2015/03/25
誌面情報 vol48
2015年1月13日、仙台地方裁判所は、常磐山元自動車学校津波訴訟において、同自動車学校に対する法的責任を認め、原告である教習生らの遺族に対し、ほぼ請求額に近い賠償を認める判決を言い渡した。自動車学校の安全配慮義務違反を認定し、教習生らの死亡との間の相当因果関係を認めたのである。東日本大震災の津波犠牲訴訟は、全国で少なくとも15件が確認されており、第一審判決は本件が4件目となる。本稿は、判決がいかなる教訓を残そうとしているのか、企業のリスク・マネジメントの視点で考察を加えるものである。

常磐山元自動車学校津波訴訟とは
2011年3月11日に発生した東日本大震災に伴う津波により、株式会社常磐山元自動車学校の自動車教習所の教習生25人(いずれも18~19歳)と職員1人が犠牲になった。遺族らは、自動車学校が迅速に教習生らを避難させず、災害対応のマニュアル整備も怠っていたとして、教習契約に基づく安全配慮義務違反等を根拠に会社及び役員らに対し損害賠償を求めた。このほか、津波犠牲者による訴訟で、判決に至った事件としては、(1)私立日和幼稚園(石巻市)の園児が送迎とともに犠牲になり賠償を認めたもの(仙台地方裁判所平成25年9月17日判決)、(2)七十七銀行女川支店屋上に避難した従業員が犠牲になり賠償を認めなかったもの(同平成26年2月25日判決)、(3)宮城県山元町立保育所で保育中の園児が犠牲になり賠償を認めなかったもの(同平成26年3月24日判決)がある。
判決の概要と企業責任を認めたポイント
判決は、(1)「宮城県6m」という大津波警報第一報の時点では、宮城県地震被害想定調査に基づく予想浸水域が海岸線から100m未満とされていたこと、(2)6.2mの海岸堤防が存在したこと、(3)多くの住民が浸水を予期していなかったこと、(4)近年津波の来襲がなかったこと、(5)教官や教習生らも津波を具体的に予期していないこと、などを考慮し、津波警報第一報時点で、海岸から750m離れていた教習所において津波は予見できないとして、会社が更に情報を収集すべき義務はないとした。しかし、その後、教官らが本件教習所前の道路を走る消防署のタンク車が津波警報が発令されたとして坂元中学校への避難を呼び掛けているのを聞いたと推認でき、その時点において、本件教習所付近にも津波が来襲する事態を具体的に予期し得たので、学校としては、同広報を軽視・無視することなく、教官らが知った情報を総合し、本件教習所に津波が来襲する可能性を予見して、速やかに教習生らを坂本中学校等に避難させ、あるいは安全なルートを通って送迎先に送り届けるなどすべき義務を負い、かつ、それが十分に可能な状況であったという判断をした。
要するに、「災害発生後」に、具体的に入手していた情報を元に、企業が適切な判断や更なる情報収集を現場ですべきなのに、それを怠ったということである。なお、判決は、従前の行政の対応などを勘案して、災害対応マニュアルの整備義務はなかったとし、災害発生前からの津波予見可能性は否定した。
判決に対する一般的な評価
判決は、自動車学校の過失の根拠事実として、教官らが消防車両による呼びかけを認識していたことを挙げている。つまり、もし、消防車両の巡回がたまたまその時間帯になかったか、あるいは何らかの事情で聞き取れなかった状況下であったなら、会社側に津波は予見できず、過失も認定されなかったという結論になり得たのである。一見すると、このような判決からは、企業が災害発生後に積極的にどのような行動を取るべきか、その指針となる基準は何か、という点までを見出すことは困難であり、企業が対策を講ずべき指針が提供されたとは必ずしも評価できないのではないかという印象を持つ。しかし、そこで止まってしまうと、判決から教訓を見出すことができなくなってしまう。26人の命を奪った津波被害から、企業が講じるべき教訓、リスク・マネジメントの指針を導き出すことはできないだろうか。やや強引ではあるが検討してみたい。
企業のリスク・マネジメントとしての災害情報収集体制
裁判所が最終的に下した判断はどうであれ、判決が検討した項目(過失の認定にあたって争点となった項目)を抑えておくことは必須である。すなわち、仮に裁判所が検討した項目について、当該企業が十分な認識と対策を講じていたとすれば、巨大災害発生時の悲劇を防ぐことができるかもしれないからである。そういう視点で、この判決を読み直してみたい。
