ただ一社でも脆弱であれば

この事件を受け2019年7月に監督当局から制裁金額が公表され、GDPR史上最高額とも言える1億8,339万ポンド(およそ250億円)もの制裁金に世界中が驚愕(きょうがく)した。監督当局によると、同社が適切なセキュリティーを確保した上で顧客の個人データを処理していなかったことを重大な要因の一つとして指摘している。

例えば、個人データの含まれないシステムであっても、個人データを含む他のシステムへのさらなるアクセスへとつながる可能性がある場合には、従業員やサードパーティによるリモートアクセスに多要素認証もしくは適切な代替手段が用いられていることを監督当局は期待している。

ところで、今回サプライヤが踏み台となったことが事件の発端ではあるが、このようなやり方は悪意ある者の視点からいけば「当然」の流れだろう。今や政府機関や大手企業であれば、相応のセキュリティー対策を講じるようになってきている(全てがとは言わない)。

しかし、あらゆる業種・業態において複雑にサプライチェーンが構築されていることも現代の産業構造における特有の姿だ。いまや自社単独で全ての調達を賄い事業を営んでいくなどほぼ皆無だろう。 そして、このサプライチェーンを構成するただ一社でもセキュリティー面において脆弱(ぜいじゃく)であれば、そこを狙わない手はない。ただ一社どころか、場合によってはその中のただ一人でもよい。あとは敵陣への侵入に成功したトロイの木馬がごとく、最終的な標的へと「内部」から歩みを進めていけばいい。

迅速な対応の必要性

一連の事件を受け、ブリティッシュエアウェイズでは個人影響被害を最小限に抑えるための迅速な措置を講じた。 具体的には、カード情報窃取に伴う金銭的損失の補填や無料の信用情報監視の提供などである。

また、監督当局やその他の執行機関と協力することで、影響を受けた個人への迅速な通知を行っている。GDPRではデータ侵害を認識してから72時間以内での監督当局への通知を求めており、これをなし得るということは有事の行動計画とトレーニングが実施されていることを示すことにもつながっている。

そして監督当局でもこれらのことを評価し、制裁金額の大幅な減額へとつながった。

このことから見えてくることは、データ保護規則が罰金を集金することを目的とした制度というわけではないこと。すなわち、域内在住者の個人データを守るために企業を正しい道へと導くためのものであるという一面があるといったことが垣間見られる。 そのような意味でも、今回の対応事例は大いに参考となるものではないだろうか。

ただし、補償や対応、制裁金以外にも、セキュリティー対策費用や調査費用、その他弁護士や専門家などサードパーティへの支払いも発生している。年間売り上げの2.5%(当時)という膨大な制裁金ばかりに目を奪われがちな事例ではあるが、経営に対するダメージとしてはとても2.5%に収まるはずもない。