−政府・企業・市民による準備−

株式会社三菱総合研究所
主席研究員

木根原良樹

2009年に発生した新型インフルエンザ(A/H1N1)では、人的被害は抑えられ、社会・経済の混乱も大きくなかった印象かもしれない。ある大手企業の担当者からは、新型インフルエンザへの自社対応は過剰だったとの言葉も聞かれる。しかしながら、発生初期における海外留学を行った高校へのバッシング、神戸市での地域経済への打撃、食料品やマスクの買占め等、関係者にとっては大きな問題であった。また、現時点においても、より強力な感染症が大流行(パンデミック)する脅威は看過できない。

一方、2010年の宮崎県での口蹄疫問題、2011年の東日本大震災と原子力災害のほか、海外では2011年のタイ洪水、2012年の米国ハリケーン・サンディはじめ、しばしば国内外の災害において、人的被害だけでなくわが国の市民生活や企業経営に多大な影響が及んでいる。

こうした災害時の市民生活や企業経営への影響は、新型インフルエンザに限った問題ではなく、多くの災害に共通する問題である。こうした事態に備えて政府・企業・市民それぞれが準備をしておくことは決して無駄ではない。


政府による準備
□食料とエネルギーの安全保障
わが国は食料とエネルギーの大半を輸入に頼っている。パンデミックの影響は日本に限らず世界中に及ぶ。海外の輸出元において生産・物流が混乱するケースを想定し、食料とエネルギーの安全保障体制を確立していくことが重要である。 

そのためには、輸出元関係者の事業継続管理の実態を確認すること、さらに自衛策として、必要に応じて備蓄の増強や代替調達先の確保などを行っておく。こうした対策はパンデミックに限らず、海外での自然災害、干ばつ、港湾スト等にも有効である。

□地域経済の保護
パンデミック発生時、集客施設等を中心に一時的に売上が大きく減少することが考えられる。また、2009年時の神戸市のように風評被害が発生するおそれもある。 

地方自治体においては、事業者に対する救済措置とともに風評被害対策が重要となる。的確な検査体制を布(し)首長等がメッセージを発き、し続ける。時間はかかるが、2010年の宮崎県での口蹄疫に対する懸念は現在では払拭されているし、福島県の農産物も災害後2年が経ち平静を取り戻しつつある。 

もちろん、消費者および流通関係者が正しい知識に基づき冷静な行動をとることも望まれる。風評被害については、被災地の地方公共団体だけでなく、国や消費地の地方公共団体による指導も必要ではないか。

企業による準備
□海外パンデミック時の対応
当該国に事業所等がある場合、現地の医療体制や社会機能を踏まえ、事業の縮小・停止のタイミングについてあらかじめ定めておく。 

同時に日本人従業員とその家族の帰国に関するルール、現地に留まらざるを得ない場合を想定した勤務体制や必需品備蓄等に関する取り決めも重要である。 

また、パンデミックに関する情報源として、外務省による国・地域別の渡航情報のほか、WHO(世界保健機関)のホームページなどから情報を収集する。

□国内パンデミック時の勤務体制 
パンデミック時には学校や保育園、その他の社会福祉施設が使用制限となる可能性がある。その場合、該当する乳幼児や高齢者等を家族に持つ従業員は通常就業が困難になることから、こうしたケースを想定した勤務体制をあらかじめ定めておくことが望まれる。 

従業員またはその家族に発症者が出る可能性がある。その際の出勤可否ルールについて定めておくほか、大量に発症者が出る場合を想定し、事業の縮小や停止について判断基準と取引先への説明を含めその手続きを定めておく。 

こうした状況下でも重要業務の継続が可能なよう、平常時から自宅勤務制度を運用したり、一人の従業員が複数業務を代行できるよう訓練を行ったりしておくことが有効である。また、特に途絶できない重要な業務については、スプリットチーム制(複数チームによる交代勤務)を取ることも考えられる。

□従業員の感染予防
従業員に対して、平常時から手洗いや咳エチケットの励行を行う。パンデミック時には、従業員の感染機会を減らすため、自宅勤務や時差通勤、外出・出張の自粛のほか、接客を行う業種においては、従業員のマスクや手袋の装着等のルールをあらかじめ定めておく。 

一方、通常時には経営会議を開いて重要決定を行う企業も多いが、幹部が感染する機会を減らす観点から、その開催の必要性やTV会議等の代替手段を検討しておくことも有効である。

□事業環境の変化に対する戦略
多く企業では国内外のサプライチェーンに基づき事業を行っているが、パンデミックの際に一つの地域や国からの調達が途絶しても事業を継続できるよう、調達先の複数確保等のサプライチェーンマネジメントが重要である。

パンデミック時には、医療機関やマスクや消毒剤の製造の需要が増えるほか、多くの市民が外出を控えるため、食料や生活必需品のネット販売、宅配便等の需要が増大する。これらの業種においては、どの程度の対応が可能かについてあらかじめ検討しておく。

一方、集客施設や観光業、小売業、飲食業などパンデミック時に売上げが大きく減少する業種もある。こうした事態はパンデミックに限らずしばしば想定され、経営者は資金繰り対策とともに、例えばネット販売や要員臨時宿泊等、パンデミックに伴う新たな需要へ対応できるような知恵が望まれる。

市民による準備


□自身と家族を守る健康管理 


毎年、猛威を振るうインフルエンザと新型インフルエンザ、その予防策は基本的に同じである。手洗い励行と体調不良時に雑踏に行かないこと、熱っぽい時の咳エチケットなどである。会社やデパート等に置かれておるアルコール洗浄液を使っているか。帰宅時、子供を含め必ず手洗いしているか。日々の取り組みの踏み重ねが、自身と家族の健康を守るのである。 

また、通常のインフルエンザも新型インフルエンザもワクチン接種は感染予防の効果をある程度期待できる。しかし、万能ではないし、副作用のリスクはゼロではない。市民一人ひとりが正しい情報を得て、ワクチン接種を判断することが大切である。

□平素からの家庭備蓄 
2009年の新型インフルエンザ(A/H1N1)では、各事業者が通常どおり供給を継続していたにもかかわらず、保存可能食料ほかマスク等の買占めが発生した。大規模地震等のより大規模な災害では、物資やライフラインの供給が一時停止することも考えられる。 

政府は、大規模地震に備えて1週間分の水と食料、生活必需品の備蓄を推奨している。地震に限らず、パンデミックに備えて、家庭ごとに水と食料、その他の生活必需品を備蓄しておくことは有意義である。

災害大国といわれる日本、地震・津波、風水害はもとよりパンデミックも含む災害に強い日本を実践し世界の範となるため、政府・企業・市民、それぞれが準備を進めていくことは、わが国が担うことのできる使命ではないだろか。


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