リンゴを落とす台風―9月の気象災害―
「輪っか」にとらわれることは、ほとんど意味がない

永澤 義嗣
1952年札幌市生まれ。1975年気象大学校卒業。網走地方気象台を皮切りに、札幌管区気象台、気象庁予報部、気象研究所などで勤務。気象庁予報第一班長、札幌管区気象台予報課長、気象庁防災気象官、気象庁主任予報官、旭川地方気象台長、高松地方気象台長などを歴任。2012年気象庁を定年退職。気象予報士(登録番号第296号)。著書に「気象予報と防災―予報官の道」(中公新書2018年)など多数。
2020/09/01
気象予報の観点から見た防災のポイント
永澤 義嗣
1952年札幌市生まれ。1975年気象大学校卒業。網走地方気象台を皮切りに、札幌管区気象台、気象庁予報部、気象研究所などで勤務。気象庁予報第一班長、札幌管区気象台予報課長、気象庁防災気象官、気象庁主任予報官、旭川地方気象台長、高松地方気象台長などを歴任。2012年気象庁を定年退職。気象予報士(登録番号第296号)。著書に「気象予報と防災―予報官の道」(中公新書2018年)など多数。
9月は名だたる台風が過去にたくさん上陸しており、解説の題材には事欠かない。むしろ、題材が多過ぎて困惑するほどなのだが、今回は台風による果樹被害を取り上げる。
1991年の台風第19号は、リンゴの産地青森県内で収穫予定のリンゴの約7割を落果させ、「リンゴ台風」(通称)の異名をとった。落果したリンゴは、商品価値が著しく(または完全に)失われる。辛うじて落果を免れたリンゴも、枝に擦れて傷がつくなどの被害を受ける。この台風による果樹圃場の被害面積は2万2400ヘクタール、被害を受けた果実の数量は約38万8000トン、被害金額は約741億円であった。以下、本文中ではこの台風を「台風第9119号」と表記する。
秋は実りのシーズンだが、それだけに、農作物が風の被害を受けやすい。特に果樹は、実が大きく重く成長しており、枝や茎に負荷がかかっている。この時期の果樹は、極めて風に弱いのだ。暴風が吹くと、収穫間近の果実が落ちてしまう。他の季節に暴風が吹いても、こうした被害は起きない。だからこれは、この時期に特有の災害だ。果実の実る時節が台風シーズンと重なっているのは、不運としか言いようがない。
図1に、台風第9119号によって観測された各地の最大瞬間風速とその風向きを示す。台風の通過した沖縄県、九州北西部と山口県のほか、本州の日本海側で毎秒45メートル以上の最大瞬間風速が観測されている。本州の日本海側で観測されたものは、南西(南~西)から吹きつける暴風である。この暴風が大きな果樹被害をもたらした。
図2に、台風第9119号(リンゴ台風)の経路図を示す。きれいな放物線を描いており、典型的な秋台風である。この経路図を見るだけで、当時の気圧配置の構図が分かる。放物線の形は太平洋高気圧の勢力範囲を示す。台風中心が最も西に位置したところを転向点(てんこうてん)といい、図2では南西諸島の宮古島付近(北緯25度)がその位置である。そこでは、台風の西向きの移動成分がなくなり、東向きの移動成分が現れ始める。転向点は太平洋高気圧の尾根(東西に延びる勢力軸)の位置をも示す。このときは、それが北緯25度付近にあったことが分かる。これは、この時期としては標準的な位置である。
9月13日、マーシャル諸島北東部に発生した熱帯低気圧は、16日に台風第9119号となった。この台風は西へ進みながら急発達し、翌17日には最大風速35メートル/秒の強い台風となった。
ここまで書いて、長年予報官をしてきた筆者は、この台風に「素性の良さ」とでも言おうか、本格派の台風に成長する素質を感ずるのである。人材の成長と同じく、台風の成長にも「育ちの良さ」のようなものがある。マーシャル諸島付近から西進してくる台風は、発達に都合の良い海面上を長い距離にわたって移動するので、十分に力をつけることができる。
この台風は、9月19日にマリアナ諸島のサイパン島付近を通過し、21日に本州の真南に進んだ頃には、最大風速45メートル/秒の非常に強い勢力に発達した。そして、その頃から針路を北西にとり始めた。
9月23日には、この台風は沖縄のはるか南東の海上で、中心気圧925ヘクトパスカル、最大風速50メートル/秒にまで強まり、生涯における最強の勢力を獲得した。26日、宮古島に接近する頃には、中心気圧が940ヘクトパスカルに浅まったが、東シナ海に入ってから再び発達し、27日未明には中心気圧930ヘクトパスカル、最大風速50メートル/秒にまで強まった。
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