自動車学校の過失を認定するにあたって、判決が検討を加え事実認定した項目は、大きく、①災害後に自動車学校の教官らが接した情報は何か、②災害前の時点で津波予見可能性があったか、③自動車学校による教習生らへの待機指示の有無、④現場にいなかった会社役員らに避難指示義務があったか、⑤災害発生前から災害対策マニュアルを整備すべき義務があったか、である。
この中で、判決は、①について詳細な事実認定をし、津波警報の「第一報」時点では更なる情報収集義務はないが、大幅修正された「第二報」以降に巡回していた広報車両の情報に接していたので、津波の危険性を予見でき、これに基づく判断が必要だったいう考えを示した。災害前からの津波発生までは予見はできないとしつつも、災害後に情報を収集できたのであれば(あるいは容易に知り得たのであれば)、それに基づく適切な判断はしなければならないとした。この点についは、十分に今後の企業リスク・マネジメントへ示唆を与えているし、講ずべき対策を明確にしているように思う。すなわち、災害発生後に如何に情報収集をするかについて、人的物的体制を構築する必要があること、収集した情報をもとに適切な判断を下して行動に出る(避難指示をする)ことの重要性を説いているのではないか。具体的には、防災情報収集体制というハードや仕組みの構築と、適切な現場判断を養う人材育成、すなわち防災教育・危機管理教育の必要性を読み取ることができる。
人材育成こそBCP(事業継続計画)の基本
事前に津波や災害を予見できるかどうかは、過去の災害や現在行政や国が示している想定などによって左右されてしまうことが多いのではないだろうか。ところが、災害後に情報を収集して被害を予見し、その上での適切な判断ができるかという点は、防災・危機管理教育の徹底という「人材育成」によって強化できるはずである。いくらマニュアルや情報収集体制を整備しても、当該情報を扱うべき「人」の意識を高め、判断能力を身に付けなければ、何もかもが無駄になってしまう。災害現場では、誰もが困難な判断を迫られる可能性がある。個人個人の合理的な判断能力を養う「人づくり」は、実は最も重要なBCP(事業継続計画)である。
企業のトップが常に現場にいるとは限らない。次の判断権者、さらにその次が誰になるかという権限移譲が自動的になされるようにしておきたい。そして、いざというとき迷わないよう、簡潔な対応マニュアルを全役員・従業員に周知しておかなければないだろう。今一度組織図を眺め、仮にトップがいなくても最終的な判断ができる体制を構築しておく。それは、中小企業にとって実効的で真に役立つBCP(事業継続計画)と呼べるものになるはずだ。
主要参考文献
・河北新報2014年9月11日朝刊「東日本大震災きょう3年半 予見可能性めぐり対立 津波犠牲訴訟 宮城、岩手で15件」
・河北新報2015年1月14日朝刊「津波訴訟 予見可否、判決の判断分ける」ほか当日の関連記事多数
・仙台地裁平成25年9月17日判決(判例時報2204号57頁)
・仙台地裁平成26年2月25日判決(判例時報2217号74頁)
・仙台地裁平成26年3月24日判決(判例時報2223号60頁)
・「東日本大震災の教訓を「自分ごと」にする研修プログラム災害復興法学のすすめ」(地方自治職員研修2015年3月号23頁)
寄稿 岡本正総合法律事務所弁護士・中央大学大学院公共政策研究科客員教授・慶應義塾大学法科大学院非常勤講師
岡本正(おかもと・ただし)

1979年生まれ。弁護士・医療経営士。中央大学大学院公共政策研究科客員教授。慶應義塾大学法科大学院・同法学部非常勤講師。原子力損害賠償紛争解決センター総括主任調査官。弁護士業務の傍ら、東日本大震災における復興支援活動を背景に、新たな危機管理のデザインとして「災害復興法学」を提唱し、各大学に講座を創設。災害時のニーズをベースにした「自分ごと防災研修」や「中小企業にこそ必要なBCP」などのリスク・マネジメントにも力を入れる。教育活動が評価され2014年度若者力大賞ユースリーダー支援賞受賞。
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