「輪っか」にとらわれる無意味さ

27日21時には、台風の体形変化がさらに顕著になる。この時刻には、台風の中心は山陰沖にまで進んだ。もはや、台風の等圧線は同心円でなくなっている。1000ヘクトパスカルの等圧線は中心の北東側に大きく膨らみ、980ヘクトパスカルの等圧線でさえも北東側へ膨らんでいる。等圧線の間隔はかなり不ぞろいになり、台風中心から離れたところにも等圧線の間隔の狭いところができている。このため、台風に伴う風は、中心からの距離だけでは決められない複雑な様相を呈する。

気象庁が決定したこの時刻の暴風域は、中心の南東側440キロメートル、北西側260キロメートルで、図4に重ねた暴風域の赤円は台風中心の南東側に大きく偏心している。随分いびつになったと思われるかもしれないが、実際の風速分布はもっと複雑であるに違いない。この段階では、暴風域という「輪っか」にとらわれることは、もうほとんど意味がない。
28日9時には、台風に伴う等圧線は、温帯低気圧の形に近くなった。

台風進路の右側の暴風に警戒

9月下旬から10月上旬にかけての暴風は、果樹にとって大敵である。台風に伴う南西風の暴風は、台風第9119号以前にも、また以後にも、本州の日本海側の地域に繰り返し果樹被害をもたらしている。それらの台風の経路を地図上に重ね書きしてみると、図5のようになった。着目すべき共通点は次の三つである。

写真を拡大 図5. 果樹の落果被害の大きかった主な台風の経路図

①対馬海峡か九州北西部を通り、陸上をあまり長い距離進むことなく日本海に入ること。

②本州の日本海岸に沿って、海岸からあまり離れることなく(おおむね300キロメートル以内)、海上を速い速度(おおむね毎時50キロメートル以上)で移動すること。

台風が①②のコースをたどるとき、陸上を進むことによる台風勢力の消耗が少なく、しかも台風進路の右側に日本海側の各地が巻き込まれることになる。台風進路の右側は、太平洋高気圧に面する側であり、左側に比べて等圧線の間隔が狭く、風速が大きくなりやすい。台風中心が北海道の西岸沖を通過する場合は、北海道の日本海側も甚大な果樹被害をこうむることになる。さらに、

③温帯低気圧に変化しながら発達すること。この要素が加わると、果樹への被害だけでなく、暴風による列島各地の被害はさらに大きなものになる。その典型が、1954(昭和29)年9月の洞爺丸台風である。

おわりに

本稿では、本州の日本海側での台風による果樹の落果被害に焦点を当てた。これ以外の地域でも、台風がその地点の西側を北上または北東進する場合は、暴風により果樹が被害を受けやすい。

台風による風の被害は、台風の進行方向の右側で大きくなりやすい。暴風を警戒するときは、台風の経路に重大な関心を払う必要がある。