦しむ被災者を前に、自治体担当者が「協定に基づき〇〇業者が商品を供給するはずだったが、調達が見込めない」と発言すれば、協定を締結していた民間企業が市民の信頼を欠くことにもなりかねない。
そこまでのシナリオは考えすぎだとしても、災害時に電話が輻そうしてつながりにくい中、在庫を切らしているような業者に対して、何度も要請の電話をかけて協定の履行を求めようとすることは、時間と労力の浪費にもつながる。
「協定は必要だと思う。しかし、当社の事情、マーケットの事情、物流の事情を想定しないで協定を結ぶことが、社会として責任のある行動とは言えない。責任があるからこそ、協定を解除する決定をした」と担当者は経緯を語る。
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